1:15 救世主と教皇は談話する

「ノア? 顔色が優れていないようですが、大丈夫ですか?」

「あぁ、まぁ、うん」


 長袖、長ズボンの寝間着姿をしたティアが、ノアの表情に疲れが見えていることに気が付き声を掛ける。レインとルナの一波乱は、ブライトたちが戻ってくる前に何とか収めることが出来たが、それによってノアの体力は色々な意味で消耗してしまっていたのだ。


「疲れているのなら休んでいた方がいいよ。私だってノアくんのこと心配だし」

「…ヘイズの言う通り無理は禁物だが、なぜルナは既に倒れているんだ?」

 

 ヘイズの言葉に賛同しながら、ウィザードはベッドの横でうつ伏せに倒れているルナを指差した。その理由は言わずもがな、ルナがあまりにもしつこかったため、一度鳩尾に拳を打ち込んで大人しくさせたから。


「あー…多分すぐに起きると思うぞ」


 ルナが創り出し部屋に飾っていたぬいぐるみを手に取り、倒れているルナの頭に投げてみれば、


「殺し合い週間を頑張って乗り切ろ~!」

「さっき終わったばかりだろうが」


 むくりと身体を起こして、とんちんかんな発言をし始めた。まともに相手をしているとキリがないので、軽くツッコミを入れてすぐに視線をブライトに向ける。


「それで? 何でこんなにお菓子を買ってきた?」


 床に山積みにされたお菓子の類。寮の近くにあるコンビニエンスストアで購入をしてきたのだろうが、こんな真夜中に、ましてや殺し合い週間を終えたばかりだ。そんな状態でこの量のお菓子を食べようとしているのだろうか。


「ちょっと小腹が空いちゃってさ? ヘイズやファルサとあれも食べたいこれも食べたいって選んでたら、こんなに買っちゃって」

「そうですね。店員の方が大口を開けて驚いていました」

「…ティア、お前も一緒にいたのなら少しはこの爆買いを止めようとしてくれ」

「私のお金ではないですから。本人たちの好きなように買わせるべきかと思いまして」


 そう言い切るティアに苦笑していれば、ブライトたちがお菓子の封を無計画に次々と開けて、クッキーやらポテトチップスやらを口に運び始めた。「なんて不健康な光景なんだ」と小さな溜息を付き、ジュエルペイで時刻を確認する。  


「何で時間を確認してるの~?」

「ここ以外の部屋の明かりもあまり消えていないと思ってな」


 ルナが隣りにやってきて、こちらのジュエルペイを覗き込む。時刻は深夜二時を回っているはずなのに、就寝していない生徒たちが数多くいる。それは殺し合い週間に対する余韻が残っているからで、精神を摺り減らす一週間を歩んでいたからだろう。


「銭湯でも集団で行動しているヤツらが多かったし、どうせみんなビビってんだろー?」

「ベロくんは殺し合い週間の時から、ずっっと平常運転だけど怖くないの~?」

「死にたくないだとかさ、教皇になりたいだとかさ。みんな頭を抱えすぎなんだよなー。オレみたいにテキトーにやってれば全然緊張も怖くもないのに」


 リベロはルナにそう返答し、ポテチを口に加えながら横になると懐に入れていたゲーム機で遊び始める。そんな適当な考えを述べるリベロに、ヘイズは片手で頭を押さえ、それ以外の者は「あははー」と乾いた笑い声を上げた。


「グラヴィスもこの機会に何か喋ったらどうだ?」

「い、いいよ僕は」 

「ファルサちゃんは~?」

「私もお話しするのはあんまり得意じゃないし、聞き手の方が慣れてるから…その、ごめんね」


 ウィザードとルナが部屋に来てから一言も発さないグラヴィスとファルサに声を掛ける。だがグラヴィスはおどおどしながら喋ることを拒否し、ファルサはごくごくありきたりな返答を返した。ブライトはティアやヘイズと楽しそうにお喋りをしているのに対し、自分たちは会話が非常に少ない状態で無理をして話を続けようとしている。


「ウィザードくんは自分からこのエデンの園にやって来たの~?」

「…俺か? 自分から来たかと聞かれれば、まぁそうだな」


 ルナはウィザードのことを知ろうと考えたのか、どのようにエデンの園へやってきたかの経緯を聞いた。ウィザードは少しだけ躊躇する様子を見せ、首を縦に動かす。


「俺は、入院している妹の為にここへやってきたんだ」

「妹の為?」

「…両親が既に他界をしているせいで家が貧乏でな。簡単に説明をすれば、妹の治療費のため」


 ウィザードは首にぶら下げている四角いペンダントの蓋を開け、こちらに中身を見せてくれた。


「この子が妹ちゃんなの~?」

「ああ、唯一血の繋がった俺の家族だ」


 そこに写っていたのは、黒髪の幼い女の子が遊具で遊んでいる姿。歳は小学生の高学年ほどの年齢に見える。


「治療費の為って言っていたが、このエデンの園に来ればお金が貰えたのか?」

「貰えたよ。レーヴ・ダウンの『妹の治療費を負担する代わりに、エデンの園での殺し合いに参加する』という条件を呑んでな」

「レーヴ・ダウンがそんな条件を? それは本当か?」

「嘘じゃない。しっかりと契約書も書かされたんだ」


 ある疑問が頭の中でふと浮かぶ。

 『レーヴ・ダウン』や【ナイトメア】が存在するのならば、このエデンの園で殺し合いをさせるのはその精鋭たちで良いはずだ。それなのに、なぜわざわざこの戦争を終わらせるために、未熟な若い生徒たちを集わせたのか。ウィザードの話を踏まえれば、費用を出してまでこのエデンの園に未熟者たちを送り出さなければいけなかったのだろうか。


「それじゃあウィザードくんは妹ちゃんの為にここへ来たんだね~!」

「…ああ」

「…」


 レインが口を閉じたまま、ウィザードを見つめている。何を考えているのかは不明だが、ウィザードは教皇側。つまりはレインの敵となる存在だ。何か物騒なことを考えていてもおかしくはない。


「そういえばさー! 私たちってノアやルナについて、まったく話を聞いてないよねー?」


 ブライトが声を上げながら、二人に視線を向ければ、聞き手に回っていたグラヴィスやファルサも、ゲームをやっていたリベロも、無関心だったレインも、全員が視線を一斉にノアたちへと向けた。


「二人って信頼し合っているように見えるけど、どうしてなの?」 

「ヘイズの言う通り、確かにそれは気になりますね。本来、あなた方二人は敵対するはずの立場ですから」

 

 正式には敵対していないというよりも、過去に数百年以上にかけて敵対はしていたという過去形だ。転生してからは手を組み、協力し合うことを約束をしているから本気で殺し合うことはないが……。


(どう答えるべきか)


 この場で黙秘権を使用すれば、雰囲気を壊してしまう。自分のことを話せと言われても話すことなんて何もない。初代救世主と初代教皇が転生してきたという経緯が説明できないうえ、思い出という思い出がすべて記憶に残っていないせいで、言葉が何も思い浮かばないのだ。


「あはは~、実は私たち記憶喪失でね~?」

「おいっ!?」


 どう乗り切ろうか頭を働かせていれば、それを見兼ねたルナが記憶喪失だということをブライトたちの前で口に出した。それによってその場にいる全員が硬直をしてしまう。


「それを教えたらダメだろ…!?」

「いいじゃん~! 私たちは仲間なんだしさ~?」

「あー…それもそうだな」 


 ルナと視線を交わしたノアは、すぐにその意図を理解し目を瞑り、重たげな雰囲気を漂わせながら口を開いた。


「お前たちにだけ話すが、実は俺たち二人は今までの記憶がないんだ」

「記憶がないというのはどの範囲でしょうか?」

「戦い方以外。つまりはほぼすべての記憶がないんだよ」


 その話を聞いた者の反応は人それぞれだった。相変わらず無表情の者もいれば、目を丸くして驚いている者もいる。それらを見渡しながら、続けてこう話した。


「俺とルナはまったく同じ境遇。それが結びついて、今まで一緒に行動をしていた」

「ノアもルナも、記憶喪失だったんだね」

「…このエデンの園で記憶がないのは大変だったんじゃないか?」

「あぁ、大変だったな。だから俺たちは二人で本を読んだりして、殺し合い週間が始まるまで基本的な情報を学ぶ日々を歩んでいたよ」


 自分たちが記憶喪失で、この世界の情勢を調べていたのは事実、それ以外は真っ赤な嘘。きっといつの日か、過去から転生してきたという真実を伝えなくてはいけなくなる。だから、その時までは記憶喪失という都合の良い理由でやり過ごすべきだ。


「それで、お前たちに折り入って頼みがある」

「頼み?」


 殺し合い週間を過ごし、とある考えが浮かんでいた。それはこの先の目標にもなり、正式な仲間として迎え入れるために必要なものだ。 


「――俺たちと同盟を組んでほしい」


 

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