第33話 白髪
文緒は子どものころから、気になることがあった。それは、白髪だ。自分の髪のことではない。
母がたたんできてくれたばかりの洗濯物や、学習机の上や、教科書などにひっついている髪である。
家のなかに白髪のある人は、当時まだいなかった。父も母も黒髪だったし、田舎の祖父母はいっしょに暮らしていなかったので、文緒の持ちものに白髪がまぎれこむことなどないはずだった。
なのに、なぜか、身のまわりのものに、それもけっこうな頻度で白い髪が付着していた。フローリングの上にもパラリ、パラリと落ちている。
父や母が気づいていたのかどうかはわからない。誰も何も言わないので、そんなものかなと思っていたからだ。
学生になって、文緒は一人暮らしを始めた。
あいかわらず、部屋のなかには謎の白髪が出現した。もしかしたら自分の髪だろうかと鏡に向かい、念入りに調べてみたが、やはり、自分のものではないようだ。
自分しかいないはずの部屋なのに、どこから出てくるのか……そう思うと、少し薄気味悪くなった。
大学へ行ってしばらくして、彼女ができた。彼女は実家暮らしだったので、よく文緒のアパートに遊びに来た。だが、あるとき、彼女が真剣な顔で責めてきた。
「ねぇ、前から気になってたんだけど、もしかして浮気してるでしょ? それも、白髪のおばあさんと」
「ありえないだろ。おれまだ二十歳なんだけど? なんで白髪のばあさんとなんか浮気すんだよ?」
「……まあ、そうだよね。じゃあ、家中に落ちてる白髪はなんなの? お母さんがしょっちゅう訪ねてくるとか?」
「お袋だって、まだ白髪じゃない。少しはあるかもだけど、染めてるし。それに実家は遠いから、ここまで来たことないよ」
「そう……だよね」
彼女が例の白髪のことを言っているのはわかっていた。むしろ、問いつめられたことで、文緒以外の人にも見えるのだと初めて知った。
その夜、けっきょく彼女は自宅へ帰った。一人でベッドに寝ていた文緒は、真夜中に息苦しくて起きてきた。
目をあけて、ギョッとした。
自分の上に馬乗りになって、老婆が真っ白な髪をふり乱している。両手で文緒の首をしめ、グイグイと力をこめてくる。青白い顔の老婆が生きている人でないことは、ひとめでわかった。恐ろしい鬼のような形相だ。
文緒は必死で抵抗した。
このままだと殺される。
ジタバタしながら、しだいに意識が薄れていった……。
*
翌朝。
文緒は目がさめた。
老婆はいなくなっていた。が、喉に赤い人間の手形が、五本の指のあともクッキリと残っている。
文緒は怖くなって、電話で母に相談した。
母はため息をついた。
「……じつはね。あなたには黙っていたんだけど、文緒、あなたの今のお父さんはほんとのお父さんじゃないの。お母さん、うんと若いころに年上の人とつきあっててね。その人は旧家の一人娘だっていう奥さんの二度めの夫で、奥さんとはすごく年が離れてたのよ。それで、奥さんとその人とのあいだには子どもがなくて……だから、お母さんに子どもができたことが、奥さん、とても悔しかったみたいなの。それからまもなく亡くなったんだけど、死ぬ直前まで、ずっと『呪ってやる』って言い続けてたって……」
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