第11話

 先日から引き続き、距離を置いてみた。

 そうしたら、就寝間際、イザークが部屋に訪ねてきたのだ。



 本当に驚いた。

 あの子の方から私に近づくなんて、この二か月なかったから。



 そういえばイザークは魔力検査でかなりの数値を叩き出したらしい。

 属性もルディやフリード程ではないにしろ、凄いという。

 これで上位以上の幻獣を得られたら、文句なしに家の子といえるとはお父様を始めとした一族の大人談。



 私はそういうのは関係なしに家族だと思うのだが、やっぱりまずいのだろうか、こちらの常識的に。



 驚きのあまり思考がずれた。



 イザークをよく見ると、どうも困惑しているみたいだ。

 何だろう? どうしたのかな。



 取りあえず部屋に入れて、椅子に座るように言い、テーブルにある水差しに入っているジュースをコップに注ぐ。

 水差しは魔導具で、いつでも温かい物は温かく、冷たい物は冷たいのだ。

 そろそろ季節的にも暑くなってきたし、水分補給は大事だろう。



 帝都の四季はだいたい前世と同じだから私にはなじみのもの。

 学校のある学園都市は年中爽やかで温暖な気候らしい。

 夏は暑すぎる事はないが、泳げたりもするという。



 うん、びっくりしてるから考えが纏まらず、別の事を思い浮かべている。

 だめだなぁ、現実逃避じゃないか。



 イザークは部屋に入っては来たが、座らずこちらを見ている。

 やっぱり困惑顔だ。

 瞳が揺れている様な……



 取りあえず声をかけてみようとしたその時、大きな雷鳴が轟いた。

 連続で雷が鳴り続ける。

 風も出てきた様だ。

 激しい雨が窓を叩く。



 驚いたが、イザークは大丈夫かと彼に視線を合わせて驚愕した。



 蹲って震えていた。

 あまりにも震えていて、痛々しくて、思わず肩に触れた。



 その手は思いきり振りほどかれた。

 初めて彼に触れて拒絶されたのだ。



 傷ついたりはしなかった。

 彼の瞳を見たからだ。



 怯えていた。

 焦点が合わない程恐怖に顔は歪み、恐慌状態なのが分かったからだ。



 手を振りほどいた後、まるで蹴られる衝撃に耐えるように身を固くする。

 見ていられなかった。



 だから、彼を抱きしめる。

 もう、ここには怖い存在はいないのだと、解ってもらうために――――





 どれくらいそうしていたろうか、彼の声がした。

 初めて聞いた、弱弱しい彼の声。


「何故だ? 何を企んでいる?」


 呟きは呆然とした響きを持っていた。

 本当に彼は分からないみたいだ。


「何も企んでいないわ。貴方が震えていたから、落ち着くまで抱き締めていようと思っただけよ」


 彼に理解されなくても構わない。

 拒絶されたって良い。

 ただ、放って置けないのだ。

 目の前で、こんなにも苦しんでいる人がいたら、私は抱きしめずにはいられない。



 少しでも収まる様に、背中を摩る。





 しばらくして、涙声のイザークの声が聞こえた。



「何故、振り払ったのに、抱き締めるんだ。俺なんか、お前にとっては、価値なんて、無いだろ……」


 捨て鉢な言葉に


「だって貴方は私の弟で、私はお姉ちゃんだから、弟を大切にするのは当たり前なのよ」


 家族なら大切にするのは当然だと思って育ったからなぁ。

 それ以外にどうして良いか分からない。

 前世の弟達も大好きだったし、今世のお父様もお母様もお祖父様達も大好きなのだ。

 だから大事にするのは苦でもなく当たり前。



 だいたい、苦しんでいたり、辛い人を何もせずに見過ごすのは、嫌なのだ。

 自分に出来る事をしたいと思う。

 無力なのも承知だ。

 だから、せめて抱きしめるしか出来ない。





 泣き止んだイザークが顔を上げる。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を拭くためにハンカチを取りに彼から離れた。



 戻ってきたら、彼はとても不安そうにこちらを見つめている。

 えっと、どうしたのだろうか。



 まだ落ち着かないのだろうか。

 頭を撫でてみる。



 今度はブスッとした表情になった。

 良く分からない。



 手を頬に触れて、顔を覗き込む。


「部屋に戻る?」


 そう訊いたみたら、とても不安そうな顔になった。


「それじゃ、一緒に寝る?」


 そう言ったらますます不安そうな顔になった。



 稲光があると、びくっとするみたいだから、今日の所は一緒に寝た方が良いと思う。

 なんだか不安定だし。



 それで、ベッドまで手を繋いで引っ張ってきて、横になる様に言ったら、恐る恐るベッドに上がって来た。

 彼がベッドの端の方に横になったから、反対側に回って、ベッドに横になる。



 彼が何やら震えているから、頭を撫でてから抱きしめて眠りについた。

 ここはもう安全なのだと分かってくれたら良いな。

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