第120話 霧中のデスマッチ

「ふ……」


 玄間は口角をわずかに上げて笑った。

 率直に言って手ごわい。

 分身を殺しても、その爆発によって、少しづつ削られる。できる限り、攻撃の後は距離を取るようにしているが、それでも爆風の範囲は大きい。

 こちらの体力が先か、あちらの魔力が先かというダメージレースを続けるのはあまりに愚直。

 となれば、なんとか本体を叩くしかない。故に玄間は、分身を殺し続けると共に、場所を変えて、本体を探している。

 分身体が爆発するのだから、少なくともその爆風を受ける範囲には魔術師はいない。かといって、大きく離れた場所にいるという安直な動きをしているとも思えない。検討を付けつつ動く。

 玄間の勘は鈍くない。煙の中で探索効率が落ちているとはいえ、恐らくは数回程度接近しているはずなのだ。


 ――やはり……。恐ろしいほど、肝が据わってやがる。


 煙の魔術を使われる前から、感じていた精神的余裕さ。未だそれは健在で、「接近された」という焦りを全く表に出していない。

 あちらは玄間の動きをこの煙幕の魔術で把握しているだろう。しかし、玄間の移動スピードは尋常ではない。魔術の把握能力があっても、あちらからすれば急に近づかれたという状況だ。普通なら焦る。たじろぐ。別の場所へ移動しようと急ぐ。

 それが一切感じられない。


「ハァ……ハァ……」


 接近されても攻撃を防ぐなんらかの奥の手があるため、余裕を持っていられる。そんな可能性もあるだろう。だが、恐らくはそっち・・・じゃない。

 死と隣り合わせという状況に身を置き続けた人間が手にする、鋼の平常心。こっちだろう。


 ――そろそろ疲れてきたぜ。それなのに、分身体の数は減っている様子が全くねぇ。


「やめだ」


 本体を探索しつつ、泥臭く戦う持久戦を、中断することに決める。この方法で仕留めるのが一番てっとり早く確実と踏んだが、この男は予想を遥かに超える実力を持っていた。強者。それは認めよう。


 ――だが、俺には勝てねぇよ。


 玄間は立ち止まった。

 


 ――動きを止めた?


 ヴォルフは玄間の動きが突然止まったことを『覆い隠す白煙スモーク・アウト』の効果から感知した。

 であれば、近くの分身体を総動員させ逃げ場をなくした状態で爆発させる。

 『孤独ゆえに巨する威インクリース・マイト』によって生み出された分身体は、玄間に襲い掛かる。そして、玄間に充分接近し、爆発の射程に捉えるやいなや、


「『爆ぜる魔の雫ドロップ・ボンバ』」


 と、ヴォルフは口にした。分身体は爆発――


「――ッ……!」


 の直前、ヴォルフの方向へ分身体が飛んできた。

 

 ――コイツっ……!


 玄間は一瞬のうちに、分身体を四方八方へ投げ飛ばしたのだ。もちろん、全てを投げることなどできない。投げることができなかった分身体は、玄間に炸裂する。ダメージ覚悟の反撃だ。


 ――想像以上。なんというセンス……!


 ヴォルフには分かる。この一連の動作、人間を超越した身体能力だけでは納得できない神業だ。

 白煙の中、分身体が近づいたことを察知するのは直前までわからないはず。白煙は音すらも完全に覆い隠すのだから。その状況下で、こちらが爆発させる瞬間を完全に読み切り、分身を四方へ掴み、投げる。

 こんなもの反射神経など関係ない、未来予知の域だ。

 抜群の勘を持っているのは前提。だが、それだけではない。

 この神業が意味するのは、視界が悪状況であるにも関わらず、ここまでの戦闘でこちらの癖やタイミングの取り方を読み取られたということ。


「だが」


 こちらへ飛んできた分身体は玄間の驚異的な力で投げられている。分身体は80kgに近い質量を持っているにも関わらず、プロ野球選手が投げた剛速球のようなスピードだ。投げたことを能力で捉え、ヴォルフの目の前に到達するまで1秒と掛かっていない。


 ――問題はない。


 しかし、ヴォルフの鋭く研ぎ澄まされた集中力と、稲妻の如く迅速な魔力操作は、飛んできた分身体の爆発を急停止させる神業を可能とした。コンマ数秒の出来事だ。


 魔術の制御、および操作精度に於いて『黄昏部隊』、そして『暁部隊』を含めても、ヴォルフ比肩する魔術師は存在しない。


 飛んできた分身体は膨張を止め、爆発は急停止。続いて、ヴォルフ本体に衝突する前に、分身体は消滅した。

 次の瞬間には、玄間が投げ損ねた分身体達がなんの影響も受けずに爆発していく。玄間は爆発に包まれた。


「……」


 この時、ヴォルフは何かの違和感を感じ取った。


 ヴォルフは危機を回避した。今の攻防戦はヴォルフが制した。

 しかし、何かが引っかかる。


 もし、爆発が止まることも玄間の想定内だとしたら。


 ――そうかッ!


「『孤独ゆえに巨する威インクリース・マイト』ッ!!!!」


 ヴォルフは、玄間の狙い・・・・・を理解し、自分の周辺に急激に分身体を増やした。間に合うか……?

 直後、目にもとまらぬ速さで、大男が殴りこんで来た。身体からは爆発の直撃を受けたせいで煙が立っている。玄間は拳を突き出してきた。今までよりも大振りである。

 分身体が一撃で、数十体消し飛ぶ。恐らく全力の突き。

 ヴォルフは吠える。


「『爆ぜる魔の雫ドロップ・ボンバ』ッ!」


 生き残った分身数体を再び玄間にぶつけ爆発させる。その隙に、ヴォルフは玄間から離れた。

 かなりの魔力を消費したものの、多くの分身体を盾に間一髪であの突きを避けた。


「なんという威力……ッ!」


 盾を用意し、避けたにも関わらず、ヴォルフの肩からは出血していた。凄まじい拳風。押し出された空気がかまいたちのように唸り、ヴォルフを捉えていたのだ。

 だが、玄間も無事ではないだろう。今の突きは全力。そう、攻撃後に隙ができるほどに。連続で爆発の直撃を受け、あちらも相当に消耗したはずだ。


 ――出し抜かれるとは……。


 ヴォルフは笑みを浮かべていた。


 先ほど、玄間は分身体をこちらに投げた。ヴォルフは、爆発を受けまいと、当然こちらへ飛んできた分身体の爆発を止める。

 玄間の狙いはここにあったのだ。

 四方八方に投げた分身体の1体のみが、不発という状況。すなわち、爆発しなかった分身体の先にヴォルフがいるということになる。無論、白煙の中である以上、目視や、爆発音では、それを判断できない。

 恐らく爆風だ。

 それを感知して、停止した分身体に当てをつけたのだろう。遥かに人間を超えた力を持ちながら、風の動きすらも正確に読み取る繊細さ。


 ――いいじゃないか、玄間。


 ヴォルフの集中力が更に研ぎ澄まされていく。死の接近がヴォルフの闘争本能に火を着けたのだ。頭が冴えわたっていく。魔力操作、魔術行使の繊細さにも磨きがかかる。


 ヴォルフの『器』にある魔力は、未だ8割を切らない。

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