第8話

 フリードとのダンスだが、どうしても思考が逸れそうになり、久しぶりに会ったというのに素直に楽しめないのが非常に腹立たしい。

 あの纏わりついてくる感覚が、より顕著になった様な、気が、する。



 まるで全身くまなく撫でまわされている様な、舐め回されている様な、凄まじく不愉快な感覚が、してきた。

 さっきより酷くなったのは確実だ。

 先程は混乱させられていた様な気がするが、今は這い回られている様で気分は格段に悪い。

 うかうかすると、拒絶のあまり意識を失いそうで非常に困る。



 思わず顔を顰めそうになってしまい、表情が先程とは別の意味で強張りそうになっている。



 だが、そんな事に構ってはいられないのだ。



 フリードの様子は一見平常運転に見えるが、微妙に表情が暗い。

 何だか自己嫌悪中というか、落ち込んでいる、感じだ。



 やっぱりエリザベートの事が引っかかっているらしい、と何となくだが思う。



 フリードにとっては妹同然に思っていた様だし、ただの従姉妹でも、誰か見知らぬ人は勿論、自分の知人や友人に迷惑をかけたら凄く気にする、と個人的には思う。

 だから責任感も強いフリードならなおの事気にするだろうな、というのは分かるのだ。



 そうは思って何か出来ればと思うのに、このナメクジに這い回られている様な不愉快感が思考を占拠し、上手く頭が働いてくれない。

 ああ、もう、一体誰が――――


「エルザ、大丈夫か?」


 心配げなフリードのこの上なく綺麗な顔が目に入るし、誰よりも玲瓏な声が耳に届くのだが、上手く言葉に出来ない。


「居心地が悪そうというか、不愉快そうだと思うが、私と――――」


「違うからね!」


 思考が冷水を浴びせられた様に瞬時にクリアになる。

 フリードの申し訳なさそうな顔から察するのは容易だった。

 きっと自分と踊るのが嫌なのだと思ってしまったのだ。



 だが、そんな事は絶対に無いと言い切れる。

 あんな悲し気な顔をさせたかった訳じゃ断じてない!



 小声でのやり取りだったが、ちょっと強い調子でフリードの言葉を遮ってしまった。


「あのね、フリードとのダンスが嫌な訳じゃないの。ただ、色々あったから、考え込んでしまっただけで……」


 慌てて続けた言葉はやっぱり、上手くない。

 咄嗟の切り返しとか苦手だ……

 フリードが心配で、何かしたいだけなのだが……



 そう、そして私は、フリードに久しぶりに会えて、思わず泣きたくなる位、嬉しいのに……



「そう案ずるな。大丈夫だ」


 フリードが私を安心させる様に温かな笑みを浮かべる。


「私はそれ程頼りないか?」


 ちょっと苦笑しつつでも、圧倒的に華麗で硬質に美しいフリード。


「頼りないとは思っていない。ただ、フリードは基本的に責任感の強い良い人だから、その良い部分につけ込まれないか心配になるだけ」


 そう、フリードは本当に優しくて思いやりがあって責任感も強い、善人。

 だからこそ、心配になってしまう。


「それはエルザだろう。私も常々エルザの良い所がつけ込まれないか不安になる」


 顔を顰めていてもどうしようもなく華麗で典雅だ。


「フリードの方が良い人で心配だもの」


 うん、本当に心配なのだ。


「エルザの方が善人で心配だ」


 フリードもどうやらここは譲らないらしい。

 ならばと提案。


「いつもの事だけれど、こうなったら私達譲らないから、どっちもそれぞれ心配、で、おあいこね」


「そうだな。ああ、それで良い」


 フリードが自然な笑顔になっているのが分かり、嬉しくなる。

 私も、あの気持ち悪さを忘れ、思わず微笑んでいた。



 二人で笑いあっていたら、いつの間にか曲は終わっていた。



 フリードと連れ立って祖父母達の所に退避中にちょっと立ち止まる。

 喉が渇いたからノンアルコールの飲み物を給仕から受け取り、ちょっと休憩したのだ。

 所謂気分転換も兼ねてである。



 目的の場所まで行ってから休めば良いのだが、気分転換を早急にしたくて飲み物を飲んだので、多少気分的に軽減されたような気はするが、精神的にもう糸が切れそうな位限界だったので、フリードに頼んで開け放たれている窓から庭に出る。



 精神集中、精神集中。



 目を閉じ深く息を吸って吐いてを繰り返し、自らの魂を強く意識する。

 そして紙を縒る様に研ぎ澄ませ、魂の色を脳内に描き、魂の力で全身を覆うようなイメージ、っと。


「良し、楽になった!」


 ああ、本当にあの吐き気のする嫌な感じから解放された!

 何かに干渉されているのなら、私の力で防げないかと考えたのだ。

 しかし、相手が分からないのも理由が分からないのも怖かった。

 怖かったが、それよりもなによりも気持ちの悪さが圧倒的に上回ったのである。


「何をしていたのだ?」


 フリードが不思議そうに訊くから、逆に驚いてしまった。


「え!? フリードは習わなかった? 精神を集中して魂を強く意識すると、魔力や生命力を使わなくても、自分の異能力の影響力を自分とちょっとだけ周囲に及ぼせるのだそうよ」


 私はまだちょっと人混みの中でとかは精神集中は無理なので、庭に出たのである。

 喧騒から逃れてちょっと奥まった所まで来ていたりする。



 木や草に触れて、多少なりとも回復できたのは、ありがたい。


「ふむ。特に習った記憶は無いな。便利そうだと思う故、暇な時にでも教えてくれるか?」


 フリードは興味深そうな顔をして、私を見る。


「うん、良いよ。今からでも教えようか?」


 フリードがダンスの最初よりも元気な様子が嬉しくて、もっと彼が気分転換できればとついそう言ってしまった。


「今は、な。どうにも集中出来そうにない故、後程時間を取ってくれるなら助かる」


「う、そうだよね。舞踏会の最中に鍛錬法を教えるのも習うのも大問題よね……」


 思わず落ち込んでしまった私に、フリードは微笑みながら私の手を取る。


「エルザなりに私を案じてだろう? ありがとう、エルザ」


「こちらこそ、ありがとう、フリード」


 私がお礼を言ったらフリードは苦笑した。


「エルザは私にお礼ばかりな気がする」


「私もフリードは私にお礼ばかりな気がするわ」


 そう言い合って、私達は楽し気に笑い合った。


「ところでエルザ、何故ここに? それに異能力が必要だったのはどうしてだ?」


 思い出したといった調子のフリードの問いに、一瞬硬直。


「あのね、ちょっと、人酔いしたのか、気分悪くなっちゃって……」


 どうも正直に言って心配をかけるのもどうかと思ってしまい、理由をそらす。


 後でリーナに要相談、だな。


「ふむ。魔力の強い者達が園遊会よりも密集している故、魔力酔いをしたのかもしれぬな。本来幻獣や妖精と誓約を交わしているのであれば問題無いのだが、ルチルがまだ幼いのと、エルザの異能力が関連しているのやもしれぬ」


 フリードが思案げに言う言葉に肯く。


「そうかもしれないね」


 うん、それも理由の一つかも。

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