4:14 ルナとレインは患う
「……夢か」
ノアが立っていた場所は真白町と呼ばれる自身の故郷。その景色が二度とは見られないことを知っていたため、ノアは瞬時に夢の中なのだと気が付き、ホワイトの行方を捜す。
「私はここ」
ホワイトは後方からノアに歩み寄ってきた。
彼はやはり聞き馴染みのある声だと改めて実感しながら、ホワイトと向かい合う。
「ホワイト。この夢の中に呼んだのはお前なのか?」
「私じゃない。あなたがここに訪れたときは、一部の記憶を取り戻せる機会が来たことを意味するから」
ホワイトが返答すれば、辺りの街並みはみるみるうちに別のモノへと移り変わっていく。
「この場所は…教室か?」
最終的に映し出された景色はどこの学校にでもあるごく普通の教室。
クラスは二年一組、机の横にかかったシューズ入れには『真白高等学校』と記載されている。席の配列は横に六列、そして後ろに設置されている小型のロッカー。ノアは何か記憶を辿れるものがないかと目を凝らしながら詮索するが、名詞以外に珍しい個所は何もなかった。
「ここは真白高等学校、二年一組の教室」
「それは見れば分かるが…俺はこの景色から何を思い出せるんだ?」
「…覚えていない? あなたはこのクラスに一年間という期間だけ転校してきた――私と一緒に」
遥か遠い昔の記憶。
ホワイトにそう言われ、やっとそれらしき光景がノアの頭の中に流れる。ホワイトの姿や生徒たちの姿はハッキリとは思い出せないが、転校してきた際は愛想よく自己紹介をしていた。
「そうか。DDOが起こった後の戦争で共に戦ったのは…この学校で出来た友人たちだ」
「そう、あなたは私と共に数多くの友情を育んだ」
仲間の大切さをそこで思い知らされた記憶がある。
同じ目的で戦い、同じ結末を辿った仲間。DDOを引き起こした元凶と対峙していたような記憶も甦る。
「けれど――あなたの仲間たちはあの初代教皇に全員殺されてしまった」
ホワイトがそう言った途端、教室内の至る個所が真っ赤に染まった。更に窓から夕陽が差し込み、平穏な空間が居心地の悪い空間へと一変する。
「儚く、無残に、軽々しく…あいつはあなたの仲間たちを殺したの」
「……」
脳内に嫌でもその言葉が流れ込んできた。聞けば聞くほど、考えれば考えるほどルナに対する憎悪が膨れ上がる。殺してやりたいという殺意。突如そんなものが込み上げ、ノアは冷静にならなければと呼吸を整える。
「よく自覚して。あなたは過去の仲間を、目の前にいるあいつに殺されたの」
「そう…だな…」
「向こうがいつ襲い掛かってくるか分からないなら…殺される前に殺す。それが一番の安全策でしょ?」
「……」
「私はあなたを見殺しにしたくない。だから私を信じて…先手を打って」
ホワイトに両手を握られたノアは視線を逸らし、返答に困っていた。私怨が戦争を大きくしてしまう原因だということは過去の経験で分かっている。だからといって今までに抱え込んだ私怨を完全に拭いきれるかと聞かれれば、その答えは彼自身『No』と答えるであろう。
「…そろそろ時間みたい」
ノアの意識が薄れ始めると、ホワイトは彼の両手を強く握る。
「――私はあなたを信じてるから」
その言葉を境に、ノアの意識は百八十度入れ替わった。
「……」
そしてベッドの上で意識を取り戻し、重々しい上半身を起こすと辺りを見渡す。
「目を覚ましましたか?」
「…サヨさん?」
そこは医療室のようで白衣を纏ったサヨが椅子に座りながらノアに声を掛けてきた。
「気を失っていたあなたをSクラスのスロース君が運んできてくれました」
「…! 今の状況は…!?」
「かれこれ三時間ほど経ちますが…あの一件はアニマとペルソナの二人のおかげでほぼ終わりかけですよ」
ノアが眠っている間、アニマとペルソナがエデンの園に乗り込んできた兵士たちをすべて殺戮し、レーヴダウンとナイトメアの数隻ある戦艦を二度と修繕が出来ぬよう海に沈めていた。それをサヨの口から聞いたノアは、目の前で小泉翔をアニマに殺される光景が脳裏に過る。
「とりあえず…体調は大丈夫ですか?」
「…はい、大丈夫です」
「それなら良かったのですが…実はあなたの他に二名ほどこの医療室に運ばれてきまして…」
サヨがノアのすぐに左隣のカーテンを開いた。
「…ルナ?」
その先ではベッドの上でルナが布団に包まりながら、ノアに背を向けている。彼はベッドから降りて、ルナに声を掛けようと顔が見える方へと回り込み―――
「――お前」
言葉を失ってしまった。
怪我は負っていない、負っていないのだが…あの初代教皇でもあり普段から明るく振る舞っているルナが、顔を青ざめながら子犬のようにブルブルと震えていたのだ。
「…彼女は極度の
「恐怖症…ですか? それは何に対して…」
「私にも分かりません。ただ、彼女をここへ連れてきたのはペルソナでした」
「ペルソナだって?」
ルナの限界が超えてしまったことはノアも理解していた。狂乱状態へと一度でも陥れば、それを止められる者はこのエデンの園でも一握り程度。妲己にそれは不可能だと踏まえれば、狂乱状態を止めたのはルナを医療室へと連れてきたペルソナただ一人だけ。
「ルナ、大丈夫か?」
「嫌だ、怖い、戦いたくない、死にたくない…!」
「…相当参ってるな」
ルナの落ち着かせるために手を握ろうとしても、独り言のようにぼそぼそと呟いて弾かれてしまう。ノアは「まずいことになった」とルナから渋々距離を取ることしかできない。
「それと…あちらの彼女も」
今度は右隣のカーテンが開かれる。
そこにはベッドの上で体育座りをして、じっと壁を見つめるレインがいた。
「…精神疾患、総合失調症です」
もう言葉にすらならない。
ノアは頭に鉛が詰まったように重くなり、片手で額を押さえてしまう。
「レイン、大丈夫か?」
「あなたはどうすれば楽に死ねると思う?」
「楽にって…お前は救世主になるんだろう? 楽に死ねる方法なんか模索してどうするんだ?」
「…もうどうでもいい。私が兄さんを殺したって…みんな言ってくるから」
総合失調症の症状である幻覚や意欲の障害。
あれほどまでに強くなって救世主になりたいと努力をしていたレインが、すべてを投げ捨てて楽に死ぬ方法を探していることに、ノアは強く衝撃を受けてしまっていた。
「気のせいだ。悪いのはすべて小泉を救えなかった俺だ」
「…あなたも私が殺したって言うの?」
「違う…! 俺はそんなこと一度も口にして――」
「総合失調症の患者相手に声を荒げてどうするんですか? 私たちが今できることは、カウンセリングをしながら彼女が自殺しないように見張ることだけです」
ノアはサヨに静止させられ、下唇を噛みしめる。
再生はどんな怪我でも一瞬で治療が可能だが、それはあくまでも身体的な面のみ。このように精神的な面はどう足掻こうが再生は不可能。ひたすらに治療を続けて、完治するまで待つしかないのだ。
「くそぉっ…! 俺には、何もしてやれることが…」
「治療にかかる年月は二人ともおよそ一年、運が良くて半年…というところです」
「二か月後に控えてる殺し合い週間には間に合わない…か」
殺し合い週間は強制参加。こんな状態の二人をあのような過酷な環境に連れて行けば、間違いなく仲間の足を引っ張り、自身の命を危険に晒すことになる。ノアはそれだけは避けようと必死に思考を張り巡らせていた。
「今回の襲撃は予想外のものでした。ゼルチュさんに抗議をすれば…もしかしたら優遇をしてくれるかもしれませんよ」
「…分かりました。ウィッチさんと話し合って一度だけ抗議をしてみます」
ノアはジュエルペイに触れ、ウィッチへと連絡を入れる。
その最中にサヨは口を開いたり閉じたりを繰り返し、何か言いたげな動作をし始めた。
「…どうしましたか?」
「その…一応ほんの数日には完治させる方法がありまして…」
「――!! 本当ですか…っ!?」
「でもこれはかなりハイリスクな方法です。本当にどうしようもならなくなった場合に使用してください」
そう言いながら、サヨは医療室の棚から錠剤がいくつか入った袋を取り出した。
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