第73話

 <……あー…やっぱりか。……というか予想より悪いなオイ>


 エド、もの凄く気持ちが悪いよ、

 絶対にエドへ悪影響を現在進行形で及ぼしているわ。

 兎に角すぐに外したいけれど、入れ物の準備に時間はどれくらいかかる?


 <早速取り掛かってもらって良いよ。容器は常に持ち歩いているからさ>


 気が急いていた私を宥める様に、エドの気楽極まりない声がする。

 ……純粋に本当に心から…ありがとう、エド。

 エドのそういうところに、私随分救われているの。


 <ねえ、エルザはさ…本当に生粋の馬鹿だよね>


 何故だろう、エドがそれはそれは不機嫌になったのだけれど。

 顔が赤い気がしますよ…?

 ……私、何かしでかしただろうか……?

 貴族であれば感情の制御は義務だ。

 人前で泣くのなど特にもってのほか。

 誰の目にも明らかなほど明確な強弱をしないように教え込まれる。

 にも拘らず、エドクラスの貴族の跡継ぎがあからさまに読める表情をするのって珍しい。

 演技や偽装で無いのなら余計に。

 ……え、それだけ私不味いことした……?


 <後で教えるから、それは今は放置しておいて>


 ……ごめんね、エド。

 取捨選択間違えた。

 私…皇妃として失格。

 それと嫌な事なら教えようとしなくても良いよ。


 <……だからさ…ああ、クソっ……――――エルザ、俺の手とエルザの手が合わさってる間のとこに何かあるの感じる?>


 みた事が無い程エドが苛立っていて大変申し訳ない思いをした。

 感じたのは怒りの中に隠した仄暗い…歓喜……?

 ――――だめでしょう、私。

 重要なのはエドで、ええと……いつの間に私の手を握っていたの……?

 さっきまで私の両頬にそれぞれ手が触れていたわよね…?


 ってごめん。

 ……あ、何かあるのは分かる。

 温かくもあり冷たくもある…不定形の…籠……?

 でも籠にしては隙間が無い。

 全く無い。

 微塵も無い…と思う。


 <……本当に凄いな……それで間違いないよ。抜け穴あったら問題でしょ。例のを閉じ込めとくわけだし。この空間が終わるまで入れておかないとだからなあ>


 あれ?

 ねえ、エド。

 この空間に閉じ込められる以前からこの入れ物を所持していたと思っていたけれど…違う、の……?

 この空間で能力が低下するのだとしたら…この”籠”の堅牢さも削られているという可能性は?

 もしこの”籠”が閉鎖空間である此処から出る前に壊れたりしたら――――


 <不安に思わなくても大丈夫だって。それでも心配ならさ、ちょっとその”籠”を覆える? 全てをがっつり穴なく包めるならして欲しいかも>


 分かったわ、絶対に覆い残しなんて作らない。

 少しも弱いところが出来ないように均一にする。


 ……何故だろう、光明を見た気がして本当にホッとした。

 解放されたがエドに何かしたら私正気じゃいられないもの。


 <それは良かったですねお姫様。……頼むよ>


 ……ええと、ちゃんと私が”籠”を包めることについて、よね……?

 暗い愉楽を感じたのは気のせい。

 諸々を思考から素早く追い出して集中! 兎にも角にも集中!

 さっきより明確に存在を感じ取れるようになった”籠”。

 それを私の力でふわりと包む。

 綿で風船を覆うイメージ。

 風船を割っても綿でできた”籠”がしっかり独立できるくらいの頑丈さを脳裏に描く。

 綿をイメージしたがしっかり固まったのを感じ、大きく息を吐いた。


 ……良し!


 <うわ、本当に憧れるなあ。エルザの力は見惚れるくらい綺麗なんだけど、綺麗なだけじゃなくてどこまでも温かいから……強度も隙間も問題なし。すぐ使えるね>


 ……居た堪れないので、可及的速やかに実行するからね。

 エド、私が”良いよ”って言うまで意識を私に向けておいて。

 何でも良いから私のことだけ考えて。


 <……ワザとじゃないのが分かるだけに複雑……それはおいておくとして、ロタールの時とやり方が絶対に違うよね? 全然違うよね?>


 疑問形なのに確信している……という事は、外し方も知っていたの?

 ……エドの瞳が座っているというか荒んでいるのは謎だけれど。


 <説明を受けただけだよ。それでも軽い調子だったて聞いたけど。エルザに注意を全部向けるとか初めて言ってるよね>


 うん。

 相手に絶対気がつかれないようにしながら外すつもりだから。

 ……何故イラっとした響きなのかは分からないけれど。

 聞いたらいけない気がするからスルー。


 <……助かる。それじゃエルザ、頼むよ>


 なんだか色々な意味が籠っていそうなエドの言葉を聞き終えると同時に、瞳を閉じて彼の魂へと意識を向ける。

 …これなら大丈夫。


 エドに触れている個所から私の力を彼の魂へと注ぎ込む。

 瞳を閉じているからだろうか、エドの吐息に火傷しそうな熱が籠っているのを感じる。

 不安になって思わず目を開けてしまう。

 ……大丈夫かな……エド、どこかおかしいところある……?


 <俺の吐息だのなんだのは何一つ考えなくて良いし記憶から抹消してから続けて欲しいんだけど。一刻も早く終わって欲しいんだけど>


 聞いた事が無い程の早口且つ切羽詰まった声音なエドに瞳を瞬かせてから、慌てて作業へと戻った。

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