第116話

「……を、……?」


 考えもしなかった事で思わず私の口から漏れ出た言葉に、アギロは優しく肯く。


『そうだよ。”世界”だって生きているんだから食べようと思えば食べられる。ただね、”世界”にも”免疫細胞”みたいなものはあるんだ。これも”世界”によって力の上限や機能は色々違うけれどね。普通はどこでもね、”異物”というものは排除されるものだよ。元々”世界”に存在しないものは”免疫”が排除する。”異物”は”世界”にとって毒にしかならないものだ。自分を蝕む害虫みたいなもの。けれどね、”世界”は生きているわけだから、外因か内因、何らかの要因により弱っていたり病気になったりもするんだ。そういう場合は”自己治癒力”でなんとかするんだけど、これも何らかの要因で弱っていて”自己治癒力”や”免疫”があまり働かない事もある。これが”堕ちたモノ”には狙い目なんだ。何せ”異物”を排除する機能が落ちているわけだからね。ここまでは良いかな?』


 顔面が蒼白になりそうなのを必死にこらえつつ、ドキドキする胸を抑えながら、アギロに訊ねる。


「……どうして、”異物”は、世界にとって、毒にしかならない、の……?」


 どうしても途切れ途切れになりながらの私の疑問に、アギロは温かく微笑みながら


『そうだね……”世界”を植物、そうだな、木にでも例えてみようか。そして”異物”を葉っぱや幹、根を食べる虫だとしようかな。ここでは受粉は全く必要ないとしようね。木は、虫に食べられるために葉を生やしているわけではないし、幹も自分のためだよね。根だって栄養を得るためだ。当然虫の為じゃない。知っているかい? 木は虫に食べられたら分かるんだよ。だから葉っぱとかを不味くする。そしてそれを他の木に伝えるんだ。自分や仲間を守るためだね。中には毒や棘で食べられない様にしたりもする。けれどそれでも食べられてしまったら? 多少は大丈夫かもしれない。もちろん木の状態次第だろうけれどね。原因は色々だろうけれど、弱っていたらちょっと食べられただけでも枯れてしまうかもしれない。例え健康な木だってね、葉っぱや幹や根が虫に沢山食い荒らされたら枯れてしまう。虫はね、木にとって毒の存在なんだよ。予定にない葉を食べ、幹を食べ、根を食べる。木にとっては生きるのに必要な物を勝手に食べる文字通りの害虫。場合によっては枯れる原因、遠因たりえる存在。当たり前だけど、木にしてみたら虫にたかられたら困るよね。だって自分を勝手に食い散らかすんだもの。木にとってはその虫の排泄物も害悪なんだよ。病の元や毒と一緒さ。だから木の上で代を重ねられたら本当に困るんだ。病の元や毒が増えるし食べられる葉っぱや幹、根が増えてしまう。木にとっては虫は虫でしかない。害でしかないんだ。だから増えたら本当に困ってしまうんだよ。ええと、こういう説明で分かるかい?』


 アギロの話を回りたくないという頭に必死に叩き込む。

 そしてどうにか質問しなければならないと、同じ言葉でアギロに訊ねる。


「……どうしても、毒、にしかならない、の……? その世界の人との間に子供を作ったとしたら、その子供も、害悪、なの……?」


 アギロは当たり前の様に肯き


『当然だよ。今度はこう考えてごらん? 自分の身体に寄生虫がいたとしようか。その寄生虫は当然自分の身体の栄養を奪っているんだよね。しかもその寄生虫は体内にいればいる程毒を撒き散らかすんだよ。だからここで考えてみよう。奪われた栄養を”世界”はどうやって得たら良いんだい? ”世界”というのは基本的に自己完結型でね。外部から栄養なんて得られないんだよ。取られた分を自分で補って何とかなる内は良い。でも、奪われてばかりだったら? その量が増えたら? いつかは限界が来るよ。そしてね、寄生虫は所詮寄生虫。”世界”にとって”異物”は”異物”なんだ。自分の中の何かと混じったって”異物”でしかない。どんなに薄くなっても”異物”は”異物”だよ。しかも死んだら”魂”の問題だって出てくる。”異物”の”魂”は全て消去だ。そうしないと毒にしかならないからね。少しでも毒は減らさないと。だから”異物”は完全消去。これが鉄則。”異物”の混じった”魂”も同様。世界の免疫次第だけど”異物”と認識された時点で普通は完全消去かな。優しいのだと世界から追い出すけど。ポイって』


 衝撃が強すぎて停止しそうになる。

 ”堕ちたモノ”からは話がそれているのは分かっている。

 それでも今はこの疑問の為になんとか言葉を絞り出す。


「……”魂”の問題って……? それと、そのポイっていうのは……?」


 アギロは苦笑しつつ私を優しく見詰める。


『ああ、”世界”のシステムにおいて一番重要で繊細で精密なのは”魂”の増産と回収、転生なんだよ。とても細かくみっちりと歯車が組まれてそれぞれが全て連動しているのを想像してごらん? そこに少しでも”異物”が挟まったら? 埃だって大変なのに、歯車を溶かすゴミだよ? 歯車は狂うよね。歯車がドミノ倒しよろしく壊れてしまったら、”世界”は御仕舞になりかねないんだよ。それくらい”魂”の取り扱いは重要なんだ。だからことにしかならない”異物”は完全消去か世界の外に出してしまう訳だね。ポイっていうのはそういう事。さて、消去もポイも出来なかった”異物”が体内に残ってしまったらどうするかって分かるかい?』


 眩暈さえしてしまいそうな中、それでもアギロに答えなくてはと頭を動かす。


「……外科手術……?」


 にこりと笑ったアギロは肯くと


『そうだね。普通はそうだ。これの方が分かりやすかったかな……”世界”にとって”異物”はウイルスや細菌だとすると、それを排除したり殺すのは”免疫”だね。そしてそれは自分が考えなくてもオートで起こる。いわゆるシステムだ。けれど、システムだけでは対処できないとなったら、成程今度は意思を持って事に当たらなければならない。当然外科手術も正しい。薬の服用もあるかもしれないね。これに相当するというか担当する存在とでもいうのかな、そういうのを”世界”が作っておくのは普通の事なんだよ。基本的に”世界”は自分の事は自分でしなければならないから。うん、そうだね、外科手術出来る腕でも生やした、薬を創れる腕を生やして服用、って感じかな。そういうのに該当するのがこの”世界”では神々だったり、わたし達幻獣だったりするんだよ』


 アギロが敵意は微塵も無しに優しく見詰めながら説明してくれているのに、私はガタガタと震えだしそうになるのを、拳から血が滲むほど握りしめる事で抑え込むことしか出来なかった。

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