第81話 まわる



 近ごろ、洗濯をすると、なんだか白地の衣服が黄ばむ。買ったばかりの新品のブラウスや、夫のシャツや、息子のハンカチも。


 洗剤があわなくて色落ちしているんだろうか?

 そう思い、色物と別にしてみたが、いっこうに改善されない。


 洗濯機の故障かもしれないと考え、修理に出した。でも、どこも悪くないと言われた。


 水質が悪いのかも?

 洗濯機に水をためて、ガラスのコップですくってみた。が、ふつうの透明な水道水だ。

 しょうがないので、白地のものは別にして、しばらくのあいだ手洗いすることにした。


 ところが、そうするうちに、今度は洗濯物に髪の毛が付着するようになった。

 長い女の髪の毛。

 文緒は長年ショートカットなので、文緒の髪ではない。

 知らない女の髪が洗濯物に……。


 文緒は夫を疑った。夫が浮気しているのかもしれないと思ったのだ。

 それというのも、近ごろ、夫のようすがおかしい。酒量があがったし、無口になった。その上、なんだか神経過敏だ。


 それに、ひと月ほど前のこと。

 夜遅くにぬれた服を持って帰ってきたことがあった。となりの県まで日帰りで出張へ行くと言って、自家用車で出ていった日だ。

 朝とは別の服を着て帰り、朝の服をコンビニの袋に入れていた。


「この服、どうしたの?」と問うと、

「途中の山道で急に雨に降られてさ。すごい、どしゃ降りだったよ。視界が悪くて、前がまったく見えなくてさ。鹿がとびだしてきたから、あやうく、ひいたかと思った。確認しようとして外に出たら、ずぶぬれになって」


 そんなふうに答えた。

 いやに言いわけっぽいなと、そのとき思った。


 あんなことを言っていたけど、ほんとは出張に行くなんてウソで、女と会って浮気していたのかもしれない。

 服に口紅でもついたのか、あるいは女の匂いをかくすために、洗濯してから持ち帰ってきたに違いない。


 思えば、洗濯物が黄ばんだり、髪の毛がつくようになったのは、あのあとからだ。まちがいなく、夫は浮気している。


 文緒はそう考えたが、その後、夫の洗濯物を洗う前に念入りに調べてみても、どこにも女の髪の毛はついてなかった。


 じゃあ、いったい、あの髪はどこから出てくるのだろうか?


 説明がつかなくて、文緒は戸惑った。


 そうこうするうちに、洗濯物につく髪の量は放置できないレベルになった。日に日に増えていく。


 それに洗濯しているときに変な音がする。

 最初は小さな音だった。モーターの不具合のような音が、ウォーン、ウォーンとひびく。

 その音が日増しに大きくなり、いつしか、「うわああああーッ」「うわああああーッ」と人の叫び声のようになった。毎日、毎日、洗濯するたびに。


 文緒はガマンならなくなり、あるとき、作動中の洗濯機のフタをあけた。


 そして——


 文緒は悟った。

 夫は浮気をしたわけじゃない。ほんとのことを話していたのだ。いや、一部は真実だけど、一部はウソなのだろう。


 夫が山道でひいたのは、ほんとに鹿だったのだろうか?


 洗濯機のなかで、女の首がこっちをにらみつけながらグルグルまわっている。


 うわああああーッ!   

 うわああああああああーッ!

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