第86話 解読と読取
『黒葬』指令本部。
『アトランティス』調査の全工程を終え、オペレーター並びにその補佐を行っていた社員はひと息ついていた。
指令部長、獅子沢を除いて。
彼女も浅くはないのケガを負っている。本来ならば休養を取るべきなのだが、そうも言ってはいられない。
「葛城」
「あ、はい!」
「今から、天海のところへ行く。お前も来い」
「了解しました。……カレンちゃん、こっちは任せるわね」
対人課長、玄間 天海。玄間は昨日まで海外へ飛んでいた。それは『極夜の魔術団』の情報収集のためである。本来ならばあと数日は海外にいる予定だったのだが、無理やり日本へ呼び戻した。
とはいえ、玄間の情報収集はほとんど終わっていた。玄間が残りの数日でやろうとしていたことは魔術団支部の後処理ともう一つ。
「おう、指令部長サマじゃねェか。ちょうどよかった」
「
「あぁ、残りの
玄間が収集したデータや書類は暗号化されており、その解読待ってから帰国してもらう予定だったのだ。その書類に書かれていることによっては海外にいたままの方が都合が良いからである。
「あの、部長? ここで何の話をするんですか?」
「『極夜の魔術団』に関する話だ。日本で奴らが何をしようとしているか、それを暴く」
「今、それに関わる機密文書の解読が終わった。それを踏まえて今後の話をしようってことだ。さっき、『極夜の魔術団』に関わる男に尋問をしたことで裏が取れたしな。……いきなり死んじまったけど」
「な、なるほど」
尋問中、亡くなったのは確か春奈が無力化した男だったはず。
「ほんとは調さんにも同席してもらう予定だったんだがな……。嫌になっちまうぜホント。優秀な奴ばっか死んじまう……」
先ほど、葛城が調の遺体をエレベーター近くで発見した。
玄間の目は彼が掛けているサングラスのせいで獅子沢からは見えなかった。
この仕事に「死」はつきものだ。
今回、指令部からも小林が死んだ。小林は、『黒葬』に来て13年目。比較的内気な性格だった。それゆえ、執行部のオペレーターを任せることはほとんどなかったが、考え方や、仕事っぷりは非常に優秀だった。計算分野にも優れていて、現象課の手伝いを頻繁に行っていたのが印象的だ。
仲間の死は、何度経験してもその悲しみに慣れることはない。ショックも軽くはならない。しかし、場数を踏み、仲間を失うごとに芽生える強い意思と使命は、いつしかその悲しみを上回るようになっていた。
ただ、それだけだ。
「……天海、今はそれどころではない」
「部長……。そ、そんな言い方……」
「……違いねぇ」
「玄間さんまで……」
葛城は、複雑な表情を浮かべていた。
彼女を自身と同じようにしてはいけない。仲間を失わないように、そして、葛城を導くのが獅子沢の役目だ。
「――どうしまシタ? 皆さん、浮かない顔をして」
幽嶋が突然現れた。
「遅い」
「はぁ……、人をなんだと思ってるんデスかね……」
幽嶋を見て、玄間が「調が死んだ」と伝えた。
「そうデスか」
幽嶋はそう一言だけ溢し、ソファーに座った。
「……で、今は?」
「『極夜の魔術団』の機密文書の解読が終わった。それについて話す」
「私が『アトランティス』に戻る前に天海が言ってた、『プロジェクトR.S』って奴デス?」
「それだ」
「興味深いデスね」
そして、幽嶋はどこか遠くを見つめながら、
「……『極夜の魔術団』は完膚なきまでに潰さなくてはなりまセン。早急に」
とはっきりと言い放った。
◆
『暁の5』レイパンド。御年80歳の大ベテラン魔術師である。
日も沈み、そろそろ19時を回る。
年を取ると、眠気は夜が更ける前にやってくる。そして、起きた後に日が昇るのだ。
「太陽は、必ず昇る……」
レイパンドは呟いた。
「陽光よ……、どうか私にご加護を……」
レイパンドは祈りを捧げると、ただちに夕食の準備の始めた。適当に買った食品を並べ、食事に使う器具を並べる。
フォーク、スプーン、
――ナイフ。
それは、彼を目掛けて飛来した。
「ッ?!」
それに気づいたのはレイパンドが見たからではない。部屋に張り巡らされた結界がそれを伝えたのだ。窓を破って、ナイフが飛んできた。
と同時に、部屋入口の方から物音。
レイパンドはすぐに気づいた。奇襲である。
「何奴じゃ!」
入口から突っ込んできたのはとある若者。見覚えがある。
ハールトの魔術で仲間に引き入れた殺人鬼だ。確か名は木原。
そして、大きな音を立て、窓が割れる。そこから現れたのはもう一人の殺人鬼の男。こちらは篠崎とか言ったはずだ。
木原は窓際へ近づき、篠崎の一歩後ろへと移動した。
「よぉ、ジジイ。ぶっ殺してやるから覚悟しなぁ?」
「……篠崎君、気を付けて。腐っても魔術師だ」
どうやってここを突き止めたのかは知らないが、問題ない。
「馬鹿めが……」
レイパンドは魔力を自身の身体に纏う。
下卑た笑みを浮かべ篠崎はまた、ナイフを放った。しかし、それはレイパンドの纏った魔力に阻まれ、彼の身体に届くことはなかった。
「なんだとぉ?!」「……まずいかも」
これは、『黄昏部隊』のような詠唱省略で攻防一体の魔術が使えない魔術師における自衛手段、いわば奥の手だ。もちろん、完全無欠ではない。
というのも、この強度に至る魔力を長時間放出し続けるのは不可能であるからだ。『暁の5』という尋常ではなく大きな『器』を持つ者ですら、1,2分が限界だろう。並みの魔術師なら数秒しか持たない。
「使われている身分で調子付きおって……。すぐにでもぶち殺してくれるわ」
レイパンドは完全防御の状態を維持し、電話をかける。相手は『黄昏の5』シェパードである。シェパードの仕掛けた魔術で、このカスどもを爆死させるのだ。
しかし。
『ツーツー』
通話はつながらなかった。通話中のコール音である。
「あンのクソボケカスが……ッ! こんな時に誰と電話しておるのだ……!」
ケータイを地面にたたきつけた。
「面倒じゃ……、儂がこのまま始末してくれるわァ!」
レイパンドは詠唱を始める。その間にも篠崎は、無駄とわからないのかナイフを投げ続けていた。
「それで大丈夫。篠崎君、あっちの魔力も無限じゃない。どんどん投げて」
「おぉう!」
篠崎はナイフを投げ続ける。しかし、それはレイパンドに刺さることはない。
10秒が経過。詠唱終了。
「――『
レイパンドの放ったのは爆発魔術。殺人鬼二人は避けようと動いたようだが、回避は叶わず、部屋の隅まで吹っ飛んだ。
「グハッ!!」「ぐうっ」
この部屋を大爆発させては色々と問題があるので、火力は抑えた。とはいえ、思い切り壁に叩きつけられ、魔術が直撃し爆ぜた机の破片が身体に刺さっていることがわかる。ダメージは大きそうだ。
レイパンドは、部屋に置かれた儀式などで使うための小刀を持ち、鞘から刀を抜いた。ここまで痛めつければ、年老いたレイパンドですら殺すことは容易だ。
「クソガキが……、手こずらせおって……」
近づこうとして、ふと足を止めた。
『
ハールトの話だと二人の魔力放出の性質は篠崎がナイフの加速、木原は身体に纏うという物だったはずだ。篠崎はともかく木原の能力。これはレイパンドの強度まではいかなくとも、そこそこの強度を持っていると考えて良い。
よくみれば、篠崎は苦しそうに呻いているが、木原はうつぶせで倒れておりその顔を確認できない。もしかすると、篠崎に比べダメージが少ないかもしれない。
木原には注意が必要だ。
「ふむ……」
木原から少し距離を取りつつ、篠崎に近づく。小刀を構えた。まずは篠崎からだ。
「……いや、殺す前に
レイパンドは篠崎の頭に手をかざし、短文の詠唱を行った。
「『
これは、相手の『器』に干渉し、記憶を読む魔術である。
この魔術は非常に習得が難しく、数人しか使うことができない。そして、これは『極夜の魔術団』内部で問題が発生した時のみ使う魔術だ。
故に、信頼のない魔術師には『
これを篠崎に使った意図としては、この殺人鬼がいかにして自分の居場所を突き止めたかを知るため。
なぜ、ここがわかったのか。それを理解し、レイパンドは――
「ハールトめェェエエエ!!!!」
激怒した。
「だから、あんな若造にこのような重大な儀式を担当させるべきでないと進言したんじゃ!!! あろうことかこの儀式の最中に『暁部隊』を減らすなどと、正気ではないッッ!!」
この2人を殺し次第、ハールトもすぐ始末したいところだが、儀式が何よりも最優先だ。
「儀式が終わり次第すぐに処刑してくれる……ッ! くそった――」
「――今だ」
木原の声。木原から魔力が放たれた。
【『アトランティス』調査隊、帰還まであと15時間】
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