第137話

 満開の桜を背に、キラキラと太陽を反射している湖面を見ていた。

 考えていたのは、アギロの話と今朝の夢とディート先生の話。



 ディート先生は訊けば教えてはくれるけれど、どうやら私に考えては欲しくはなさそうな事も分かってしまって混乱中。

 アギロの話もディート先生の話も関連があるのだろうが、今の私には重すぎる。



 アデラとルチルも心配だが、現在は近づけない。

 どうやら今の私が側にいると双方に悪影響しかないらしいのだ。



 現在私はお父様の幻獣であるアギロ以外、幻獣も妖精も近づけてはいけない状態だという。



 思考は取り留めもなく流れて行く。



 夢。

 見た夢の事をヨハネ教官に話した方が良いのだろうか……?



 とても個人的な物の様な気がする。

 前世の事を思い出しているだけの夢なのか、何か意味がある夢なのかも分からない。



 ……ヨハネ教官に相談したら、勇の事が朧げになってしまう気がして、途方に暮れる。



 あれ?

 そうだ、そうだった!

 お祖母様も、私と同じ巫女で、夢で色々な事を見たり知ったりする力がかつては在ったはず。



 ああそうだ、お祖母様に相談してみるのが良いのかもしれない!

 お祖母様なら話しても内容を忘れないし大丈夫だと確信めいたものもある。



 考えついて、お祖母様に連絡を取ってみようとした時だ――――



「お祖母様からの着信……?」


 通信機に慌てて出てみると、苦笑していらっしゃるお祖母様が目に入った。


「エルザ、困っているようね。私で良いのなら相談にのりますよ」


 優しい声に心が温かくなるが、疑問が。


「あの、お祖母様、どうして私が困っていると……?」


 お祖母様は表情を緩めながら


「今日、お花見だとは聞いていたから心配で注視していたら、貴方が困っている様なのと、私に助けを求めていたようだったからかしらね。普段はのぞき見なんてしないのだけれど、今日はとても心配で思わず。ごめんなさい、エルザ」


 その言葉に恥ずかしくなる。


「申し訳ありません、お祖母様……御迷惑をおかけしてしまいました……それと、あの、嫌ではないですから! ただ心配をかけた事が申し訳なくて……」


 お祖母様は温かく微笑みながら


「構いませんよ。私の大切なエルザの事なのだから。謝るべきは私で、貴方が謝る事でもないでしょうに、本当にエルザはエルザね。それで、何を私に聞きたいのかしら?」


 息を整え、出来得る限り私が今気になっている事を抽出する。


「あの、昔の夢を見る事には意味があるのでしょうか……? 昔の事のはずなのに、覚えていない場面が出てくる事にも、何か理由はあるのでしょうか……?」


 零れ出た言葉は力が無かった。

 不安で、心配で、でも、どうしようもなく心が騒がしい。



 ――――血まみれの裸の私。

 ”聖女”になるなという勇。



 ――――あの、空間を押しつぶす程の明確で圧倒的な殺意と憎悪と怨嗟……



 考えるのを拒絶したくなる。

 けれど全て無かった事の様にしてしまう事も私には出来ない。



 ――――勇の事なら何一つ、無視する事が出来ないのだ。



 今まで目を塞いできた。

 考えない様にしてきた。



 その事が、実は私を痛めつけていたのかもしれないとも思う。



 だが、私の寿命はもうあまり無いのだ。

 記憶を来世に持ちこせるかも分からない。

 そもそも来世があるのかも分からない。



 ならば、此処でどうにかするしかないではないか。



 そう言い聞かせていると、お祖母様が心配そうに私を見詰めていた。



「昔の夢ですか……記憶のない夢……”前世”の夢なのかしらね」


 思わずドキリと大きく跳ねた胸を抑え込み、言葉を発する。


「前世の夢を見る事は、異常ではないのですか……?」


 お祖母様は苦笑しながら


「おかしくはありませんよ。確かに、生まれ変わる前に全て消され記憶はまっさらにされます。けれど、それでも魂のどこかに何かが残る事も無い訳でないのです。それ程その存在にとっての大切な事、譲れないもの、なのでしょうね。その何かしらが残っていて、それを刺激されたために全てを、前世を思い出すという事も皆無ではないの。だから前世の夢を見ることが異常かそうでないかと言えば、異常ではないわ」


 お祖母様の言葉に、知らずホッと息が吐けた。

 けれど続けられた言葉には混乱しかない。


「エルザの見る夢が、確かに夢だと分かりながら見ている夢ならば、それは意味がある夢なのですよ。前世の夢だとしても、それは何か現在に影響を及ぼす、大切な事のはず。けれどだからこそ、昔の事のはずで記憶に無いというのは……忘れてしまっているのか、忘れさせられてしまったのか……ただ一つ言える事は、それはとても現在で重要な出来事だという事。寝る時に、その事を考えながら寝ると何か続き、もしくはその夢の意味する何らかのヒントをもらえるかもしれませんね」


 ――――勇……

 血塗れの私の夢も、あの殺意塗れの空間の夢も、全て勇が関わっている。



 現在においても、勇が何か関わってくるのだろうか……?



 確かに、勇の気配を感じるモノはあった。

 あったけれどそれ以降何もない。



 機密と言われたのだから続報だって分からない。

 けれど、夢の事を話したのならば、違ってくるのだろうか……?



 確かに現世でも何らかの関係が出てくるのかもしれないとしたら、何か、勇に関わる何かを知る事も出来るのだろうか……

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