第32話

 その時、また、アレ等が衝撃波を伴って現れた。



 思わず目をつぶったのだが、吹き飛ばされない。

 不思議で目を開けると、結界だろうか、光る半円球に覆われていた。

 周りを見ると、全員結界の中にいる様だ。

 光る膜をひっきりなしに攻撃しているのが目に入ってとても怖い。


「囲まれているな。包囲網の弱い所から全員で一点突破が建設的だろう」


 オイゲンさんの言葉にビョルンさんが


「どうも魔法の出力が弱いな。取りあえず強化して結界を張って正解だった」


 その言葉に、エドが答えた。


「以前攫われた時も、魔法の出力がとても弱められたり、魔法自体を打ち消されたよ」


 それにオイゲンさんは眉を顰め


「話は聞いています。だとすれば、常に打ち消される危険を承知の上で、通常より魔法の威力を上げて使うしかないな」


「魔力の消費を抑えるために、銃を使うか?」


 ビョルンさんの言葉に


「いや、手持ちの銃では威力が足りなすぎる。自力で魔法を撃った方がマシだ。もしくは剣だな。もっと効果のあるのを持ってくるべきだった」


 オイゲンさんが舌打ちしつつ答える。


「これ以上の威力だと戦術兵器だぞ?」


 ビョルンさんの言葉に驚く。

 戦術兵器って怖すぎないか。


「威力が弱まる事があるのと、敵が強力だという仮定をすれば、それくらいは用意すべきだったろう」


 オイゲンさんはそう言ってから一呼吸おいて


「悪かった。ここで議論している場合じゃない。結界の中からでも攻撃可能な様にはしているから、溜めても大丈夫だな」


 ビョルンさんが頭を掻きつつ


「俺も悪かった。そうだな、大丈夫なようには張った。ここだと雷系が最適か?」


 それにオイゲンさんが答える。


「空系を使えるなら一番だろう。あれで薙ぎ払って突破が一番良い」


 エド達も肯いている。


「空系は誰が使えますか?」


 オイゲンさんの言葉にエドとギルとフェル、それからシューが手を挙げた。


「俺を含めて五人か……ビョルン、結界を張りつつ魔法強化は可能だな?」


 ビョルンさんが肯いたのを確認したオイゲンさんは皆を見回し、


「残りは空魔法の強化を頼みます。タイミングは俺に合わせて下さい――――いくぞ」


 皆が意識を集中させているのが分かる。

 片手で抱えられている私だけが魔法を使えないのが、とても心苦しい。



 雲霞のごとく押し寄せる怪物達とその攻撃に結界は揺らぎ始めているのが心配を加速させる。

 だが、現状私には何も出来ない。

 作戦の成功を祈るのみだ。



 エド達攻撃の魔法を撃つ面々は紫色に包まれている。

 それ以外の魔法の強化の担当は無色透明だが、空気が揺らめいているのが分かった。



「良し、俺を起点に強化を頼みます」


 オイゲンさんの言葉に皆が肯き、空気の揺らぎが紫色の揺らぎを包む。


「俺の正面から十時方向に一斉砲撃!」


 オイゲンさんの言葉を合図に紫色の閃光が迸る。

 思わず目を閉じた。



 瞬間、


「ビョルン、先行! 全員付いて行け!」


 オイゲンさんの言葉が終わるか終わらないかで頬に風を感じ、閉じていた目を開けると、吹き飛ばされ動けない怪物達の間を皆が駆け抜けていた。



 これで何とか乗り切ったかと私が安堵の溜め息を吐いた時、あの奇怪な声が身近でして、悪寒が一際酷くなって直ぐ、怪物の触手に囚われていた。


「このっ!!」


 オイゲンさんの声がしたと思ったら、ビョルンさんが私を抱き留めていた。


 訳が分からず周りを見回すと、オイゲンさんが触手を切ってくれたのだろう。

 片手に剣を握っている。

 でも、片腕が、片腕が無い!

 私を抱いていた手だ。

 そちらの肘から先が失われている!


「ビョルン! エルザ様がこいつ等の狙いだ! エルザ様を守れ!!」


 オイゲンさんのその言葉にビクンと震えた。

 そうか、下っ端達は、私を今回の大元の所に連れて行く気なのだ。

 だから、捕まえようとするだけなのだろう。



 そして、それを邪魔するヒルデ先生やオイゲンさんを傷つけたのだ!



 申し訳なさで泣きそうだ。

 私が、私がいなければ、皆、無事かもしれない!



 私が口を開こうとした瞬間、


「エルザはまた馬鹿な事考えてるでしょ。絶対に置いて行ったりしないから」


 エドが私の頭を撫でながらそんな事を言う。


「そうです、エルザお姉様! ああ、腹部が酷く焼け爛れて!!」


 リアは心配そうに私のお腹の辺りを見ている。

 自分でも見てみて眩暈がした。



 シューシューと煙が上がっている。

 鼻をつく腐敗臭までする。

 もしかして皮膚と肉を腐らされたかな。

 これは、痕、残りそうだなぁ。



 そう思ったら悲しくなったが、オイゲンさんの方が酷いのだから、私が悲しんでいる場合じゃないと自分を戒めた。

 痛みは酷過ぎてどこか麻痺してしまった様だ。

 瞬間的に焼けた鉛でも叩き付けられたかのように痛かった。

 今もきっとそれくらい痛いのだろうが、脳が痛みで焼き切れない様に麻痺させたのだろうか。



「エルザ様、皆で無事に帰還いたしましょう。弱気になってはダメです」


 ユーディは私を励ましてくれた。


「そうだ。必ず無事に帰るぞ」


 アンドが頼もしい事を言う。


「諦めたらダメですよ、エルザ」


 フェルは微笑んで励ましてくれる。


「エルザを置いて行く判断など絶対にしない」


 ギルが力強く言い切った。


「姉上と必ず無事に帰ると決めているのですから、姉上も気を強くお持ちください」


 イザークが言った言葉に笑顔が漏れた。

 随分イザークも兄弟と認めてくれている様で嬉しい。


「大丈夫ですよエルザ様。必ずお守り致します」


 ディルが真摯に言ってくれた。


「エルザ様、エルザ様が諦めたらダメです。信じなきゃ」


 シューは元気づけようと笑顔で言ってくれる。



 皆の言葉を聴いて、ちょっと落ち着いた。

 それでも申し訳なくて、申し訳なくていたたまれないが、泣き言を言っても事態は変わらないのだ。



 深呼吸。



 ああそうか、ビョルンさんが結界を張ってくれているから、皆の言葉が聴けたのだとようやく理解できた。



 うん、私は一人じゃ何も出来ない。

 それでも投げ出したらダメだ。

 投げ出したら、ルーにもフリードにも会えなくなる。



 大体、今世でも家族を置いて逝くなんて、しちゃいけない。



 改めて激痛を押し殺して頬を両手で叩いて気合を入れた。

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