慈悲は人の為になりますか?
「ほらほらぁ! さっさと私にお前の強さとやらを見せてみなよ!」
薄暗い路地裏。
そこでエンティアは曲剣の二刀流を構えて、ヴィルタスへと連続で斬りかかってくる。
「言われなくてもそのつもりだ…!」
ヴィルタスも曲剣をギリギリで回避しながら、その連撃の隙間を縫って細剣で反撃をしていた。
(すばしっこいやつだな!)
曲剣がヴィルタスの制服を掠めているというのに、エンティアは小さな身体の当たり判定を活かしているせいか、彼の細剣は掠りもしない。
「…っと!」
エンティアの鋭い曲剣の一撃を、ヴィルタスは上手く弾き返す。確実に斬り裂いただろうと確信を得ていた攻撃を防がれたことで、彼女は少しだけ彼から距離を退いた。
(今のは危なかったな…。この創造武器じゃなければ斬られていた)
ヴィルタスの持つ黒色の細剣は"イデア"。
彼が持ちやすいように、振るいやすいようにカスタマイズが施されており、稀に相手の攻撃をセンサーで感知して自動で防御してくれるような機能も付いている。
「お前、AB型なの?」
「そういうお前はAA型なのか?」
「質問を質問で返すな」
笑みを浮かべたエンティアは両手に持つ曲剣を上空へと放り投げて、
「ユメノ使者、"サリエル"」
紺色のスーツを着こなし、白色の羽根を背中から生やした天使――サリエルを召喚した。
「七元徳だからユメノ使者は天使…ってか?」
「お前も自分のユメノ使者をさっさと出してみろ。それとも私に見せられないほど弱いユメノ使者だったり?」
「弱いかどうかは…」
エンティアに挑発をされたヴィルタスは、細剣を胸の前まで移動させる。
「ユメノ使者――"ヴィシュヌ"」
腕が四本生え布切れを身に着ける神々しい女性、ヴィシュヌ。ユメノ使者のランクは最高位のSSである神。そんな最高神を召喚したヴィルタスを、エンティアは目を丸くして言葉を失った。
「…驚いたね。神のユメノ使者を呼び出せるなんて」
けれどエンティアは怖気づくことはない。
むしろ殺意がより高まると、上空から落下してくる曲剣を両手で掴み、
「丁度いい。私は一度神を殺してみたかったんだ」
ヴィシュヌに向かって飛びかかった。
「やれ、ヴィシュヌ!」
向かってくるエンティアに対してヴィシュヌは一本の剣で曲剣を軽々と弾き返した。
「サリエル!」
エンティアはヴィシュヌが剣を振るったその隙をついて、サリエルの大鎌による追加攻撃を食らわせようとする。
「させるか…!」
それを受け止めたのはヴィルタス。
大鎌の首狩りを細剣で下から斬り上げ、大きく軌道を逸らした。
「邪魔だ!」
「ぐうぁ!?」
エンティアは援護へと入ったヴィルタスの脇腹にそれぞれ曲剣を突き刺して、ユメノ使者から離れた場所へと連れていく。
「このやろぉ!!」
ヴィルタスはエンティアに細剣を大きく横払いする。だが彼女はそれをしゃがんで回避し、ヴィルタスの脇腹から曲剣を引き抜いて回転斬りを斬り込んだ。
「っっ――!!」
血液が宙に飛び散り、間違いなく大怪我を負う。
下手をすれば死傷に近いもの。
(…? 奇跡的に俺は生きているのか?)
だがヴィルタスは何とか生きていた。大怪我を負っているのは事実だが"死にかけている"という状態までにはならない。
「安心しな。私はお前を"殺せない"から」
「殺せないだと?」
「私の第一キャパシティは"慈悲"。どれだけお前を攻撃しても死なせられないんだよ」
第一キャパシティ
この能力の所持者はどれだけ攻撃をしても相手を傷つけるだけで殺すことができなくなる。心臓を突き刺しても、首を斬り落とそうとしても、相手を殺すまでに至らない。
「お前も運が悪いな。そんな使えない能力で」
「…お前は少し勘違いをしているようだ。この能力のおかげで私は退屈せずに済んでいるよ」
エンティアは二本の曲剣に付着したヴィルタスの血を振り払って拭い、
「――敵が私に殺してくれと死を請うようになるからな」
コンクリートの地面を強く蹴って、ヴィルタスへと飛びかかった。
「ヴィシュヌ!」
「サリエル!」
ヴィシュヌを呼び戻して振り下ろされる曲剣を防ごうとする…が、エンティアもサリエルを呼び戻して盾を構えるヴィシュヌを突進で吹き飛ばしてしまう。
「うおぉぉ…っ!!」
ヴィルタスは細剣で二本の曲剣を何とか左側へと受け流して、そのまま鋭利な突きを繰り出した。
「私には当たらねぇよ!」
「お前は戦闘狂か…!」
エンティアはその突きを回避しようとはせず、ヴィルタスへと逆に斬りかかってこようとする。彼女の能力の影響で例え死ねなくても、斬られた痛みは身体をすぐさま駆け抜ける。彼は右手に閃光手榴弾を創造して、エンティアの目の前に放り投げて起爆させた。
「――!?」
「目や耳なんてなくても、お前の位置ぐらい分かるんだよ!」
ヴィルタスは目と耳を塞いでどうにか閃光手榴弾の損害を最小限に抑えた。しかしエンティアは一切動じないまま、彼の身体を曲剣で何度も斬り刻んできたのだ。
「ぐぅぅ…再生!!」
すぐに再生を使用して身体の怪我を治療する。その際に見たエンティアの目と耳からは赤色の血が流れ、視力も聴覚も失われた状態。
「私が何百、何千人殺してきたのか…お前には分からないだろ!」
それなのになぜ戦い続けられるのか。それは彼女が何千をも超える敵を殺し、修羅場を潜り抜けてきたから。エンティアはこれまでの経験のみを活かして、ヴィルタスと戦っていたのだ。
「……」
けれどヴィルタスはそのエンティアの猛威に対して、徐々に慣れてきていた。曲剣の軌道を予測し、彼女の刃をひたすらに避け続け、
「――そこか!」
「――!!」
ついに細剣による突きがエンティアの頬を掠め取った。
「…お前、私の攻撃を見切ったな?」
「流石に何も見えない何も聞こえない。そんな状態じゃあ、臨機応変に対応はできない。だからか、お前の攻撃パターンがかなり絞られていたぞ」
ヴィルタスの第一キャパシティ
相手の動きを映像として脳内に記憶することが可能となり、それを何重にも重ねて次なる攻撃パターンを読むことができる。エンティアは五感のうち二つが欠陥してしまったことにより、曲剣による連撃のパターンが少なくなっていた。
「チッ…仕方ないか」
エンティアは再生を使用して視力と聴力を回復させる。
「お前はすぐに殺した方が良さそうだね」
戦いが長引けば長引くほど、ヴィルタスがエンティアの攻撃に対応するということ。それに気が付いたエンティアは、二本の曲剣を近くの電柱に突き刺す。
「
彼女が何かを呟いたが、周囲に変化が起こる様子はない。
ヴィルタスは心を落ち着かせて、エンティアの動向を窺っていた。
「"押し潰されないよう"に気を付けるんだね」
押し潰されないように。
それは何に潰される可能性があるのか。その答えは曲剣を電柱から引き抜き、接近してきたエンティアの攻撃を受け止めたときに発覚した。
(なんっ…だこれはぁ…!?)
上から正体不明の力で押さえつけられるような重さ。
それが突然身体に圧し掛かってきた。
「だから押し潰されないように…って言ったんだけど」
彼女の第二キャパシティ
「負ける…かぁ…!!」
ヴィルタスの細剣はエンティアに当たらない。
というより、エンティアは自身の重力を軽くして宙に浮かびながら彼のことを見下ろしていたことで届きすらしなかった。重力を感じない者と重力を感じる者。この違いはまさに今のヴィルタスとエンティアの二人を眺めれば一目瞭然だ。
「私に掠り傷を負わせたことを光栄に思え、クソガキ」
「く…そぉ!」
「そんなものが私に当たるはずがないだろ。お前は馬鹿なのか?」
何度も何度も細剣をエンティアへと突き上げようとする。その無駄な行為を見て、彼女は曲剣の矛先をヴィルタスへと向けた。
「死にたいと乞えば、私が今すぐ殺してやる。もし断れば、死なない程度に殺すことになるぞ」
それでもヴィルタスは細剣を突き上げる行為を繰り返していた。
エンティアは気が狂ったのかと溜息をつく。
「仕方ない。死ねない苦しみを味わってから死ね」
曲剣を構え、エンティアは残虐行為を行うために降下しようと――
「
「――あ?」
――したその瞬間、当たるはずのない細剣がエンティアの小さな身体の鳩尾を確実に貫いた。
「な、にがっ…?」
その一撃はただの突きではない。
身体に大穴を空けられ、身体に通常の何十倍もの痛みが染み渡る。エンティアはそれに耐えられず、コンクリートの硬い地面へと墜落して身体を打ち付けた。
「…やっと当たったか」
「お前…何を…したんだ?」
「運要素の強い能力にかけたんだよ。これしかあの状況を打破する手段はなかった」
ヴィルタスの第二キャパシティは
当たるはずの攻撃も高確率で外すようになる代わり、低確率で当たる攻撃の威力を通常の五十倍以上もの威力にし、必ず敵へと必中させるというもの。
「この能力が正常に働いたのは初めてだな」
当たる確率は何万分の一。
ヴィルタスはユメノ世界での訓練中に、この能力が当たったことなど一度も無かった。それほど小さな確率で大きな一撃は、エンティアの体内に通う創造力を跡形もなく消し飛ばし、再生ですら怪我の治癒は不可能。
「運だって…? そんなもので私が…」
創造力をほぼ失ったことでヴィシュヌと交戦していたサリエルも姿を消してしまう。これでヴィルタスの形跡逆転…かと思いきや、
「私が――負けられるはずがない!」
エンティアは身体に大穴を空けたまま、立ち上がった。
「お前に慈悲なんてもう与えない、ここで殺す!!」
二本の曲剣を再び、両手に持って歯を食いしばりながらヴィルタスを睨みつける。
「――
彼女がそう叫べば、曲剣は目には見えない何か嫌な気を纏った。
(何だ…? 俺の創造武器も変な気を纏って…)
それはエンティアの曲剣だけでなく、ヴィルタスの細剣も同様にどす黒い気を漂わせている。
「行くぞクソガキィ!!」
曲剣を振り回しながら攻め込んでくるエンティア。ヴィルタスは第六感で、曲剣による攻撃を受けてはいけないと瞬間的に判断して、細剣で防ぎながらすぐに後方へと退いてしまった。
「それに触れたら即死しそうだな?」
「ふん、こういう時だけ勘のいいガキだ」
エンティアの第三キャパシティ
この能力の使用者は一発でも攻撃を当てるだけで、一撃で相手を葬ることが可能となる。ただし使用者自身も相手から一発でも食らえば、そこでゲームオーバー。
「私がこの能力を発動したときには"慈悲"の効力は消える。要はお前と私のサドンデスってことだよ」
そこから死を恐れないエンティアは攻め続け、死を恐れるヴィルタスは守り続ける。立場的に考えれば、形勢逆転をされ重傷を負ったエンティアが有利。ヴィルタスはたった一度でも当たれば終わりという緊張感のせいで攻めようにも攻められない。
「どうしたぁ!? お前の力はそんなものかクソガキ!!」
(…くそっ! 一度でも、一度でも隙が作れれば…!)
創造力や身体の状態からすればヴィルタスが断然有利。それなのに攻め込めないのはやはり恐怖心と緊張感のせい。そんな彼の脳裏にとある記憶がよみがえる。
(フェンシングの試合で…何度もこういうことを経験していたな)
それはお互いに点数を取り合い、両者とも残り一点という状況を迎えた試合。攻め込みたいがそれを失敗すれば、相手にチャンスを与えてしまう。だからといって攻め込まなければ相手に一方的に攻め込まれてしまう。そんなときの判断がヴィルタスは甘かった。
『"……"、お前がどうしてそういう時に弱気になるか分かるか?』
父親にその状況へ陥ったときの試合を見られ、そんなことをヴィルタスは尋ねられる。
『それは…俺が自分の保身に入っているから』
『違う、お前は後のことしか考えていないからだぞ。一点取られたら負ける、攻めを失敗したら負ける…そんなことばかりを考えているから弱気になるんだ』
『じゃあ、父さんはああいう時どうするんだよ?』
『そりゃあ…先のことを考えないようにするのさ。今のことだけを考えて、全力を尽くして、後のことは後で考える。それが一番弱気にならない手っ取り早い方法だ』
記憶が鮮明に蘇り、ヴィルタスは細剣を強く握りしめて、
「…な!?」
エンティアの曲剣を細剣で防がずに、身体を捻らせて回避をし始めた。
(死んだときは、死んだとき考えればいい…!!)
それがヴィルタスの反撃開始の合図。今度はエンティアがヴィルタスの細剣を防ぐ立場となり、少しずつ彼女は後退りをしていく。
「くっ! 調子に乗るなぁ!!」
「…!」
二本の曲剣による回転斬り。
それを繰り出そうとする前にヴィルタスは、
「――試合終了だ」
視界がほんのわずかの間だけ外を向いている最中に、自分から詰め寄ってエンティアの胸元に細剣を突き刺した。
「うっ…」
エンティアは曲剣を両手から放し、その場にうつ伏せで倒れていく。
「お前の、勝ちのようだね…」
「…エンティア」
「…エンティアじゃない。私は、
ヴィルタスは霧崎真冬の小さな身体を抱える。
その表情にはもう殺意は込められておらず、口から血を垂らすただの少女だった。
「気づいてた…こんなこと間違っているって…気づいていたんだ…」
「…」
「でも、止められなかった。人を殺すことを…戦争を続けることを…
エンティアは瞳から小さな粒を頬に流して、ヴィルタスの胸倉を弱々しく掴んだ。彼は何となく、本当に何となく彼女が自分の父親の仇じゃないかと思っていた。だからこそ驚きもせず、憎しみも込み上げず、ただエンティアの顔を見下ろす。
「七元徳や、七つの大罪に…慈悲を与えないで…あげて…」
「……」
「それが、私たちのためになるから」
ヴィルタスの身体にエンティアの力が流れ込む。
「ごめん、ね…。あなたたちを…傷つけ…て…」
抱えていた霧崎真冬の身体は光の塵となって消えていく。そうすれば路地裏の隅っこにユメノ結晶が光を放ちながら現れた。
「…」
何もない場所で、薄暗い路地裏で、ヴィルタスは無言で礼をする。
「…戦う理由がもう一つできたな」
そう独白したヴィルタスは、細剣でユメノ結晶を貫いた。
→VIUSN
→VISUN
→ヴィシュヌ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます