第37話

 リーナとの話の最後に、ちょっと思い出して聞いてみたのだ。


「そういえば、幻獣の森の事件って知っている?」


 私の問いに、リーナは目を見開きながら


「ああ、あれね。聞いた話だと、幻獣の森に危険なモノが出現したって。それを駆除したけど、一応注意、だったかな。両殿下も巻き込まれた、ってのと、あ! エルザも大怪我したって! 大丈夫だったの?」


「うん、大丈夫。それに皆怪我していたし、私だけじゃないから」


 リーナは苦笑した。


「そういう問題じゃないって……で、それが、どうしたの?」


「あのね、その事件って、ゲームでも出てくる?」


 リーナはハッとなった様で、慌ててメモを確認しだした。


「なかったと思う。私の記憶にも、無い、と思うよ」


「そう……全部が全部、ゲーム通りって訳でもないのかな」


 リーナは悩みながら


「どうなんだろうね。記載がないだけで、ゲームでも設定されていた、とか? いや、でも、設定資料集になかったしな……」


 それには私も首を傾げたが、ちょっと気が付いた事がある。


「私達、エリザベートが入学してくる、って事で対策立てようとしているけれど、エリザベート、入学出来るのかな?」


 リーナもハッとした様だ。


「だよね! そうだった、エリザベートって罪人扱いなんだった! じゃ、当然帝立の魔法学校へなんて入学出来る訳ない!!」


 そう言ったリーナだったが、


「でもさ、第三皇子殿下的に、というか皇帝陛下の感じ的に、こう、無罪放免とかしそうな気が、しなくもない」


 難しい顔になるリーナ。


「確かに……やっぱり、最悪を想定するなら、入学してくる、って思った方が良いかもしれないね」


 私の言葉にリーナは顔を曇らせ、思案顔になる。


「そうだね。でも、エリザベートの罪状ってかなり重いはずなのに、それを無罪にしたら、何かとんでもない事になりそうな……」


 私もそれは納得ではある。

 重罪人は大抵極刑だから、生きている時点で変だし、だいたい彼女が子供であろうと牢にも入っていないらしい時点で、色々とおかしいのである。

 二人で首を傾げつつ、今度こそお開きとなった。





 深呼吸をして、心の中で強く、アデラとルチルの名を呼ぶ。

 何かと繋がった、という感覚がして、ちょっと待つ。



 私の部屋の扉が開いて、ルチルが私に突撃してきた。


「キューウ!」


 どうやら寂しかったと、私が抱き留めたら訴えている様だ。


「ごめんね、ルチル。アデラも部屋から出てもらってごめんね」


 アデラはルチルの突撃を苦笑しつつ、ゆっくりと私に近付いて来た。



 心の中で呼んで、誓約を交わした存在と繋がって、私の声を届ける事が出来る様にはなったが、まだ相手と会話が出来ない。

 いつでも心で呼んだら瞬時に繋がって、相手と会話が出来ないといけない、それが貴族や士爵の最低限の能力、だと教わった。

 ディート先生曰く、「焦っても仕方がない。まだ子供だしな。じっくり練習あるのみ」だそうだから、事あるごとに心で名前を呼んで、繋がる訓練推奨なのである。


『もう良いの、エルザ』


 訊いてきたアデラに答える。


「うん、大丈夫。本当にごめんね、アデラ」


 私が謝ったら、アデラは優しく笑う。


『気にしないの。誰だって秘密の一つや二つあるわ』


 その優しい言葉に、感謝する。


「ありがとう、アデラ」


 すると、アデラは真面目な顔で言うのだ。


『エルザ、ルディアスもフリードリヒも、心を覗くなんて簡単よ。秘密を持てないけれど、良いの?』


「大丈夫。二人は私が人に言わないで欲しい事は、絶対に言わないでいてくれるもの」


 私が信頼と確信を込めて言ったら、アデラは溜め息を吐いた。


『そう、信じているのね――――これじゃあ、二人は、エルザが特別な訳だわ』


 私は不思議で訊いてみる。


「信じるのって、おかしい?」


 アデラは苦笑を浮かべた。


『おかしくないわ。ただ、そういう無条件なのは、とても大変で、貴重なモノ、だと思う。エルザの場合、盲信って訳でもないみたいだし。だからルディアスもフリードリヒも、エルザがいないとダメだのよ』


 やっぱり二人はとても生きるのが辛そうだと、改めて心配になってしまった。





 さて、飲み物も飲んだし、トイレも行った。

 寝るとしようかな、と思ったのだが、その前に、ちょっとアデラに訊いてみようと思い付いた事柄がある。


「ねえ、アデラ、”聖女”って、知っている?」


 そう、これである。

 ゲームに"聖女"という単語が出て来たので、自分なりに調べてみたのだが、良く分からなかった。

 この"聖女"の能力というのが、お父様にとっての破滅要因になるのなら、どうしても知りたいと思ったのである。

 だが、家の図書館の資料にそれらしい記載は無い。

 それならば、妖精であるアデラなら、何か知っているのではないかと思ったのだ。


『どこでそれをきいたの!?』


 アデラが血相を変えて私に詰め寄る。


「え、いや、その、何となく?」


 私はしどろもどろになりながら答えた。

 だって、こんなに怖い顔になったアデラは初めて見たから、思わず慌ててしまう。


『まあ良いわ。エルザ、もうその言葉は忘れなさい。良い?』


 うろんげに私を見た後、真剣な表情でアデラは私に言う。


「どうして?」


 私は思わず問い返していた。


『その言葉は、人間は知っちゃダメなの。万が一、って事があるわ。エルザ、約束して。忘れるって』


 アデラが真剣に、それこそ祈る様に願って言っている言葉。

 だが私は首を振る。


「アデラ、私はその言葉の意味が、どうしても知りたいの」


 そう、ゲームのメモを見ても、詳しい事が分からない。

 "聖女"、という言葉には、何か特別な意味があるのだろうか。

 それを知らないと、もしかしたらお父様の命に関わるかもしれないのだ。



 アデラは表情を瞬時に曇らせる。


『ダメよ、エルザ。忘れなさい。私からは何も言えない。他の幻獣も、妖精も、理由なく答えられないの』


 私は悩んでしまった。

 理由なく、というのならば、ゲームの事を言うべきなのだろうか……

 言ったとして、教えてくれるものなのだろうか……?


『忘れるのよ、エルザ』


 そして悩む私に目も振らず、アデラは必死にそう言って、どこかへ行ってしまった。

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