第378話 ありのままのアナタ
合宿所を見て回ろうと
『女子風呂をのぞきに行け、女子風呂に!』
「行くわけねーだろ、バーカ!」
いいタイミングでやってきたそれに、鍵太郎は携帯越しに思い切り突っ込んだ。
確かにありのままの彼女たちに会いたいと思って部屋から出てきたわけだが、決してそういった意味ではない。
ありのままの姿(比喩でなく)など目にしたら、こちらが抹殺される。
大会前に死にたくないのだ、こっちは。そう思ってため息をつき、鍵太郎は歩みを再開した。
もちろん、女子風呂とは逆の方向へ。今頃は、一年生が入浴中のはずだ。時間を区切って順番にということで、手っ取り早く片付けてしまおうと一番人数の多いあの学年が最初に風呂に入ることになったのである。
まあ、俺は部内唯一の男子部員だから、好きな時間にひとりで男風呂に行っていいんだけどね、ケッ――と、少々の孤独感と自由を、鍵太郎は噛みしめているわけだが。
では、そんな主人公など放っておいて。
我々は何ひとつ気兼ねすることなく、女子風呂の様子を見に行こう。
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「わー、ひろーい!」
その頃、女子風呂では一年生の
タイル張りの床に、積み上げられた
さらには、湯気の上がる浴槽があるわけだが――この浴槽のサイズが、奈々の予想以上に大きかったのだ。
何人かで入っても、軽く泳げるくらいはある。まあ、高校生にもなったしやらないけどね――と、ルンルン気分で彼女が足を踏み出すと。
「ひゃ……っ⁉」
つるりと床が滑って、奈々は天地がひっくり返るのを感じていた。
先に入っていた誰かの流した泡が、残っていたのだろうか。あ、やばい転ぶ――と、とっさに手を出したとき。
そんな彼女の腕を、誰かが掴んだ。
「あっぶない危ない。そこ段差あっから気を付けなよ、ナーナ」
「
とっさに助けてくれた同い年、
でなければこんなに今、安心した顔もしていないだろう。
初めて見たときはヤンキーがいるとびっくりしたものだが、話しているうちにそうでもないと分かってきた。明日の本番にはこちらは上がらないが、分け
そういえば、彼女はこの風呂場で化粧を落とすのだろうか。
それはそれで、見てみたい気もするが――と奈々が思っていると。
智恵理は肩をすくめて、メイク落としを手に取る。
「しかし、泊まりとはいえあたしが人前で化粧を落とさなきゃとはねえ。どーすっかな。寝る前にしよっかな。すっぴんじゃ湊センパイの前に行けないわ」
「え、大丈夫だよ。化粧を落としても智恵理ちゃんはきっと可愛いよ」
「……そーいうことをナチュラルに言うあたり、ナーナは湊センパイに似てる気がする」
「え、本当?」
同い年がなぜか目力たっぷりの半眼でそう言ってきたが、内容が嬉しかったので奈々はぱあっと顔を輝かせた。
憧れの人に似ていると言われるのは、やっぱり心が弾むものだ。
先日も楽譜のことで話していて楽しかったし、ファンクラブ会員としてはやはり、先輩の活動を
智恵理が言う。
「……ま、そーいうことなら今夜はすっぴんにしよっかな。うーん、こういうのはもっと違う機会に取っておきたかったけど……」
「いいんじゃないかな? 湊先輩なら、どんな智恵理ちゃんでも智恵理ちゃんだって言ってくれるよ」
「マジでそう言いそうだから、苦労性だよねあの人は。そーいうとこだよ、そーいうとこ。って……よっと」
本人不在だが大体合っているという、謎の会話を繰り広げつつ。
普段メイクばっちりの一年生は、化粧を落とした。
そして、その下から現れた素顔は――
「どう?」
「……あんまり変わらなくない?」
「え、マジで?」
いつもとさほど変わりないように見えて、同い年の驚く顔に、奈々は首を傾げた。
元々目鼻立ちがはっきりしているせいか、化粧を落としても特にこれといった変化はないように感じられる。
「いや、目元とか結構違うじゃん! ホラホラ、ぱっちり具合とか全然⁉」
「まあ確かに、そんな気はするけど……そこまでびっくりー、とは思わないっていうか。むしろ、いつも盛り盛りのを見てるせいか、こっちの方が新鮮っていうか……」
「ウソーーーっ⁉」
素直な感想を述べると、智恵理はショックを受けたようで、ムンクの叫びのように悲鳴をあげた。
どうやら毎日化粧をしすぎて、自分の本当の魅力に気づかなくなっていたらしい。
そんなことしなくても綺麗なのになあ、とすっぴんの同い年を見て奈々は思う。やっぱり、確認してみてよかった。化粧をしていてもしていなくても、智恵理は智恵理なのだ。
派手好きで明るくて親切な、大切な同い年だ。
それを改めて知ることができて、合宿に来てよかったと思う。本番に出ないのに一緒に来るのはどうかと考えもしたけれど、思い切ってついきて正解だった。
こんな風に、友達の新たな一面が見られたのだから――そして、そんな機会を作ってくれた先輩のことを考えて、自然と笑みを浮かべつつ奈々は言う。
「別に変に飾らなくても、そのまんまでいいんだよ智恵理ちゃん」
「ナーナ……」
「ほら、お風呂入ろ? 後がつかえちゃうから」
いつもよりほんの少し、顔の薄い智恵理にそう呼びかける。風呂は時間別に、各学年で入ることになっている。自分たちの後は、二年生が入るはずだった。
なので、早めに済ませてしまわねば――と、奈々が湯舟に向かうと。
「……」
「……な、何?」
同じ学年の
芽衣の胸部を見て、奈々は沈黙した。
そんな彼女の隣で、智恵理が言う。
「うーん。背が小さいからこそ、その大きさが目立つっていうか? なんつーか、アレ? メイメイの場合はロリ巨乳ってヤツっしょ。見た目とのギャップがあるからこそ、インパクトすごいよね」
「…………」
同い年の声を耳に入れつつ、奈々は自分の胸元に目を落とした。
そこには、なかなかまっ平らな、世間的に見ても恐らく薄めであろうものがある。
そんな自分の胸に手を当てて、首をギシギシと傾け智恵理の方を見る。彼女は、なんというか――それなりにあった。
というか、わりとあった。
「大きい……」
「いやそんな、この世の終わりみたいな顔で言われても」
湯船に浸かる同い年と、化粧を落とした同い年を交互に見て、呆然とつぶやく。
ものすごい置いていかれた感がある。ひょっとして、アレだろうか。楽器の上手さとバストサイズというのは関係があるのだろうか。
いやでも、二つ上のトランペットの先輩は、上手いけど平たいし――などとこちらも本人が聞いたら爆死しそうなことを、奈々が考えていると。
智恵理が言う。
「いや、アレだからねナーナ。ありのままの貴女がいいって、さっきアナタが言ったんだからね?」
「ありのまま……。ありのまま、とは……必死に大きくしようとがんばる姿もまた、ありのままナンデショウカ……」
「うわ。ショック過ぎて言葉遣いがおかしくなってる。いやいや、大丈夫だって。ちっぱいでもまな板でも、好きな人は好きだって」
泣きそうな顔でそう口にする奈々には、同い年でなくても必死にフォローを入れるだろう。
まあ、そんな慰めの言葉はむしろ、泥沼になっているのだけれども――そこは彼女の今後の成長に期待するとして。
同い年たちのそんな会話を顔を真っ赤にして聞いていた芽衣は、口元まで浸かってた湯から、ざぶんと身を起こして叫んだ。
「わ……私、もう上がる!」
「いや、メイメイ? そこまで気を遣う必要ないよ? そっちはそっちで、普通に浸かってればいいんだからね?」
「そうじゃなくて。用事が、あるから……っ!」
打ちひしがれる奈々と、彼女を励ます智恵理を尻目に。
芽衣は逃げるようにして、大浴場から飛び出していった。
焦ったそのままの勢いで身体を拭き、急いで髪を乾かして。先ほどの同い年たちの会話のせいで着替えたTシャツのラインが妙に気になってしまい、胸を押さえる。
なんてことだ。
こんな風になるなら、先輩と会う約束なんかしなければよかった。
けれども、もう遅い。そしてこちらが意識しなければ、きっと特段どうということもないのだ。あの人は普段どおり接してくれるだろう。
そう、別に不自然なところなど、何もない。
「よ、よし……っ!」
そう思って、芽衣は自分の荷物から『あるもの』を取り出して。
そしてバッグの中でそれがブラジャーとくっついていたことに気づき、彼女は慌ててチャックを閉めた。
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