第47話

 本日は私、リアとリーナ、ユーディ、フリードとギル、イザークでお菓子作りである。

 アデラとルチルとフリードの妖精のヴァイゼは、私達が作るのを浮いて見学する事に決めたらしい。



 以前作ったお菓子が好評だったから、約束したのもあってまた作ったのだが、それも内輪のお茶会で悪くない感じだったから、その時に教えたお菓子以外のお菓子作りを教えることになった。

 チョコレートムースは一緒なのが、ちょっと心配だ。

 他にも何点か作るし、良い復習になるから大丈夫だと言われたが……

 折角なので、この頃会えないし連絡も取れない、ルディ、エド、アンドの三人にもお菓子を差し入れしようということになった訳である。



 プレゼントを贈るのは許されていたと思うから、なのだが。



 ルディは誕生日も近いから、出来上がったお菓子と、私の力の結晶化された物をプレゼントしようかと考えている。

 ロタールにプレゼントした物をルディとフリードが凄く羨ましがっていたというか、恨みがましく見ていたり、まあ、そんな感じだったので良いかなと。



 ルディとフリードは誕生日がほとんど一緒だから、フリードにもお菓子と結晶化させた物を贈ろうと思っていたのだが、どこから聞きつけたのか、お菓子作りを皆でするというのなら自分も混ざりたいと彼が言うので、今日一緒に作ることになったのだ。



 私としては、自分へのプレゼントを自らが作るというのはいかがなものかと思うのだが、フリードは一緒に作ると言ってきかないのである。

 何がプレゼントかワクワクさせたいなぁと思っていたのだが、これは仕方がない。

 今年中でないと当分会えなくなるから、フリードとしては一緒に居たいらしいのだ。





「エルザ、私はヨーグルトケーキとパンナコッタとホワイトのチョコレートムースが良いのだが……」


 フリードから早速の注文が入った。


「そんなに一度に大丈夫? 誕生日じゃなくても贈るから、一つにした方が……」


 私の提案に、フリードは思案顔になる。


「それならば、二つ、はダメだろうか? ヨーグルトケーキはホールで貰い沢山食すのが嬉しい故、パンナコッタとチョコレートムースが良い」


「了解。うーん、ルディにはどうしようかな。ルディはヨーグルトケーキとブラックのチョコレートムースを気にいっていたから、それにしようかしら。久しぶりだし、小さい型ならヨーグルトケーキも大丈夫だろうし」


 私が考えながら言った言葉に、フリードは意見があるらしい。


「やはりヨーグルトケーキを小さな容器で固めるのはダメか? それならば三種類食べられると思うのだが……自分で言っておいてなんだが、やはりヨーグルトケーキも欲しいのだ」


 うーむ。フリードはお菓子の事だと意外と執着があるらしい。


「折角だから三種類作っちゃおう。そんなに材料に差は無いし、大丈夫でしょ」


 そう、ヨーグルトケーキとはいっても、基本的に混ぜて固めるだけなのだ。

 どちらかといえば、パンナコッタに近いものがある簡単なお菓子なのである。

 ヨーグルトムース、が一番近いかもしれない。

 生クリームの泡立ての段階とか、砂糖の量を調整したり、レモン汁を入れたり、コンポートの果物を入れたりとバリエーションを変えられて便利でもあるお菓子だ。

 チョコレートムースの方が作るとしたら割と面倒だったりする。


「三種類とは申しましても、チョコレートムースはそれだけで三種類だったかと記憶しております。それでしたら六種類になるのでは? 流石に多い様な……」


 リーナが難しい顔をしている。

 そう言えば彼女は、料理はあまり得意ではないと言ってたっけ。

 前世でも、独り暮らししていた時はご飯だけ炊いて、おかずは出来合いや冷凍食品だって言っていたな。


「大丈夫。七人いるんだし、直ぐに終わるよ。作り方自体もそう難しくはないから」


 私が言ったら、リアが進み出る。


「では、エルザお姉様、何をしたらよろしいですか?」


 リアがエプロン姿で腕まくりしつつ言うので、苦笑してしまった。


「そうね、どれも材料はしっかり量った方が良いと思うから、先ずは面倒なチョコレートムースから作ろうか。えっと、リアとリーナとユーディは卵を割って卵黄と卵白に分けていて。フリードとギルとイザークはチョコレートを溶かす事から始めよう」


 チョコレートムースは直ぐに固まるから、冷蔵庫に入れている間に他のお菓子を作ればいいしね。



 男性陣には三種類あるチョコレートをそれぞれに溶かしてクリーム状にし、材料を混ぜてもらった。

 その間に女性陣には分けた卵白の泡立てを頼む。


「あ、ブランデー入れていたんですね、姉上」


 作りながら驚いていたのはイザーク。


「えっと入れると風味が良いからね。以前のは生クリームを入れていたの。お酒は私は苦手だし、皆子供だったしね。今回はちょっと冒険をしてみようかと思って、ルディの好きだったブラックにだけ入れようかなと。前にルディ、お酒入りのお菓子とか平気だって言っていたから、大丈夫だろうと思って」


「成程。前のは生クリームだった訳ですか。確かにお酒の感じはしませんでしたね……ルディアス殿下だけ、特別な様に思えてしまいますね」


 何やらイザークが笑顔なのに怖いのだが……


「仕方がないだろう。皇族である、しかも皇統を継ぐ可能性が高い方なのだから。この件はそれとは関係は無いのだろうが、それでもイザークは敬意が足りない」


 ギルが窘めるように言うのだが、空気が重くなったのを感じる。

 とはいえ、ギルの言動がおかしい訳ではなく当たり前なのだが……


「そうですわ。エルザ様がルディアス殿下を特別扱いすることになんの問題もありません。それを不満に思う方が問題です」


 ちょっときつい眼差しで忠告するのはユーディ。

 真面目なこれぞ貴族令嬢という感じの彼女だから、ある意味当然の言動だろう。


「二人共、そうイザークを責めるな。二人の心遣いは有り難いが、常時特別扱いされる事が多い身としては、こういう反応も面白いと思う」


 フリードがとげとげしい空気を壊す様に楽し気に言うものだから、ギルとユーディが不承不承という感じを微かにさせつつ矛を納めた。


「フリード殿下とて度が過ぎる相手にはお怒りになられますよ。今回は温厚な殿下にはさして問題の無いレベルだっただけでしょう。イザーク、殿下の温情だと言う事はお忘れなく。他の皇族方ならどうなるかは分かりませんよ? 貴方の態度がシュヴァルツブルク大公爵家、ひいては未来の皇妃たるエルザお姉様の評価につながるという事も考えて下さいませ」


 リアは朗らかに微笑みながらイザークに釘を刺す。

 あ、私がイザークを窘めなきゃいけなかったのか。

 こういうのは学んではいるけれど、難しい。


「フリード、ありがとう。それからギル、ユーディ、リア、ありがとう。私がしっかりしなきゃいけないのに、ごめんね。イザークも内々だけど、気を付ける所は一緒に気を付けようね」


 私が自分の至らなさを謝りつつ、イザークにも注意する。

 まあ、私の態度よりは絶対イザークの方がマシだと思うのだが……


「私は気にしないが、確かに周りが問題視するかもしれぬとは思う。イザークは注意せよ。ギル、ユーディ、嫌な役目を買って出させすまぬ。感謝しているのだが、場を和ませようと思い失敗した様だ。許せ」


 フリードが申し訳なさそうにしている。


「いえ、殿下が謝られる事ではありません。殿下の心遣いに気付けなかった至らぬ自分を責めるばかりです」


 ギルがしょんぼりと言えば


「ギルベルト様の仰る通りですわ。折角の殿下の温情だったというのに、本当に申し訳ありません」


 ユーディは恐縮して、身を縮ませている。


「お二人共、殿下の御厚意なのですから、そう気になさらずとも。フリード殿下はこのような事でご不快に思われる方ではないことは先刻承知でしょう? カタリーナ様、作業が滞りまして申し訳ありません。エルザお姉様、お姉様が両殿下と仲が良いのは分かっていますし、内々ならば問題も無いのですが、一応、何に気を付けるかと言う事は覚えておいて下さいね」


 そう告げてから、リアはまた少し考えてから言葉を続けた。


「エルザお姉様は、人見知りなのもあるのでしょうが、人前だと完璧ですし、立場的に許容範囲も広いのですが、イザークは、立場上色々ありますから、兄も、ユーディ様も心配なさって注意されたのだと思います。シュヴァルツブルク大公爵家やエルザお姉様の権威や立場に障りが出かねませんから、エルザお姉様もイザークもお気をつけて下さいませ。特にイザークは、通常の筆頭大公爵家の人間より視線は厳しいですから、お二人共、注意に注意を重ねた方がよろしいかと」


 リアの言葉に皆肯いていた。

 やっぱり彼女は流石であると、惚れ惚れしてしまう。

 そして私やイザークを案じてくれている事にとても感謝したい。

 本来は、未来の皇妃である私の役目なのだろうな、と思い至り、もっと精進しなければと決意を新たにした。

 それにしても私はいい加減気を付けないとなぁ。


「相変わらず、リアはしっかりしているな。私は鷹揚過ぎると言われる事も多くなった。気を付けよう」


 フリードが噛み締める様に言った言葉に、考える。



 この、フリードの鷹揚さ、というか優しさを、ゲームの主人公である少女は利用したのだろうか?

 それは何だか人の良さにつけ込む行為みたいで、嫌だな。

 思わず、そう思ってしまった。



 彼女には彼女の事情もあったのだろうし、ゲームと現実では違うかもしれないのだから、エリザベートを嫌いになるのは早計だろう。

 仲良くなる事だって出来るかもしれない。

 そう、可能性はゼロじゃないだろう。



 最初から相手を拒絶したら、何も始まらない。

 彼女だって色々大変だったのだろう。

 だから、あの態度だったのだ。



 そう、父だって無事に済むかもしれないのだから。

 未来は決めってなんかいない。



 ――――でも、彼女の本質に問題があったのならどうなのだろう?



 未来への不安を押し込めるように大丈夫だと言い聞かせて、私は卵白を一心不乱に泡立てた。

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