第71話
深呼吸をしてから、頬を叩いて気合を注入。
兎に角、落ち着けと心を鎮める。
薄暗い朝の時間帯に、自分の勝手で誰かを起こさなければならない申し訳なさと心苦しさ、それを何とか抑え込む。
リーナの時にも感じていたが、頭が回っていなかった影響でそれ程でもなかったのだと実感する。
今は、心臓がバクバクと音を立てているのを感じるほどには緊張していた。
それでも、ヨハネ教官は何か気になる夢を見たら報告する様にと仰っていたのだ。
だからこれは私の役目で、うん、頑張ろう!
自分を鼓舞し、ヨハネ教官へと連絡をしたのだった。
「どうした? 何かあったか?」
直ぐに出てくれた教官は、眠そうな印象が微塵もない程しっかりした調子で、いつもの様子とは違うから、焦りつつ報告する。
「はい。あの、気になる夢を見たので、連絡しました」
ヨハネ教官は表情を更に真剣なものへと変え、私を見る。
「分かった。説明頼む」
それを聞いてまた深呼吸し、思い出しながら説明する。
「はい。眠って夢を見たのですが、昨日の夢と同じ様な圧迫感と重苦しさを感じたのです。そして、また昨日の夢の様にスポットライトが当たる人物が居たのですが、その人物はやはり昨日と同様に性別も年齢も分かりませんでした」
そこまで言ってから、一息吐く。
どうにも夢の内容を話す事には、必要以上の労力を割かなければ話す事は難しい。
「昨夜と同じ、か……確か、侵食してきそうな雰囲気も昨日はあったはずだな? 今回はどうだった?」
教官の言葉に思い出しつつ答えた。
「はい。今回も侵食してきそうな雰囲気はありました。ざわざわとして、とても落ち着かなかったです」
それに肯いた教官は苦笑し
「すまんな。話を途中で遮って。続けてくれ」
肯いて思い出すのだが、思い出す事に苦痛を感じてしまうのを、懸命に抑え込んで話を続ける。
「はい。どこからか声がしたのです。怒りと怨嗟に満ちた女性の声でした。その声は、自分の子供が化け物だと、元々の自分の赤ちゃんではなくて、お腹の中で取り替えられてしまったのだと叫んでいました。それは自分の所為では無くて、身内の特定の人物の所為でこうなったのだと、そう嘆いていました。夢は概ねそれに始終して終わりました」
私が話し終えると、教官は眉根を寄せつつ
「それで終わりか? 何か変化はなかったか?」
その言葉に、思い出した事がある。
「スポットライトの当たった人物が、その叫んでいた女性の最後の言葉を聞い時、綺麗に、綺麗過ぎるほど綺麗に笑った気がしました。それを私は何処かで見た事がある様なと思った所で、唐突に目が覚めました」
教官は難しい顔で溜め息を吐き
「分かった。どうにも気になる夢だと思う。エルザは体調は大丈夫か? 何か違和感を感じたりは?」
考えてみるが、特には無い様な気がする。
「大丈夫だと思います。ただ、その、私は自分で認識できずに体調が悪化するらしいので、確証はないのですが……」
教官は尤もだという顔で肯くと、
「そうだな。なら、エルザ。これから十分で出かける準備を整えてくれ。それから侍女達に寮の前まで同行してもらえ。迎えに行く」
唐突にそう言った教官に、目を白黒させてしまう。
「あの、一体どう言う事でしょうか……?」
戸惑いつつ訊ねた私に、ヨハネ教官何を言っているのだと言わんばかりに
「状態を直接確かめる。医者にも見せた方が良いだろうから医務室へと連れて行く。あそこは一応二十四時間誰か医務官が居る様になっているからな。兎に角、自分で判らないのなら専門家に見てもらうのが一番だろう」
そう言われれば確かにそうで、納得する。
「分かりました。直ぐに準備いたします」
私が答えると、ヨハネ教官は満足そうに肯き
「ああ。必ず迎えに行く」
そうして通信は終わりを告げたのだった。
侍女達に直ぐに伝えようと部屋を出ると、侍女達が待機していて戸惑う。
「どうしたの?」
侍女頭のブランシェは苦笑しつつ
「ファイヤーターク皇家の第一皇子殿下より連絡がありましたので、準備させて頂きます。よろしいですね」
有無を言わせぬ調子に戸惑いつつ、肯きながら、着替えを手伝ってもらう。
自分でやるより、彼女達のテキパキとした動きで手伝ってもらった方が、着替えは断然早いのである。
しかし、どうやって連絡したのだろうと首を傾げるばかりの私に、ブランシェは真剣な眼差しで
「エルザ様。皇族の異能をお持ちの方の力は、エルザ様の想像以上に凄まじいモノなのです。エルザ様には魔力が有りませんから実感は難しいのだとは思います。それでも心に留め置いていて下さい」
その言葉を聞き、魔力無しである私には分からないけれど、魔力がある人には体感できるものなのだろうと思い至り、ちょっと自分の力の無さと無能さに落ち込む。
本当に私はお荷物で、皆の迷惑になっているのだ。
皆が分かって当然の事が、私には分からない……
そう思うと思った以上に憂鬱になってしまったが、これから会う教官に失礼があってはいけないと、何とか落ち込んだ気持ちを押し殺した。
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