第127話 オペレーション『鳥籠』(4)
「『
幽嶋の動きは、瞬間移動をしていることを差し引いても人間離れしていた。
シャルハットとしては、魔力を温存したかったのだ。幽嶋を殺し、施設を破壊し、『儀式』を行っているビルに戻る可能性があったからである。故に、最小限の防御を以て奴の投げる串を防ぐのが得策。しかし、幽嶋はそれを許さない。
――どういう身体能力なんですかね……?!
幽嶋という化物は、串が二方向から
これが、片方を遠くから投げ、もう片方を近くから投げることで同時着弾ならまだわかる。しかし、ここにそれを可能とする空間的余裕はない。
彼のやっていることは非常にシンプルだった。片方を投げた瞬間、別方向へ瞬間移動し、串を投げる。この二動作を1セットとして、シャルハットを攻撃するのだ。
言うのは簡単だが、現実的ではない。
というのも、見たところ二つの投擲地点からシャルハットまでの距離はどちらも同程度で短い。つまり同時に串を着弾させるためには、コンマ数秒単位の隙もなく串を2連投せねばならないのだ。
人体にダメージを与える威力で金属を投げるというのを予備動作なく行い続けるのはもう人間技ではない。
――そのくせ、しっかりこちらの攻撃は避けてくれて……!
当たり前だが、シャルハットも攻撃はしている。
2方向から、攻撃が来るのだからある程度アタリを付けて『
この縦横無尽なる波状攻撃の中、こちらの攻撃は読んでいるのだ。
――『
『
すなわち、『
――私の視線や癖のようなものから攻撃方向に当てを付けているというわけですか……。
『
魔力は未だ9割を上回っており、焦るような状況ではないがいつまでも防戦一方というわけにはいかない。何より、この状況は全くもって愉快でない。
――策を練らねば……
◆
幽嶋麗は生物課長である。加えて調査班の班長でもあり、業務は主に特殊生物の捕獲、駆除となる。『UE』を持つ超常の生物を目にしてきた幽嶋にとって言わせれば、見えぬ攻撃であれ、発生源となる生物に注目さえすれば避けるのは容易い。
その動物が魔術師という変わり種の人間であっても変わらないのだ。
「当たりマセンねぇ?」
シャルハットの出す見えぬ攻撃を、瞬間移動で避ける。
攪乱目的で、幽嶋は続けて場所を変える。そして攻撃手段である串を投げた。この串は、特殊な金属を用いているものの、造り自体は何の変哲もない。
しかし、幽嶋が投げると高威力の武器と化す。
幽嶋は一見細身であるが、その外見からは想像つかないほど鍛え抜かれた筋肉を持っていた。
戦うために対人課長のような、ぱっと見で分かる筋肉お化けになる必要はない。あれがいるのは
アスリートのように鍛え抜かれた体躯より放たれる串。だが、それだけでは人体を貫通する威力にはなりえない。
幽嶋の串は二段階の加速をする。
投げた瞬間、少し前方に瞬間移動し投擲した反対の手で串を再加速させる。当たり前だが、力の調節を誤れば串は減速を免れない。最低限のタッチで力を加えるのだ。
こうして速度を得た凶器が直撃すれば、衣服を着た人間は勿論、堅い皮膚を持った生物であってもダメージは必至だ。
しかし、幽嶋の曲芸はこれだけで終わらない。この針の穴を通すような神業を繰り出すと同時に次弾を取り出し、一本目を投げたタイミングで、別地点へ瞬間移動。再び同じ要領で串を投げる。
その結果、驚異的な速度で金属製の串が、2本同時に相手へ着弾する。
「でも、当たらないのは、そっちも同じでしょう? カチョーさん?」
串は、シャルハットに当たる前で何かに弾かれる。
だが、それで良い。この威力を持った攻撃であるからこそ、シャルハットは防御に、魔術を使い続けている。
恐らく攻撃の手は多少ゆるむだろうし、魔力切れも期待できる。
ただ、今一番の理由としては、
――……静馬クンから『
シャルハットは強敵だ。
左空が殺されたことを鑑れば、侮ることは絶対に許されない。
幽嶋が本格的に奴の単独『処理』を考えるのは、静馬の策であるオペレーション『鳥籠』が失敗してからで良い。
――串が、残り10本……。一度、回収しマスか。
◆
――串を回収するタイミングを狙う……!
シャルハットは、そう結論を出した。
そもそもなぜ、奴は串を使うのか。国絡みの大規模秘密結社『黒葬』が銃器を用意できないなんてことはあり得ない。
推測するに、串は拾えば再び使えるからだろう。そして、瞬間移動というアビリティがあれば回収は苦にならない。
裏を返せば回収することが前提の武器なのだ。
――必ず拾いに来る。
シャルハットは敢えて、視線をやや上方へ向けた。串に目が行っていないフリをする。
回収のタイミングは、きっと……。
例によって串が2本着弾する。その2本は腰あたりに着弾した。反撃。命中せず。
例によって串が2本着弾する。その2本はひざあたりに着弾した。反撃。命中せず。
例によって串が2本着弾する。その2本は首筋あたりに着弾した。反撃。命中せず。
例によって串が2本着弾する。その2本は頭あたりに――。
――上に攻撃を振ってきた……!
「『
シャルハットは、軽く跳んだ。そして、床から20cm高さに幅1mの『
串は、比較的シャルハットの近く落ちているのだから、壁に今までようなの長さは必要ない。短く太いのを2本だ。
瞬間移動先に壁があるのだから、奴が串を拾おうとすれば手首が落ちる。うまくいけば足首も飛ばせる。
「くっ……!」
――うめき声! ヒット……ッ!
声のした方を振り向くと、小さな血痕のみが残されていた。軽傷……いや、すぐに瞬間移動すれば血痕は数滴で当然。
直後、何かが地面に落ちるような音が廊下の先から聞こえた。瞬間移動で逃げたなのか。音がしたということは、着地に失敗したんだろうか。
「逃がしませんよ……っ!」
シャルハットは音がなった方へ、走り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます