2:19 救世主はステラと語り合う
「…どうしてこうも慣れないんだろうな」
第二殺し合い週間が幕を閉じて自分の部屋へと戻ってきたが、眠ることなど出来るはずもない。
(体調管理を誤った、なんて理由で四人の命を失ってしまった。何をしているんだ俺は…)
ベッドに腰を下ろして、呆然としながら自身の過ちを振り返る。
こんな憂鬱とした自分に呆れたのか、ルナはこの部屋に戻ってくることはなかった。
(…どうやっても平然を保てない)
前世からそうだった。
救えたはずの存在を救えなかったとき、どうしようもなく自身を責め立ててしまう。気分が落ちる感覚、それらが身体中に行き渡り、このような状態へと陥ってしまうのだ。
(俺もまだ甘いってことか…)
何度か仲間の死を目にしていれば、いつかそれに慣れると思っていた。
だがいつまで経っても、どれだけ仲間が死んでも、慣れるどころか感情が沈んでいくばかり。そうなる理由は、自分が優しすぎるせいなのかもしれない。
「…何だ?」
扉を軽くノックされる音。
それが耳に入り、玄関まで足を運び、覗き穴から外を見てみると
「…"ステラ"か?」
背が低いせいで覗き穴からだけじゃ、赤い髪の頭部しか見えない。
けれど赤い髪を持つ人物などはステラしか心当たりが無いため、玄関の扉を少しだけ開いて顔を覗かせてみる。
「あ…ここで合ってた?」
やはりそこに立っていたのは予想通り、白い制服を着たステラだった。
少々気まずそうにこちらの顔を見上げているようだが…。
「…どうした? 俺に用でもあるのか?」
「あのね…全然眠れないから、少しだけ話をしたくて…」
「構わない。俺も眠られなくて時間を潰していたところだからな」
ステラを部屋へと招き入れ、適当に菓子や飲み物を用意しようと冷蔵庫を開く。
「何が飲みたい?」
「オレンジジュースがいいな」
「了解」
やっぱり好きなものも子供みたいなんだな…と心の中で呟き、オレンジジュースをグラスへと注いで机の上へと置いた。
「お菓子なんてあるんだね。あなたが食べてるの?」
「俺じゃなくてルナがよく食べるんだよ」
「そうなんだ」
駄菓子が詰まったカゴをステラの前に置いてそう返答する。
ステラはそのカゴの中から、小さなドーナツが四つ包装されている駄菓子を手に取った。
「それで、話がしたいっていうのは?」
「あなたがモニカたちのことを教えてくれたから、今度はわたしのことを教えてあげないといけないでしょ…?」
「ステラのことをか?」
「うん」
ドーナツを口に頬張りながら、制服のポケットから一つのキーホルダーを取り出して、こちらに手渡す。
「これは…?」
そのキーホルダーは赤色と青色の星が一つずつ付いた可愛らしいものだった。
ステラはこちらの反応を伺いながら、溜息交じりにこう答える。
「パパとママがわたしにくれたものだよ」
「両親が…?」
「うん。結局、"捨てられちゃった"けどね」
「そういえば…あの時もそんなことを言っていたな。パパとママに捨てられたって…」
こちらが追求をすれば、ステラは少しだけ悲しそうな表情を浮かべ
「パパとママはね。わたしをこのエデンの園に売ったんだ」
「売った、だって?」
「わたしが我儘だったから、家が貧乏で…。暮らしていくお金がなかったんだと思う」
話によれば、ステラは私立の中学へと通っていたらしい。
私立の中学を通うのに必要な学費は、年間百万円を超える。決して裕福ではないステラの家庭へ、追い打ちを掛けるようにして、ステラの我儘で旺盛な物欲で、水道、ガス、電気、ましてや食費までもが尽きてしまいそうなほどギリギリの生活をしていたそうだ。
「お前は売り飛ばされたということか?」
「…うん。レーヴ・ダウンの人から聞いたんだ。『あなたは親の許諾を得たうえでここへ売られた』って…」
ウィザードは「レーヴ・ダウンに妹の治療費を出すという条件を出されたから」という理由でここへやってきた。それは自己責任で問われる話だが、ステラの場合は状況が違ってくる。
「ステラは中学に通っていたとき、成績はどの程度だったんだ?」
「平均より下ぐらい…だったかな」
「平均より下だって? その学校はレベルが高かったのか?」
「ううん。その辺にある私立の中学と特別変わらない学校だったよ」
ブライトとウィザードは能力がそれなりに高かったからこそ、このエデンの園へと連れてこられた。しかしステラの能力は平均的に見れば下回っているという。これにより、自身の中でのレーヴ・ダウンへの印象が変わり果てた。
「どうしてそんなこと聞いたの?」
「…いや、少し気になっただけだ。そんなことよりもこのキーホルダーは返すよ。お前の両親がくれた大切なものだからな」
星型のキーホルダーをステラに返却し、ジュエルペイを起動して時間を確認する。時刻は真夜中の三時、ステラの身体に気を遣い、帰らせようかと考えたとき
「自分を責めないで」
ステラがこちらに真剣な眼差しを向けてそう言った。
「……あなたがモニカたちを死なせようとしたんじゃない。あなたはモニカたちやわたしを生かそうとしてくれたんだよ。それだけは絶対に揺るがないからね」
「…でも、お前は俺のせいで一人に―――」
「それはわたしが我儘だったから。すべてはわたしの自業自得なの」
「……」
「わたしがこんなことを言える立場じゃないかもしれないけど…あなたは頑張ったよ。だから、わたしが、許してあげるから、褒めてあげるから…」
涙目になりながらも精一杯に伝えようとするステラの頭をポンポンっと軽く叩く。
「…ありがとう。一番辛いのはお前なのに、俺を慰めようとしてくれて」
「辛くなんて…ないもん…っ」
「……泣き虫なんだな」
「泣き虫、なんかじゃ…っ」
「泣き虫は悪口なんかじゃない。人一倍優しいヤツほど、泣き虫なんだから」
ステラはあの時と同じように声を上げて、大粒の涙を流す。
鼻水を垂らしながら子供のように泣きわめく姿は、以前よりも言葉には表現しがたいほど綺麗な泣き方だった。どうしようもない自分に対する涙ではなく、殺されたモニカたちへの涙。
「…タイミングが悪かったね」
「お前たち、もう少し早く入ってこい」
気まずそうな顔をしたルナたちがリビングへの入り口から姿を現した。
ルナたちはステラがキーホルダーを手渡してきた時には、既にリビングへ続く廊下で待っていたのだ。姿を見せられなかったのは、部屋に漂う重い空気のせいだろう。
「…入れるわけがない。盗み聞きもしたくはなかったが、仕方なかった」
「その件はもういい。ちょうど、お前たちと話がしたいと思っていたところだったんだ」
「奇遇だね。私たちもノアと話をしたくてここへ来たんだよ」
いつになく「赤の果実」のメンバーたちの表情が真剣なものだった。ティアは狐の面を被っているため表情は拝見できないものの、その面の奥からは鋭い視線がこちらに向けられている。
「ノアがしたい話を当ててあげようか?」
「…当ててみろ」
「Bクラスに勝つため、赤の果実のメンバーたちを本気で鍛えたい…でしょ?」
「どうして分かった?」
「だって、私もライトちゃんたちにそう頼まれたからね」
ステラを横目に、その場へ立ち上がり、ルナたちと向かい合う。
「お前はその頼みにどう返答したんだ?」
「…分かってるくせに」
「念のためだよ」
ルナと視線を交わし力強く頷いた。
そして、ブライトたちの方へとルナと身体の向きを変え
「お前たちは本当にいいのか?」
という意志確認をした。
それを否定しなければ、本格的に殺し合いへと身を投じることになる。しかも相手を殺さないという大きなハンデを背負い、戦うことになるのだ。
「はい。これは私たちの為でもあり、この同盟の為でもあります」
「私たちは今回学んだんだよ。ノアたちに頼り過ぎていたって」
「…そうだね。私たちはもっと強くならないとダメなんだ」
ティア、ブライト、ファルサの三人に続いて、他のメンバーたちも一切の揺らぎを見せず、それを肯定した。
「なら決まりだ。俺とルナは、お前たちを本格的に鍛える」
「これからは生き延びる術じゃなくて…相手を制圧する術を教えるからね」
―――時間には巻き戻しも一時停止も効かない。
次なるテープへと止まることなく刻み続けられる。
何て残酷なのだと論ずれば
それは世の中の"合理"だ
と神は述べることだろう。
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