第32話 ディルク

 僕の父は帝国で軍に所属していた時、魔獣に殺された。



 僕が生まれる前だそうだ。

 僕がまだ赤ん坊の頃から家族は帝国を出て、レムリア王国で暮らしている。

 そういう人はとても珍しいという。



 僕は僕達家族以外の帝国人を知らない。

 つまり祖母と母以外の人だ。

 何だか帝国の人を避けている様だと最近は思っていた。



 僕には深いフードを家以外では被るように言い付けるし、家も頻繁に変える。

 家に帰る事も稀だ。



 広い大陸だし、行商人を営んでいるからと言えばそれまでだが、何故フードを被らなければいけないのだろうか?

 だいたい、何故、辺境ばかり行くのだろう。



 祖母と母の会話を寝たふりをしてこっそり聞いていたら、帝国人の居ない辺境を回ろうと言っていたから、僕の疑問は膨れ上がる。

 何故、帝国人を避けるのか。



 もしかして、僕の家族は、帝国本土で重い犯罪でも犯したのかと怖くなる。

 捕まってしまったらどうしよう。

 僕はいつも不安が付きまとう様になった。

 フードも深く被り、人と目線を合わせられなくなってしまったのだ。







 ある日、海岸沿いの森を馬車で走っていた時、突然襲われた。

 レムリア王国は元々そう治安は悪くない。

 最近は稀に盗賊団が出る程度だ。

 これも最近の天候不順と異常気象から、貧しい、仕事のない人がやっているらしい。

 だからそれ以前は、盗賊団が出たなど聞いた事もなかったとレムリア人達は言っていた。



 街も治安は以前に比べて悪くなったとは聞いている。

 どうもやはり原因はこの頃の天候不順、というか異常気象、らしい。

 大規模災害も、最近多発気味だという。



 僕たち家族は以前のレムリア王国の状態は詳しくはないから、災害が多くなったと言われれば、そうなのかと言うしかない。

 確かに祖母も母も帝国に比べて気候がおかしいし、天災も多いとは言っていた。

 だが二人にとっては異国だから、自分達の国とは色々違うのだろうと言う程度だった。



 盗賊団は大抵すぐにレムリア王国の討伐隊に鎮圧される。

 遭遇した事もなかったが、祖母も母も帝国で基礎的な戦闘訓練は積んているという。



 実際、街で絡まれた時もあっさり倒していた。

 僕は、まだ幼いからと戦い方は教わらなかったのだ。

 それが、とても歯がゆかった。



 そう、守ってもらってばかりいて、男は家族で僕一人だから、祖母も母も僕が守らなくてはと幼いながらに思っていた。



 なのに――――



 奴等は十人程いたろうか。

 後で思い返せば、レムリア語は話していなかった気がする。

 そう、聞いたことのない言葉だったと思う。



 気が付いたら火の海だった。

 僕がしたのだ。



 祖母と母の身体も燃えてしまった。

 呆然としていたら、視界の隅に男が入り込んだ。



 男の事は良くは覚えていない。

 冒険者、だったし、若かった、とも思う。

 すぐに全身が痛くなり、目がみえなくなって、意識を失った。



 それから、船に乗せられた、と思う。

 波の音と、海の匂い、そんなものも感じていたから。



 目が見えなかったし、知らない言葉も多かったが、何とか聞き取った限りでは、どうやら帝国でもレムリア王国でもない国に売られるらしいと分かった。

 分かったからといってどうしようもなかったけれど。

 何せ目が見えない。



 最初の内は、歩くのさえ困難だった。

 だから引きずられていたのだ。

 腕を捕まれてどこかに入れられ、また引きずられ、という感じだった。



 そして、誰も僕に話しかけない。



 孤独だった。

 寂しかった。

 いつも、僕のそばには家族がいたから……



 そんなある日、また移動させられた。

 そしてどこかに入れられたのだ。



 痛みで声が漏れてしまった。

 奴等は基本的に扱いが荒い。



 そして僕は、ある少女と出会う。



 鈴を振ったような、綺麗な声がした。

 清流の様にこちらを浄化してしまいそうな声だ。

 久しぶりに、僕に話しかけてくれる人に出会った。

 嬉しかった。

 本当に身悶えするほど嬉しかったのだ。

 泣かなかったのが奇跡だと思う。



 そういえば、家族が死んでから泣いていないなと思い至る。

 涙が枯れてしまったのだろうか。





 彼女も怖いだろうに、こちらを気遣ってくれる、優しい少女。

 心が温かくなった。

 この少女を守りたいと、思ったんだ。



 嬉しかったから。

 本当に嬉しかったんだ。

 誰にも相手にされず、話しかけられもしない孤独。

 それに比べたら、どれだけ救われたか。



 最初、少女が帝国語で話しかけて来たのには驚いた。

 家族以外で帝国語は聞いた事がなかった、と思う。

 だから自分の帝国語が正確か、かなり不安だったのだが、少女は気にしていないようなので大丈夫なのだと、胸を撫で下ろした。





 逃げた先で、自分の無力を呪う。

 何も出来なかった。

 あっさり捕まって、家族を救えなかった時と同じに、何一つ出来なかった。



 守りたいと思ったモノさえ、満足に守れない。

 自分の無力が憎かった。





 優しい少女と共に救い出され、治療を受けた。

 お風呂にも入れて、食事もきちんと出され、今までと比べ物にならない生活。



 ありがたかったけれど、もう少女と会えないのが寂しかった。




 だが、少女の家が僕を引き取ってくれた。

 このまま孤児院で世話になるのかと思っていたし、少女にもう会えないと思っていたから、喜んだ。





 少女は帝国の筆頭大公爵家の令嬢で、身分が違う事が解った。

 それを聞いた時、どこかで心が悲鳴をあげた気がしたけれど。

 良く分からなかったが、考えない方が良い気がして、凍らせた。





 家令のツィルマール様や、執事のバルドさんが教育係になった。

 二人共、僕に厳しくもあるけれど、気遣ってくれて、優しかった。



 新しい家族が出来たみたいで、この家の人達が好きになった。

 皆、基本的に良い人なんだ。

 意地悪をする人がいない。



 同い年位のアイクとカーラとはすぐ仲良くなった。

 アイクは金茶の髪に青緑色の瞳の男の子で割と世話焼きだが、負けず嫌いだ。

 カーラは金茶の髪に金茶色の瞳の女の子で世話焼きだが、やっぱり気が強い気がした。



 始めは貴族の家という事で緊張していた。

 エルザ様は威張ったところが無いのは解っていたけれど、貴族はある意味とても怖かった。

 彼等は平民とは存在が違うのだ。



 レムリア王国だとそうだった。

 種族が違うから畏怖の対象なのだ。

 それこそ絶対に逆らっちゃいけない。

 従うのが当然。

 帝国でも貴族は別格だ。

 だからこそ畏怖と恐怖の対象だった。





 エルザ様は一生懸命、話しかけてくれる。

 今日は何を教わったのとか、今日は天気が良くて鳥が鳴いていたとか、他愛無い話だが、とても嬉しかった。

 彼女なりに精一杯気遣ってくれているのが分かって、心が温かくなる。

 それに、エルザ様といると、とても心地が良い。



 新しく生まれ変わったつもりで頑張ろうと思った。



 目が見えないけれど、昔の様に俯くのはもう止めようと思った。

 僕は、何も悪くはない。

 劣っていた訳でも無い。



 でも、家族が僕を隠したのは悪いことだと知った。

 だから、家族の償いをしよう。

 せめて、僕を救うように言ってくれたエルザ様のいる、この大公爵家の為になるように頑張ろう。

 そう決意した。







 そんなある日、僕の視力と魔力を奪った男から、奪われたモノを取り戻せるかもしれないと聞かされた。

 そして、それが出来るのはエルザ様だという。





 別室で男の出方を窺っていた。

 周りには知らない人達がいて、騎士なのだと聞いた。



 レムリア王国の騎士なら見た事はあるが、帝国の騎士は初めて会った。

 気配だけでも、レムリア王国の騎士とは格が違うのが感じ取れて、緊張する。



 僕の力を奪った男が捕らえられたらしく、騎士の人が僕を抱えて運んでくれた。



 力を奪った男が言った言葉に当たりが静まり返る。

 神に選ばれて異世界から転生した?



 本当だろうか。

 信じられない気持ちで一杯だった。



 でも確かに、こんな力は聞いた事がない。

 ごちゃごちゃと考えていた時、身体が温かい、色で言うなら淡い金色に包まれた気がした。



 まず始めに地面が見えた。

 下を向いていたからだ。

 そして手を見てみる。

 引き取られてから、いいクリームを使わせてもらっているから、以前より綺麗に見える。



 呆然としていたら、エルザ様の美しい鈴を振る様な声が聞こえた。



 勇気を出して、僕を助けてくれた人達を見る。

 そして、僕をあの場所から連れ出す様に言って、しかも引き取ってくれた少女を見る。

 少女が余りにも可愛いくて眩しさに眼を細めた。



 本当に可愛いくて綺麗だ。

 金色の髪は秋の日差しを受けてキラキラで暖かい色。

 鮮やかな青の瞳は澄んでいる。

 何より美しくて壊れやすい花みたいに。



 彼女を見つめていたら涙が止まらなかった。

 自然と流れて止まらない。

 長い事堰き止められていたモノが溢れ出したみたいだ。

 ようやく、家族の死を認められた気がした。



 抱きしめてくれる少女の温かさに、自分が独りじゃないと思えて、嬉しかった。

 その心地良い温かさに涙がますます流れて、色々なモノが昇華出来た気がした。



 そして改めて、少女に仕えようと心に決めた。

 そう、今度こそ、守るのだと。

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