2:16 第二殺し合い週間『齟齬』

「…こっちにある」


 私とリベロは、モニカたちの遺体が転がっているとされる二階の行き止まりの通路までノアを案内していた。ディザイアたちが退いた後、私が彼に「モニカたちが殺された」と告げたのが…。


「この先にある」

「…そうか」

  

 言葉だけでは信じて貰えないようで、私たちは仕方なくその場所までもう一度赴くことにしたのだ。


「あんなグロテスクなのはもう見たくないなー」

「あなたは別についてくる必要はなかった。私一人だけでも案内できたから」

「お前って方向音痴だろー? だから、もし迷ったらオレが案内してやろーかなーって」

「…あなたが外交音痴でも、私は方向音痴じゃない」


 私は二階探索の件もあり、コイツに随分と甘く見られてしまっている。なぜ教皇側の生徒に、それもやる気を見せない適当なやつに馬鹿にされないといけないのか。それが無性に腹が立つ。


「…酷いな」


 彼は前方に広がる悲惨な光景を目にした瞬間、そう呟いた。

 私たちはコレを見た際に言葉さえ出なかったが、彼は一切動じず冷静に現場を眺めている。まるで見慣れているかのように、血だまりの中へと足を踏み入れた。


「この制服は?」

「…分からない」

「あれじゃねー? あの野蛮なやつが殺す前に衣服を脱がしたとかー?」

「あー…もう少し強めに蹴り飛ばしておくべきだったな」

 

 彼は綺麗に畳んである四着の制服を手に取り、胸元辺りを確認する。


「――殺されたのは、モニカたちだ」


 ネームプレートにしっかりと刻まれているMonicaモニカという名前。他の制服にもRubyルビーPearlパールUnaユーナというネームプレートが付けられていた。


「ジュエルペイも…残高がゼロになってるな」


 どうやらジュエルペイ内のお金も一切残っていないようで、それらを一つずつ私たちに投げ渡す。私は試しに画面を操作して、様々な項目に目を通してみると  


「…この同盟は」

「あのステラってやつが作った同盟じゃねー?」


 『生き残り隊』なんてふざけたようで、上手く考えられている同盟名。

 ステラたちはこのエデンの園で生き残ることが目的だった。だからこそ、生き残りたい・・・・・・という言葉を弄ってこのような名前にしたのだろう。この子供らしい発想は恐らくステラ、発案者もきっとステラだろう。


「死ぬと名前が赤字になるのか…」

「なるほどねー。同盟を組んでいれば、仲間が生きているか死んだかが分かるんだなー」


 Stellaステラの文字だけ白色で映し出されているのは、このエデンの園で生きているから。誰かが殺されることで初めて知れる新しい同盟のシステム。


「モニカたちのおかげで・・・・良い情報を得られた」

「おかげでって…?」

「…? どうしたんだ?」

「…何でもない」


 彼はそれをまるで「モニカたちが殺されてくれたおかげで自分が得をした」かのような言い方をしていた。流石の私もその発言には眉間へしわを寄せてしまう。


「まっ、アイツはそういうやつなんじゃねーの?」

「…どういうこと?」

「アイツはこういう光景に見慣れていて、記憶喪失の影響で戦い方しか知らないんだぜ? 案外、Bクラスの連中と人の死についての価値観が変わらなかったりしてなー」

「そう…」


 思い返してみれば、彼が楽しそうに笑っている姿や、硬い表情を崩している姿など見たことが無かった。私は彼のことを言える立場ではないかもしれない。


「――!」

 

 そんなことを考えながら彼の後姿を見ていると、突然こちらへ振り返り私たちのことを睨む。心が読まれでもしたのかと少しだけ視線を逸らしたとき


「…アニマ」 


 彼のその一言で私たちへと視線を向けているわけではないことに気が付いた。気配もなく私とリベロの背後に立っていたアニマ。黒色のローブが横を通り過ぎる際、その不気味さに思わず鳥肌が立つ。


「ここを掃除しに来たのか?」

「……」 


 彼がアニマにそれを尋ねたが、何一つ反応を示さない。

 ただ血だまりの中を突き進み、辺りを見渡しながら遺体の位置を確認していた。


「アニマ、この遺品は俺たちの方で預かりたい」

「……」

「規則には遺品は必ず処分するとは書かれていないだろう? それなら俺たちが預かったって問題ないはずだ」

  

 背を向けているアニマに、彼はそう述べる。

 アニマはやはり何の反応も示さない。


「やっと見つけた…!」

「…ステラ?」


 そんなやり取りをしていれば、ステラが息を切らしながら私たちの元へと駆け寄ってくる。

 

「モニカたちはどこにいるの…!? あなたたちの仲間に聞いても、知らないとしか言わないから…!」

「ああー。オレも知らないなー…」

「それならあなたはモニカたちがどこにいるか―――」


 焦り顔を私たちの方からノアとアニマのいる方向へと向けた瞬間、ステラの言葉がそこで途切れた。広がっているのは血肉によって染められた地獄のような空間。初めてそんなものを目にしたステラは、口を押さえてその場で嘔吐してしまう。


「…なんなの…これ…?」


 私はステラの問いに何も答えられない。

 

「―――モニカたちだ」 

「……え?」

 

 そんな私とリベロの代わりに、彼はステラの顔を見て、ハッキリとそう告げた。

 勿論そのような話をステラも一度聞いただけで真実として受け止めきれず、すぐ呆気に取られてしまう。


「この辺りに散らばっているものは…モニカたちの残骸だ」 

「ざ、ざんがいって…? だって、こんなの人の姿をしていないよ? 作り物か何かでしょ?」

「…ジュエルペイの同盟メンバー欄を見てみろ。きっとお前だけ白文字の名前で、それ以外は赤文字のはずだ」


 ステラは怯えながら、ジュエルペイの画面を小さな指先で操作する。

 

「そ、それがどうしたの…? わたしはリーダーだから白なんじゃ…」

「いいや…生きている者は白色の文字で名前が表示される。赤色の文字は、その逆だよ」

「わかんない、わかんないよ…! 逆ってなんなの…!?」

「…死人だ」 

「うそ…! うそだ!! モニカたちはどこにいるの!? ねぇ、教えてよ!?」 


 現実を受け止めようとしないステラに、ノアは四着の制服を手渡す。制服の上にはそれぞれのネームプレートが置かれており、それを目にしたステラはその制服から手を離し床へと落としてしまった。


「モニカたちはBクラスに殺された。詳細を言うならワイルドという男子生徒の罠に引っ掛かって、殺され、喰われたんだ」

「なんで…!? なんでわたしだけじゃなくてモニカたちも教室の外に…」

「お前こそ、どうして教室の外に出た? こうなることぐらい分かっていたんだろう?」

「わたしは…ただあなたやモニカたちを困らせたくて…! わたしがあの部屋から出て行ったあと、モニカたちはあなたと楽しそうにお喋りしてたでしょ…!? すぐに追いかけてくると思ったのに、ずっと外で待ってたのに、来てくれなかったじゃない…!?」


 彼はステラの落とした制服を拾い上げ、四枚のネームプレートを無理やりステラの手に持たせる。


「モニカたちは偽物のお前を追いかけて喰い殺されたんだ」

「…偽物の、わたし?」

「ワイルドは誰かに成りすませる能力を持っている。あいつはそれを使用してお前に変装し、モニカたちをここまで誘い込んだ」

「でもここは二階でしょ…!? こんな危険なところまでどうしてわたしを追いかけて…」

「まだ分からないのか?」


 頭の整理が追い付かないステラの肩を掴んで、中腰になりながらステラの顔の高さと自身の顔の高さを合わせた。そして彼に真剣な眼差しを向けられたことで、声を荒げていたステラも口を閉ざし視線を交わしてしまう。


「確かにお前がモニカの部屋から出て行った後、俺はモニカたちと話をしていた」

「ほら…! やっぱりわたしのことなんて」

「ステラ、お前の話をな」

「えっ?」

「…あの日、俺はモニカたちとお前の話をしていたんだよ」

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