第118話

 何度も何度も息を大きく吸って吐いてを繰り返す。

 心が落ち着くまで、言い出す勇気が得られるまで繰り返す。

 頭の中を整理しつつ、訊きたい言葉を練って告げられる様に繰り返す。


『……エルザ? 大丈夫かい? もう止めておこうか?』


 アギロが心配そうに私を見詰めている。


「大丈夫よ。理解するのにちょっと手間取ってしまっただけだから……――――あのね、訊いても、良い……?」


 私はアギロに心配をかけてしまった事が申し訳なくて、慌てて言葉を紡いだ。


『構わないけれど、本当に良いのかい?』


 アギロはまだ不安そうに私を見詰めているものだから、何とか微笑んで告げた。


「勿論よ。中途半端だとやっぱり良くない気がするから……――――アギロ、もし、もしもだけれど、アギロの知っている人の中で、異世界からこの世界に迷い込んでしまった人がいたとして、その人が元の世界に帰りたいと言ったなら、アギロは、どうする、の……?」


 絞り出した言葉は、後半になるほどに小さくなってしまった。



 やはり私は怖いのだろうと、言葉を吐き出してから深呼吸。

 ついでに瞼も閉じてしまおう。



 息を整え静かにアギロの返答を待つ事にした。


『……そうだねえ……わたしとしても、本人の意思ではなくたまたま迷い込んでしまったのだとしたら、世界から排除したり存在を消去するよりは元の”世界”に返してあげたいと思うよ。けれどね、たまたま私がその迷い込んだ人物の居た”世界”に印でも付けていて、しかもその迷い込んだ人が印の付けた”世界”の住人だと判別できるのでなければ、絶対に不可能だよ。わたしには数多ある”世界”のどれから迷い込んできたのかは判断出来ない。元の”世界”を探す術も持たない。そういう事が出来るのは、”創造主””造物主”クラス以上の存在だけだからね。”世界の管理者”と言えども、”創造主””造物主”クラスの力が無ければ出来ない芸当なんだよ。この”世界”の神々は”管理者”でしかないんだ。つまり、この世界に迷い込んでしまったら、排除か消去のいずれかしかないんだよ。有害で要らないものなんだから、消されるなり排除なりは妥当だよ。在っても害にしかならないなら、人間だって対策するだろう? 』


 一生懸命考えながら答えてくれたのだろう。

 そんな響きの優しさに、やっぱりアギロだと思いながら、私の心は暗澹としてしまう。



 仕方がないのだろう。

 それが一方的なものだとしても。



 運が悪かったと、めぐりあわせが悪かったと、それだけの事なのかもしれない。



 ……アギロの今までの言葉から分かるのは、私や加奈ちゃん、そしてもしかしたら勇も、この世界の神々や幻獣達に異世界から来たのだと知られてしまったら、間違いなく、”世界”からの排除か、存在が消去されてしまうのだという事。



 この”世界”に生まれてから危険度が実は高かったのだと今更ながらに気が付いて、思わず眩暈に襲われそうになるけれど、気合で耐える。

 まだ私は死ぬ訳にはいかないのだ。



 父やイザーク、フリードリヒを始めとした他の攻略対象だとされている皆が無事である事。

 おかしな事態に巻き込まれない様にする事。



 それを果たさずには死んでも死にきれない。

 ――――だとしても、それでも諦めて受け入れなければならない時がきたのなら、私は……



『あ、話がそれていたかな……? そうそう、”堕ちたモノ”の話だったね。それならこれも話しておかないとね。”存在強度”が高いとね、”空間支配力”も上がるんだよ』


 アギロがはたと思い出したように新たに告げる言葉で思考が戻ってきて首を傾げる。


「”空間支配力”……?」


 アギロは優しく肯いて


『そうだよ。空間と言っても範囲は個体差がありすぎるんだけど、”存在強度”が高い程様々な意味で広範囲なんだ。一つの大陸全部とか、惑星全てとか、銀河丸っとだったり、”世界”丸ごととかね。その空間の全てを支配して、自らより劣るものを問答無用で隷属させるんだ。因果律、運、とかいったものもね。もちろん概念も。”劣るものの全て”が絶対に届かない。本当に“存在強度”は大事だよ。これが勝っていれば何も怖くはないんだから』


 未だ衝撃から完全には立ち直っていないながら、知識はあればあるほど判断材料になるのだと言い聞かせ、必死に脳味噌に書き込んでいく。


『ああ、”堕ちたモノ”も”存在強度”に個体差がありすぎる程あるから、色々工夫するんだ。”世界”を食べるという事はね、魂の循環のシステムも食べられるという事。簡単に凄いエネルギーの魂が食べ放題な訳だね。だから中には複数の”堕ちたモノ”や”狭間のモノ”が協力して”世界”を侵略する事もある。やっぱりチミチミと食べるより効率は段違いだしね。ただ、何でもかんでも食べれば良いというものでもなくて、存在の感情が揺さぶられるとね、魂が活性化しやすいんだけど、その状態は餌として上等な訳だよ。一番手っ取り早いのは、悲嘆、恐怖、苦痛、絶望とかの負の感情。だから”堕ちたモノ”も”狭間のモノ”も、それらを与えてから食べようとするんだ。それプラス”見通す目”を持っていたり”巫女”はね、最高のご馳走だよ。”巫女”の性質が高ければ高いほど、餌としては最上級なんだ。理由の一つが、本来魂を食べたからと言って、全ての力を得られる訳ではないのだけれど、”巫女”の性質がある者を食べると、その”巫女”の資質次第で変わるけれどね、ある程度の間食べた個体や”世界”に含まれているモノを大部分全てを吸収出来る様になるんだよ。やっぱり魂なり”世界”なりを食べるなら、”巫女”の資質のある者を食べてからと食べてないとじゃ大違いなんだ』


 何度も肯きながらアギロは言葉を告げる。


『”巫女”の”気””性質”がある存在。わたし達は単に巫女みことかみこと書いて読んだりするけれど、違いは雌か雄かだね。”巫女”が雌で”覡”が雄。そういう存在は糧や餌としては極上品なんだよ。ここでは”巫女”にするけれども色々個体差があるんだよ。良質な”巫女”を喰べれば、最も弱い妖精にも完敗する様な存在が、”狭間の王”クラス、相性が良ければ”造物主”クラスにも成りうるんだよ。”巫女”は副作用の一切無い、破格のドーピング剤みたいなモノかな。最高峰の”巫女”なら、血の一滴、体液のひとしずくさえ別格の糧にしてドーピング剤足り得るんだからね。それにプラスして”見通す目”まで持っていたら、もう本当に凄まじいとしか言えない効果が付与されてしまう訳だよ。それこそ例えばマルガレーテとか。そのマルガレーテさえ足元にも及ばないエルザは、本当に、本当に危ないからね。マルガレーテでさえ有象無象を魅了してしまうのに、それ以上な訳だからなあ。分母が大きくなれば、それだけ面倒だったり困った存在も必然的に増えるからね。厄介なんだよ、本当に』


 光る文字を浮かび上がらせながら、アギロは心底心配そうに私を見詰めながらの言葉に、私は目を白黒させつつ、どうにか咀嚼しようと必死に頭を働かせるしかなかった。

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