第8話
お祖母様とお茶やお菓子を楽しみながら談笑していたら、ディート先生の来訪が伝えられた。
「あらあら、ディートリッヒ様。お元気そうで何よりです」
部屋に入ってきたお祖母様が楽し気に声をかけたら、ディート先生は顔を顰め
「マルガレーテがいたのか。ちょっとエルザに話があるんだ。マルガレーテとアデラ、ルチルもちょっと席を外してくれ。侍女達もだ」
それにお祖母様は難しい顔で肯く。
「仕方がないですわね。相変わらず忙しくしていらっしゃるご様子。いつもながらありがとうございます」
お祖母様はディート先生に礼を取ると、さっと立ち上がり部屋から出て行った。
その後を追い、私に頭を下げてから侍女達も立ち去る。
アデラとルチルは立ち去りがたい様だ。
「悪い、アデラ、ルチル。頼むから席を外してくれ。これは大っぴらに言えない話なんだ」
ディート先生が真剣に頼むと、アデラもルチルも渋々部屋から出て行った。
部屋には私とディート先生だけになる。
ディート先生は空いているカップにお茶をとっとと注ぐと、ガブガブと飲み干し、一息ついた。
「エルザ、今まで連絡らしい連絡が出来ず、悪かった」
ディート先生はそう謝ってから、またバツが悪そうな顔で言う。
「やはり、例の子供が握っていたモノは極秘事項になった。エルザには何も言えん。ごめんな」
その言葉を聞き、やはり、と思う。
「そんな気はしていました。覚悟は出来ていますから、大丈夫です」
これだけ長い間、ルディもフリードも、ディート先生にクー先生だって会えない日が続いたのだ。
大事なのは理解できていた。
「例の子供は、意識を取り戻した。現在は家で療養中だ」
それには驚く。
思わず訊いていた。
「あの、家に帰して大丈夫なのですか? 警備とか、色々問題があるのでは……」
また攫われてしまうかもしれないではないかと、心配になる。
「それは、まあ、こっちからも人員を出すしな。それに攫われた時に住んでいた家と、現在療養中の家は違うってのもある」
苦笑しつつ言うディート先生に首を傾げた。
「家が違うと言うのは引っ越したからですか?」
私の問いにディート先生は首を振り
「引っ越した、というより、後見人が違う、というのが正しいな」
ますます首を傾げた私の頭を、ポンポンとディート先生はしてから
「要するに、だ、あの子は元々は片親が貴族なんだよ。それも上位貴族の家の跡継ぎ」
それって、いわゆる、愛人、というか愛妾の子、とかいう存在なのだろうか。
「ああ、愛人の子、って訳じゃないぞ。正式な結婚とは認められてはいないがな」
私が顔を顰めたのを察して教えてくれたが、どういう事だろう。
「えっと、もしかして、片方の親が幻獣か妖精を得ていない、とかですか?」
私が考えて出て来たのはこれ位だ。
「まあ、そうだな。はっきり言うと、だ。見つけた子の両親は、貴族のボンボンと、平民の、幻獣も妖精も得ていない女で、相手と添い遂げたいと、二人手に手を取って出奔した訳だな」
「――――何ですか、それは」
私の口から出たのはそれだった。
仮にも貴族の跡継ぎが、出奔!?
それも恋愛事で?
あり得ない。
何を考えているのだ、その男も、女も。
「まあ、呆れるよな。というか、お前の反応はまだマシ。普通は軽蔑して唾棄するから。過激派なら即抹殺も有り得る」
ディート先生は苦みばしった顔で続けた。
「跡継ぎの両親、現当主夫妻もな、そうとう風当りがきつかったのよ。教育を間違った、ってな。だが俺の感覚から言うと、両親は普通に子育てしたと思うぞ。ただ、子供がどうしようもない阿呆だっただけで」
「跡継ぎ、というのなら、幻獣を得ていたのですよね。それでこんな問題行動を起こしたのですか? 女性の方のご両親も、かなり大変だったんじゃ……」
私の言葉にディート先生は肯き
「まあな。稀に頭お花畑が幻獣を得る事があるんだよ、これが。必ず誓約を取り消されるまでがワンセット。それに本当に女の実家も色々あった訳だ」
そこで一息入れ、話が少し変わった。
「男の方は幻獣の王が誓約を取り消しちまって、幻獣を失ったんだがな、それが原因で早死にしちまった訳だ。女と幼い子供を残してな」
「なら、女の人は、どうしたのですか? 幼い子供がいるのですよね」
私が疑問を提すると、
「そう、それだ。女は自分の実家を頼った訳だ。散々迷惑をかけた、っていうのに、恥知らずにも、だ。両親はそれでも一人娘だったのもあり、受け入れたという。まあそれは人それぞれだから良い」
耳が痛い話だ。
どうにも落ち着かない。
「で、その子供が、ある日いなくなったんだと。で、散々探して、警察に捜索願を出した、という訳だ」
うん、なら見つかった今は、どうなのだろう。
後見人が変わった、という話だったな。
「それでは現在は、上位貴族の家にその子供は居る、という事ですか?」
「そういう事になる。男の方の両親にしてもな、一応、その子供は一族の婚外子扱いになるからな。当主が引き取る義務が発生する訳だ。今までは、出奔した奴なんて知らぬ存ぜぬ出来たが、こっちから連絡しちまったからな。悪い事をしたとは思うが、一族の血を引いた子供である以上、当主に養育義務がある」
ディート先生は眉を顰めつつ言った。
「あの、では子供の母親はどうなるのですか? 子供の養育義務は父親の実家にあるというのなら、母親は?」
私の問いに難しい顔でディート先生は言う。
「まあ、関係ないわな。子供が幻獣を得られないなら、十九歳以降に一緒に暮らすとか、会うとか出来るが、そうじゃなかったら、一生関係ないな。会う事はおろか、連絡を取るのも許されんだろ」
その言葉が重く響く。
一生、子供に会えない母親も、母親に会えない子供も、とてもかわいそうに思えて仕方がない。
「どうにか、ならないものでしょうか」
「ならんな。これは法律で決まっている。馬鹿をやった自分達が悪い。自業自得だ」
氷そうな程、冷たい声でディート先生が言う。
両親は自業自得、なのかもしれないけれど、子供には罪はない様な気がする。
きっと母親に会いたいと思うはずなのに……
「ディート先生、その子供に会えないでしょうか?」
私が言った言葉にディート先生は目線を鋭くする。
「馬鹿な事を考えていないだろうな、エルザ」
かなり怖い声だ。
「考えていません。ただ、その子供が放っておけないから、仲良くなりたいな、と思っただけです」
それだけしか考えていない。
本当だ。
母親に会わせるのも、連絡を取るのも、法律違反になるのだろう。
なら私には何も出来ない。
私が罪を犯したら、家に迷惑がかかる。
そんな真似は出来っこない。
「その子と親しくなるのも、悪い事なのでしょうか……」
思わず漏れた言葉にディート先生は悪戯っぽい笑顔で
「いや、それだけなら問題ないだろ。むしろ色々言う奴から守ってやれ。話した感じ、ぼうっとしちゃいるが、責任感は強い感じだったからな、その子。魔力も問題ないし、幻獣を得られそうな感じだしな。あの家は跡を継ぐ子供がいるにはいるが分家の子だったはずだ。一族から養子を取るより、直系の血を一応引いてるあの子の方が良いだろう。妻は一族から選べば良いだろうしな。妻が跡継いでその補佐。それが一番丸く収まる。それでも何かと揉めそうだからな。何とかしてやるか、エルザ」
「はい!」
折角出会ったのだ。
これも何かの縁だろう。
「それじゃ、本題だ、エルザ」
ディート先生がとても真面目な顔で私を見つめる。
私は背筋を伸ばし、話を漏らさず聴こうと身を引き締めた。
一体、何の話だろう。
あの子供以外で、何かあったろうか。
「金輪際、異能力の無効化は使うな」
決然と言い切ったディート先生の言葉に、頭は真っ白になっていった。
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