第19話

 結局あれから次の日の朝まで眠ってしまった。

 朝食に起こされて目が覚めたからね。

 起こされなかったら、もっと寝ていたかもしれない。

 もしかしたら、ずっと、それこそいつまででも眠っていた様な、そんな気がする。



 疲れていたのかなぁ。

 山歩きなんて転生してから初めてだから、それでかな。



 しかし、広場にルーと座ってからの記憶が曖昧だ。

 ルディは隣にいた、と思う。



 だが、それ以降がまるで分からない。

 何か、大事な事を、ルーが言っていた様な気がするのだが……



 そういえば、山、というか野生動物がいそうな広場だったけれど、アデラがいなかったのに、野生動物が集まってこなかったな。

 いつも、庭とかでも小鳥とかは集まってきたものだったが……

 ルディがいたからかな?



 でも前世では人がいても小鳥とか、栗鼠とか色々集まってきたものだったが、やっぱり前世とは違うという事かなぁ。

 そうだった、ルディやフリードがいたら、動物が集まってきにくかったな、そういえば。

 他の人は平気なのになぁ。

 あ、前世の従兄弟が側にいても、あまり寄ってこなかった気がする。

 野生動物にも好みがあるのだろうか。



 ルーに昨日の話を訊いても、きっと教えてはくれない。

 そんな気がするが、一応訊くだけ訊いてみようか。

 でも、折角話してくれたのに、聴いていないというのは、ルーを傷つける事になるかもしれない。

 どうしよう……



 そう悩んでいたのだが、ルーから通信機に連絡がきて言われてしまった。


「エルザ、昨日は良く寝ていたな。私の話は忘れて良い。それではな」


 言うだけ言って、ルーは直ぐに通信を切った。

 しかし、本当に何の話だったのだろう。






 あれ以来、ルディは前にも増して頻繁に来訪するのだが、フリードが殆ど来なくなった。

 あれ程いつも来ていたのに、どうしたのかと通信機で訊いたら、


「思うところがあってな。来年になれば、また訪ねる」


 それだけしか教えてくれないのだ。

 何だか気になるのだが、二人共教えてくれなさそうだ。



 何というか、二人共、結構肝心な事は秘密にしたりするのだ。

 でもそういうものかもしれないなぁとも思う。



 私も、言わない事、結構ある気がするし。

 無意識に選択している様で、自分では分かっていないのが何だが問題な気がするのだが、現状どうしたら良いものか分からない。

 自覚がなく選んでしまっているから、何というか、難しい。







 色々変化があって悩んでいる内に、観菊会が開催された。

 当然私は出席である。



 ただし、今回は幻獣を得てから初めての園遊会だ。

 今までは皇帝陛下以外には挨拶しなくても良かったのだが、他の皇族にも挨拶しなければならない。

 うう、アルブ殿下やゴットフリート殿下はまだ良いのだが、第三皇子殿下は、ちょっと怖い。

 やっぱり、エリザベートや、その母のドロテーアもいるのだろうか。

 気分が重いのは隠せない。





 本日の装いは、柑子色のドレスに髪飾りはヤグルマギクである。

 ヤグルマギクの青紫色が綺麗だし、柑子色も明るい黄赤色で華やかだ。

 ヒールの靴にも慣れたし、大丈夫、だろう。



 お父様とイザーク、ディルと一緒に会場の帝宮へ。

 現地で曾祖父母、祖父母と合流し、さっそく皇族方への挨拶である。





 滞りなく終わって、ホッと一安心。

 アルブ殿下もゴットフリート殿下も、私が幻獣を得た事を喜んで頂けた様で、胸を撫で下ろした。



 第三皇子のゲオルグ殿下は、初めてお会いしたが、何というか、整った容姿をしていらっしゃるのに、神経質そうな表情で全てが台無しになっている様な方だった。

 私を凝視していたのも、ちょっと怖かったのだ。



 幸い、ドロテーアもエリザベートもいなくて安堵していたのだが、二人はどうしたのだろう。

 お父様に訊ねてみようか。


「お父様、ドロテーア様やエリザベート様はどうされたのですか?」


 私の問いにお父様は笑顔で答える。


「ああ、それは気にしなくて良いよ。エルザ、皆も挨拶が終わったみたいだから、イザークやディルを連れて一緒にいたらどうだい? 私はまだ色々あってね」


 イザークやディルが来てからは、良く私達を連れて他の貴族の人達に挨拶周りだったのだが、今年は良いのだろうか。

 もしかして、午後からかな。



 そう思いながら、こちらにやって来たエド達と合流した。


「エド、挨拶回りしなくて良いのかな?」


 エドは苦笑しつつ


「うん。幻獣を初めて得た年は午後から本格的に挨拶回りだよ。といっても俺等は当主の側にいるだけで勝手に色々集まってくるから楽だけど。あ、ちゃんと食べるんだよ。午後がきつくなるから」


 その言葉に肯こうとしたら、


「エルザは毎回沢山食べるから、むしろ食べ過ぎ注意だろ?」


 尤もな意見を言うのはアンドか。


「確かにね。エルザ、パクパクとかなり食べるよね。相変わらず、食べるの好きなんだ?」


 エドは楽し気に言う。


「うん、食べるの好きよ。幸い、食べても太らないし……あまり成長もしないけれど」


 答えてから落ち込んだ。

 そう、食べても身長にあまり変動がないとかどうなの。


「姉上はそれで良いと思う。今のままの方が可愛いし」


 イザークが言ってくれるのだが、身内故の贔屓目だと思う。

 嬉しいけれど、あまり褒められるといたたまれない。

 何だか申し訳ないし。


「エルザ様、気になさらずとも問題はありません」


 ディルはそう言って私を励ましてくれるのだが、嬉しいやら申し訳ないやらで複雑だ。



 そう雑談をしていたら、フェルとシューが合流した。


「楽しそうですね。何か面白い事でも?」


 フェルが訊ねるのだが、


「うん、エルザが食べ過ぎない様に、って話だよ」


 エドがそれってどうなの、という説明をする。

 そしてそれを聞いて二人共笑うのだから、釈然としない。


「すみません、エルザ。いかにも、らしいな、と思いまして」


 フェルが表情を和ませながら言う。


「申し訳ありません、エルザ様。ただ、尤もだな、と思ってしまって……」


 慌てて言うのはシューか。


「良いわよ。ありがたい忠告ですもの。でも皆笑いすぎだと思う」


 私の言葉に皆がまた笑いがぶり返していたら


「何だ? またエルザが何かしたのか?」


「お兄様、まだエルザお姉様とは決まっておりません……可能性は高いとは思いますが」


 そんな事を言いながら、ギルとリア、それからロタールが現れた。


「エルザ、ロタールを独りにしてはだめだろう。連れて来た」


 ギルが言う言葉に頭をぶん殴られた気分である。

 ロタールは、大変な立場なのだ。

 だからロタールを真っ先に探さなきゃいけなかったのに、私ときたら!

 本当にダメダメだ。


「ごめんなさい、ロタール。それから、ギル、ありがとう!」


 私が感謝の言葉を告げたら、ギルは


「そう落ち込むなよ、エルザ。誰でも至らぬ事はあるものだ。それを補うのが友人だろう。幸い私はロタールをエルザに紹介されていたからな。偶々目に入っただけだが」


 ギルの優しさにどう報いたら良いのか分からない私に


「エルザお姉様、そう気になさらずとも大丈夫ですよ。兄も私も、エルザお姉様の力になれるのが嬉しいだけなのですから、ありがとう、だけで十分です」


「そうだな。最初の感謝だけで十分だ。気にするな、エルザ」


 リアの言葉に繋げてギルが言う。


「何か感謝を伝えたいのだけれど、何か私にして欲しい事ある?」


 私が、言葉だけでは何だか申し訳なくてそうギルに言ったら


「特には。そうだな、チョコレートムースだったか? エルザが作ったあれがまた食べたい」


「分かったわ。今度持って行くね」


「楽しみにしている」


 本当に嬉しそうなギルに胸を撫で下ろしたのだが


「エルザお姉様、私も食べたいです」


 リアが言う。


「エルザが作ったの、好きだな。俺も何か食べたい」


 アンドからもリクエストが入った。


「そうですね。僕も良いでしょうか」


 何故かフェルもそう言う。


「あ、エルザの作ったの俺も好きだよ。食べたいな」


 エドが楽し気に言う。


「姉上が作られた物は、好きです。食べたいです」


 何故かイザークからも注文が入る。


「シュー、ディル、ロタール、いる?」


 こうなれば、と三人に訊いてみた。


「頂ければ、嬉しいです」


 シューは本当に嬉しそうだ。


「私は……エルザ様が作られたのなら、それだけで」


 ディルはそう言うのだが、


「あ、ディルもロタールも、甘いの苦手だったよね」


 私の言葉にロタールが


「いえ、あの、私、は、嫌いでは、ない、です」


「でも、好きでもないでしょう?」


 私の言葉に、ロタールは下を向いてしまう。


「あの、責めている訳じゃないからね。他に何か食べたい物、ある?」


「以前食べた、アケビの皮の味噌炒めが、美味しかったです」


 ああ、あれか。

 確かおかわりもしていたものね。


「なら、それ作ろうか? 苦みがあるものが好きだったりするの?」


「はい。結構、苦いのとか、好き、です。でも一番は、辛い物、です」


 ロタールが答えてくれる。


「辛い物……唐辛子煎餅とか、作ろうか?」


「はい! 食べてみたい、です」


 とても嬉しそうだ。

 一安心。


「ディルは? 唐辛子煎餅、で平気? それとも酸っぱい何かお菓子作ろうか?」


「いえ、唐辛子煎餅で十分すぎます」


 ディルは嬉しそうに言う。

 ああ、ディルも辛いの好きだったな。

 確か一番は酸っぱい物なのだが、辛い物も好きな部類だったはず。


「それじゃ今度、作って渡すね!」


 私の言葉に、全員が顔を笑顔にした。

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