第49話

 ザワザワと響く喧騒が部屋に近づいてくる。

 脚本は既に頭の中。

 小道具を揃えつつ自分のベッドで上半身を起こしながらようやくこの体勢をしている風を装った。

 クッションを多数背もたれ代わりにしつつ、顔を下に伏せて待機。

 すぐには私の表情を読めないようにしながらそれでも全神経をドアへと向ける。



 些かどころではなく扉が壊れんばかりに乱暴に開かれ、雪崩れ込んでくる音の奔流に顔を見せないようにしながら瞠目する。

 気配は大切な人達だけのはず。

 だというのに……これ程の凶暴さをまとった空気のままの彼等と対峙したことのない私は怖気づきそうになる。

 けれどそれを気付かれぬように太ももを思い切り抓って気合を入れ、小道具の扇を震える手で握りしめながら……それを怒りによるものと見えるよう、出来得る限り艶然と且つ傲慢そうに彼等へと視線を向ける。

 ――――今まで彼等を始め、誰かにこういう眼差しを向けた事等皆無。

 どうか上手く高慢な令嬢に見えると良いのだが……


「目覚めたと聞いたが――――」


 私を蔑むような色をまとわせたフリードの凍える様な視線と声音が私を目にして途中で止まる。

 フリードがこの様な様相になった姿が記憶になく、それが私に向けられている事に思わず悲しくて泣きそうになるのを気取られぬように……傲然と扇を広げて顔の大半を隠し、さも身下げ果てたといわんばかりの眼差しを向けた。

 これはある意味自業自得だと戒める。

 フリードに酷い態度を取り続けた報いだ。

 ……部屋に入ってきた……とても良く見知った顔の数々が息を飲むのを感じながら、徐に口を開く。

 可能な限り高圧的になるよう気を付けながら。


「一体何事ですか? わたくしの部屋に許可も無く」


 そこまで言ってからパチンと扇を閉じて気だるげにため息を吐いた。

 何故かは分からないのだが、今の動作でフリードもエドもギルもアンドもフェルも……イザークやディル、シューにロタールさえ何かを飲み込む音が喉からして困惑する。

 するけれどそれをおくびにも出さず、フリードの腕に絡まっているエリザベートへと出来得る限りの侮蔑した視線を突きさす。


「女子寮に皆様方がいらっしゃるのも問題ですけれど……何より何の権利で貴族専用寮の大貴族専用階である此処に?」


 汚らわしいというニュアンスを含ませた声音で言いながら、男性陣を追いかける様に入ってきたリーナとアーデルハイト様、ベアトリス様へと合図を送っていたのだが……どうしてか呆然と私を見ていて困惑する。

 私が言い終えたところで三人とも正気に返ったらしく、追随してくれてホッとした。


「エルザ様の仰る通りですわ! この寮、この階に入り込むことさえ無礼極まりないというのに、よりにもよってエルザ様のお部屋へとは! これだから――――」


 アーデルハイト様が見事な柚葉色の瞳へと軽蔑を滲ませながら吐き捨てる。

 ……美貌の主にこれをされると純粋に怖いなぁと明後日の方向へと思わず思考が飛んだ。

 敢えての途中で言葉を切るさまがもたらす行間から感じ取れる蔑みが凄まじい。


「仕方がありませんわ。何せこの方……ろくな教育を受けていらっしゃらないのですもの。御可哀そうに、母親が……ねえ?」


 底意地の悪そうな表情がこれまた優れた容姿と相まって効果抜群のベアトリス様。

 首を振る事で群青色の美しい髪が揺れて嫌味さに磨きがかかっている。

 自分ではどうしようもない事をあからさまに侮辱する厭らしさは凄まじい。


「おやめ下さい。エリザベート様への侮辱はわたくしの家への侮辱と取りますよ」


 澄んだ気高さを本来感じるだろうユーディ様は……澱んだ空気をまとって紫水晶だった瞳を濁らせて私を射るように見た。

 何か得体のしれないその澱みは……捻じれて歪んで取り返しがつかなそうなことに悲しみが湧いてくる。

 ユーディ様がエリザベートを庇って私へとこの様な言動をした事が覚えがなく、動揺してしまいそうになるのを堪えて傲慢そうな笑みを浮かべておく。


「あら……嫌ですわ、ユーディト様。たかだか瞳の色が勝っているからと言って、どこの何方に仰っていらっしゃるのかも判断できないだなんて……ですからしまわれるのよ。を、ね」


 クスクスと嘲笑を隠しもせずに、いつもならば陽に属する活発そうな整った容貌を思い切りよく負に傾けているリーナは圧巻だ。

 リーナがユーディ様の何をもって嘲笑っているのかは分からないけれど、どうやらクリティカルだったらしく、ユーディ様の纏う空気は更に澱みを爆発させた。

 それを受けて私が口を開こうとした時、エリザベートが庇護欲をそそりそうな、少女と大人の間だからこそ特有の絶妙な人を惹きつけるその愛らしい顔に涙をためながら私を見る。


「どうして酷い事を言うの? 私の従姉妹を恥ずかしめて……どうして? 鹿?」


 言い終えると絶妙なタイミングでポロリと涙が一滴零れ落ちる。

 フリードが慰めるように今までに見た事が無い程熱を込めてエリザベートを抱きしめ、それを恍惚とした瞳で見つめる彼女等を内心を綺麗に隠して冷めきった瞳で見つめながら、パチンと扇で音を立てて蔑みを口にする。


「どこの三文芝居かは存じませんけれど、わたくしの部屋で止めて下さる? 殿下ともあろう身分の方が、一体何をなさっておいでなのだか……皆様方もお暇でよろしいですわね。この事態だと言いますのに」


 乗り込んできた全員が気色ばむのを横目に見ながら扇で口元を隠し嘲弄を瞳に滲ませる。

 ……やったことも言った事も無い無い尽くめで実は息も絶え絶えなのだが、それを気取られぬように芝居を続けた。

 出来得る限り皆を守ると決めたのだから、気合と根性をガンガンと注入する。

 皆の態度や眼差しに傷つく資格は無いのだからと言い聞かせて言い聞かせて……気力を絞り出す。

 本当にこれで大丈夫なのか最初の方で不安になったのは内緒だ。

 皆で考えてくれたのだから、現在を何も実際目にしていなかった私より正しいのは絶賛体感中。


「良く言えたものだな。貴様は今の今まで寝ていただろうに」


 これまた嘲りも鮮やかに白皙の他の追随を許さぬ美貌に乗せ、帝王紫の眩い瞳に侮蔑を滲ませながらその表情を歪ませたフリードに、私の心臓はどの面下げてか思わず凍り付いたように一時停止した。

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