フレンドマーケット



『ええ!そんな高額になったんですか?』




テレビから女子アナの驚く声が聞こえきた。




今日は土曜日で、時刻は8時半。

普段のニュースは堅苦しい内容で、

お父さんが真剣に見ているけれど、

休日はバラエティ色が強く、新聞の方に気をとられている。



お母さんは食器洗い。



私も私で、ソファに寝転んでスマホをいじっていた。


すっかり生活音と化したテレビの音に混じり、高額というワードが聞こえてきて思わず顔を向ける。


女子アナは民家にて、主婦にインタビューをしているようだった。



『だって、売ったのは汚れたお人形と使い古した掃除機なんですよね?それがどうして10万円に?』


「10万!?」


驚いて起き上がってしまった。

バイトも出来ない中学生の私からしたらかなりの大金だ。


尋ねられた女性はほくほくとした笑顔で答える。



『売る前に人形について調べたら、マニアの間で高値で取引されてると聞いて、思い切って高値を付けました。

売れるか心配でしたけど、すぐに売れちゃってびっくりしました!

実家の片づけをした時に出てきた埃を被った人形が、まさかこんなお宝だなんてびっくりです。掃除機も型落ちだったけどそれなりに良い値段で売れました。』

『そうなんですね。すごい!』



場面が転換し、

見慣れたフリマアプリのアイコンが数個と

“大活躍!フリマアプリ”というテロップがでかでかと表示された。



『今、家にいる時間が多く、掃除や片づけをする方が増え、こうしたフリマアプリを活用しお金を稼ぐ方が増えています。

皆様も利用してみてはいかがでしょう?家にある物が、思わぬ高値で売れるかもしれません。』


最後、ナレーションがフリマアプリをおすすめしてコーナーを締めた。


「フリマアプリか…。」


手の中にあるスマホをじっと見つめた。






休日明けの学校。

国語の授業が終わり、お昼休憩でいつもの4人と集まり、机を囲んでおしゃべりをしていた。



話題は最近肌寒くなってきたことから始まり、いつのまにかお金がないという話に変わっていった。



「てかさ、マジお金なくない?」

「分かる!ジョニーズの雑誌買ったらお金無くなっちゃった。」

「だよね~。私は服!もう11月で冬物が出始めたから今まで貯めてたの一気に使っちゃって。」


憔悴しきった3人に反し、私は涼しい気持ちでいた。


(出かけないから使わないし、あまり困ってないかな。)


「風花もそうだよね?」


3人の視線が一気にこちらを向く。

突然集まった注目に驚き、思わず

「あ。」と小さい声を漏らしてしまった。

慌てて困り顔をつくる。


「分かる!私も全然ない!」

「やっぱりい?」

「だよね~。親にも言いづらいじゃん?」


一瞬張りつめた空気が解放されてほっと心の中で安堵した。


「何々?なんの話?」

「あ、真帆!」


私たちが集まっているところへ真帆が近寄って来た。

明るくて姉御肌だけど気取ってない、流行に敏感なクラスの人気者である。


「お金ないって話してたんだ~。真帆はお小遣いだけで足りる?」

「ううん。だから、フリマアプリ始めたよ。」

「フリマアプリ!?」


思わず声を上げてしまった。


「あっ。」

「あはは。風花ってば、本当にお金に困ってんだね。」

「そ、そうなんだ~あはは。」


実際は違うが取り繕う。


フリマアプリと聞いて頭に浮かんだ10万円に突き動かされてしまった。


お金には困っていない。

でも、大金が得られるかもしれないというワクワクを味わいたかった。



「じゃあさ、このアプリとかおすすめだよ。」


真帆はスカートのポケットからスマホを取り出していじり始めた。


私たちは息をのんで目を見合わせた。


校則でスマホの持ち込みは禁止されている。

それを真帆は堂々と使っているのだが、みんな何も言わずにじっと彼女を見つめた。



悪いこととは知っていながら、これから教えてもらえるであろう楽しい何かに対する好奇心から、頬が緩んでしまう。


中には先生が来ないか見張ったり、真帆の手元が周りに見えないように盾になる子もいた。


落ち着かない私達とは裏腹に、真帆は淡々とアプリを探していた。



「あ、これこれ。フレンドマーケット。フレマってやつ。」

「フレマ?」


真帆が画面をこちらに見せると、みんな身を乗り出してかぶりついた。


私は一人、首を傾げる。

初めて聞いた名前だ。


「あ!知ってる。ファッション雑誌で特集してた!」

「私も読んだ!友達が出来るフリマアプリなんだよね?」


真帆は得意げに笑った。


「そう!リンスタグラムとかトイッターとかSNSで話題なの!」

「やってみてどう?」

「すっごくいいよ!最初に趣味とか共通点のある人と繋がれるから、物が簡単に売れるし、欲しいものがすぐに見つかるの。

メッセージで仲良くなれるから、うちはフレンドと恋バナとかしてるんだけど、結構盛り上がる。」

「ええー!恋バナ!?」


わっと友達がわいた。


(みんなが知ってるってことは良いアプリなのかな…。でも…。)


話を聞くと魅力的ではあるけれど、いざ知らないものをしようとするととても勇気がいる。


そんな私に気づいたらしく、真帆はスマホの電源を切って自分の席に戻り、メモを片手に戻って来た。


「風花、迷ってるでしょ?」

「え?」

「やってみなって!結構楽しいよ。これ、うちのID。」


手渡されたのは小さなメモ用紙。

そこにはフレンドマーケットで真帆が使用しているIDらしきものが書かれていた。


(まだやると決まったわけじゃ…。)


と言いかけたところでチャイムが鳴り響いた。


わらわらと友達が席に着く中、私はメモを見つめていた。









「いいんじゃないの?やってみれば?」

「え!いいの?」


学校から帰り、夕飯を作っていたお母さんに聞けば、思っていたよりもあっさりと承諾してくれた。


「あんた物持ちなんだからさ、この際に整理しちゃえば?」

「あー、押し入れ?なんか売れる物あるかな…。」

「なーに言ってんの!沢山あるわよ!いくら古いとはいえ、ほとんど新品同然なんだから。」


お母さんは大袈裟にため息をつきながら味噌汁をお椀によそっていく。


「あんた昔っから人に流されやすくて、

やれ、みいちゃんとお揃いの服が欲しいぃ~だの、かのちゃんとお揃いのおもちゃじゃなきゃやだぁ~だの言ってさ。

買ったら結局使わず肥やしになるだけで。そういうのば~っかり!

はい、これ運んで。」

「…子供の頃だからしょうがないじゃんっ。」


あまりにも誇張した、私の子供の頃のものまねにむっとして、不愛想にお椀を受け取り机に並べていく。


「ほんと無駄にな買い物だったわ…。はー…。」

「はいはい分かりました!」

「あ、あれとか売れるんじゃない?」

「なによ!」

「【ピアニカ】。」


久しく聞いていなかった楽器の名前に一瞬静止してしまった。


「…ピアニカ?あの吹いて演奏するやつ?」

「そーそー!」


お母さんは雑多にご飯をよそい始めた。


「ほら、覚えてる?保育園の時のこと。丁度今くらいの時期だったわね。クリスマスプレゼント何がいいって聞いたら、アニメに出てきたのと同じ色のピアニカが欲しいって言って。」

「その変なものまね止めてっ。」


手からお椀を奪い取る。


「はいはい、ごめんごめん。ま、結局そのピアニカ一度も使ってなかったから、そのまま売れるわよ。たしか、オレンジ色のやつよ。」


お母さんは一切悪びれず、ただ笑ってごまかして、お父さんを呼びに行った。


(ピアニカね…。)


私は一人席について、何を売ろうか考えながらご飯を口に運んだ。





宿題を終え、お風呂から上がり、勉強机とベッドしか置けない狭い自分の部屋で毛布にうずまりながら、早速アプリを探す。


平屋の一番奥にあるこの部屋は、冬だとなおさら寒く感じて、毛布を肩上まで引き上げた。



(たしか、名前は…。あ、そうそう。フレンドマーケット、だったけ。)



アプリストアを起動して早速名前を検索する。


すると、それは一番上に出てきた。


アイコンは大きな黄色いハートマーク、

中央には丸っこい可愛らしい形の文字で

“Friend Market ”と書かれていた。



(ダウンロード数10万!?評価は星4.5だ!真帆達が言って通り。すごい人気…。)



このアプリストアでは、ユーザーがアプリを星の数で評価する。

最大でつけられる星の数が5個なので、4.5個はかなり高評価である。


全く知らない名前に不安が募っていたが、ダウンロード数の多さと、レビューの平均評価の高さにその気持ちが一瞬で解けてしまった。



興味がわき、アプリの詳細欄を確認する。


そこには興味を持ってくれたことへの感謝と、管理者の熱い気持ちが書かれていた。


“フリマアプリは沢山あるけれど、どれも物をやりとりするだけ…。人の温もりを求める現代人の皆様のために、まるで商店街のようなあたたかな交流が出来るフリマアプリをつくりました。”



続けて、3つの特徴が上げてあった。



1.しっかり管理されたチャットで楽しいお話!物だけじゃない温かなやりとりが出来る。


2.<趣味><年齢><職業><性格>でユーザーを検索可能。気の合う人と簡単に繋がれるので、スムーズな取引が出来る。


3.黒犬宅配便と連携し、匿名配送を実現!身バレの心配なし!



思っていたよりもサポートが手厚い。


早速ダウンロードしてアプリを起動すれば、簡単な説明の後にプロフィールの設定画面に切り替わった。



(えーっと、名前は風花で、生年月日は…。趣味は特にないけど【吹奏楽部】ってことは書いておこうかな。一人っ子で、性格は大人くて…。)



改めて自分の性格を振り返るのはなんだか恥ずかしい。


だけれど、プロフィールの画像やデザイン、文字のフォントは豊富な種類の中から好きなものを選べるので、思わず夢中になってしまった。


完成させると、『フレンドを探そう』という文字が出て、フレンドの検索画面に切り替わった。


この、“フレンド”というのはフレンドマーケットを使っている人たちの愛称らしい。


画面の右上に、『ID検索』というカテゴリが見えた。


(あ、これで真帆を探せる!)


スクールバッグからメモを取り出して、真帆のIDを検索した。



すると、ピースをしている女の子の写真がパッと表示された。

口元こそ隠しているけれど、印象的な目と着ている制服で真帆だとすぐに分かる。


(真帆いた!本当にやっているんだ…。)


嬉しくなってすぐにメッセージを送る。



『真帆ちゃん!風花だよ。教えてくれてありがとう。』


1分後、真帆から返信が来た。


『ふーか?やほー!ダウンロードしたんだ( *´艸`)ヨロシク』



真帆らしく、可愛い絵文字付きだ。

続けてこんなメッセージが来た。



『プロフィールは完成したんだね。そしたら、フレンド検索のところに“おすすめ”っていうボタンがあるからタップしてみなよ。プロフィールを元に気が合いそうなフレンドをピックアップして教えてくれるから。』

『そうなの?ありがとう!』



真帆が言うように、フレンド検索の画面に行くと、ID検索の隣におすすめというカテゴリがあった。


タップすると、丸いトップ画像がフレンドの名前と並んでズラッと表示される。

試しにプロフィールを確認して驚いた。


どの人も、吹奏楽部だったり楽器が好きだったり、同い年の子だったりと、自分と同じ共通点のある人ばかりだったのだ。


試しにメッセージを送ると、初対面だというのに性格が合い、知り合って数分とは思えないほど会話が盛り上がってしまった。


(すごい、真帆が言ってたのってこういうことなんだ。プロフィールを元に気が合う人と出会えるから、友達が出来るし、メッセージのやり取りがめちゃくちゃ楽しい!

これははまっちゃうかも。)



いらないもので大金を掴む、という本来の目的を忘れ、フレンド探しの虜になった私はおすすめに出てくる丸い画像の群れをスクロールしていた。



自撮り写真や風景写真などの画像が並ぶ中、

あるユーザーのアイコンに目が留まる。


“ひとよ”という三文字の名前のその人。


その人は、水色のワンピースを着た50代くらいのおばさんが木の側に立ってこちらを見て笑っている写真をトップ画像にしていた。


その写真の画質はかなり悪く、恐らく、古いアルバムの写真をスマホで撮ったような感じの画像で、辛うじてカラーではあるものの、

よく見なければぱっと見それが何なのか分からないものだった。


世間で流行りの、写真映えがしそうな画像が並ぶ中で、ひとよさんのその古ぼけた画像は少し浮いていた。


気になってプロフィールを開く。


名前はひとよ。

60代女性で、スマホにまだ慣れていないので、息子に手伝ってもらっているらしい。


トップ画像の写真は、30代の頃に子供達とお花見に行ったときに撮った思い出の写真とのことだった。


プロフィールを見てから写真を見ると、女性の笑顔がなんとも優しく感じられる。


(てっきり若い人だけだと思っていたけれど、幅広い年代の人が使っているんだな…。)


ひとり感心しているところへ、新着メッセージの通知が表示された。


真帆からだった。



『ど?気の合うフレンドは見つかった?(‘ω’)ドキドキ』


明るく軽い調子のメッセージにほっとする。


『うん!めちゃくちゃ気が合う人ばかりで楽しい!フリマアプリってこと忘れちゃってたよ。』

『でしょ!?やってみると分かるけど、やっぱり気が合うから、取引も値段交渉もスムーズなんだよね。あ、そうそう。ふーかは私のことフレンド登録してくれた?』

『フレンド登録?』

『うん。フレンドリストに登録されるから、一回一回ID検索する必要ないから便利だよ!

 実は、メッセージのやり取りはフレンド登録してないと、アプリ閉じたら消えちゃうんだよね(^^;)』

『そうだったんだ!ありがとう!』

『最初の説明でちらっと書いてある程度だから見逃しちゃうよね(笑)

アイコンの右下にある+のマークがあるでしょ?それポチッとしたらOK!』

『分かった!登録するね!』



私は慌てて真帆のアイコンについているプラスマークをタップした。


画像が大きく表示されて、その下に文章とはい・いいえの選択肢が表示される。



『真帆をフレンドリストに入れますか?』


私は迷わずに“はい”を選んだ。









今日は土曜日。


真帆から物の売り方を教えてもらった私は、早速、押し入れの中のものを一通り外に引っ張り出していた。


「ふう…。」


一息ついて床にお尻をつく。


目の前の物の山を見ると、悔しいけれどお母さんが言っていたことが本当だということが分かった。


埃をかぶってはいるしデザインなどは古いものの、どれも汚れは少なく、ちょっと手入れをすれば新品としてでも売れそうな感じだ。



(早速、売れる物のとそうじゃないものを分けよう。)



フリルたっぷりの子供用のブラウス、幼児向けアニメのグッズ…。


懐かしいものが次々と出てきて、時々手が止まってしまう。


(服は売れそうだからこっちに置いて、使ってないとはいえ、キャラクターものの鉛筆は流石に売れないかな…。…あれ?)


ものの山が崩されていき、そこでようやく、お母さんが言っていたピアニカが無いことに気づいた。


「あれ?確かに押し入れに入れたって言ってたけど…。」



ガタン



押し入れの中で、何かが倒れる音がした。



音のした方に目をやる。


押し入れの襖が、少しだけ開いている。


家が古くてすっかり立て付けが悪くなってしまったので、ちゃんと最後まで閉めないと襖がしっかり閉まりきらずに、【隙間】が出来てしまうのだ。


その隙間に手をかけてぐっと力を込めて開く。


中断棚で仕切られたいたって普通の押し入れは、上段に学校の用意や部活の道具などを置いていて、下段の方にいらないものを押し込んでいた。


すっかり綺麗になったはずの下段の奥の方に、ぽつん、と埃を被ったオレンジ色のピアニカのケースが横に倒れていた。



(あれ、あんな隅にあったんだ。)


私は這いつくばってそこまでいき、片手で取っ手を掴んで腹ばいで戻った。


表面の埃を軽く払う。


傷一つないプラスチックのケースで、開閉も悪くない。

部品も揃っていて、鍵盤も問題なく叩ける。

ホースには穴が空いておらず、中も綺麗で問題なさそうだ。


(なんだか、これが一番高く売れそうな気がする。)


ケースを眺めていると、にんまりとしたいやらしい笑みがこぼれてしまう。



ピアニカを売る物の山の一番上に乗せて、売れないものをまた下段に突っ込む。


始めはぎっしりと詰まっていたのに、今は丁度人一人座れるほどのスペースが出来た。 



(かくれんぼでも出来ちゃいそう。)



ふと、そんなことを考えてしまった。


子供の頃遊んだおもちゃなどに触っているうちに、無意識に童心に還っていたみたいだった。


(いや、流石に今はしないよ。うん。)


急に恥ずかしくなって、隙間が出来ないように力を込めて襖を閉めた。



そのまま、私は真帆に教えてもらった通りに、写真を撮ったり値段を設定したりしてアプリに売り物を登録していく。


そんな具合で1日かけて作業をし、すべて終えた頃には達成感を感じて、半ば意識を失うようにして眠った。








首を寝違えてしまったのは、変な姿勢で眠ってしまったせいだろうか。


不機嫌な顔をして起きてきた私を母がからかうが、敢えて無視してソファに不愛想に腰を下ろした。


スマホの電源を入れて、入って来た通知に目を見開いた。


「お母さん!売れた!」

「え?ああ、昨日頑張ってたこと?昨日出品したばかりなのにもう売れたの?」



興奮そのままにアプリを開く。


購入した人からのメッセージが届いていた。



『メッセージをやり取りしていて、風花さんの優しさに好感を持てたので、きっと子供服も写真と一緒で状態が良いと思ったから購入を決意しました!届くの待ってるね。』


『子供の頃に好きだったキャラクターのおもちゃを風花ちゃんが出品してくれてびっくりだし嬉しい!やっぱり同い年だね!』



購入してくれた人のほとんどが、メッセージをやり取りして仲良くなった人だった。


真帆が言っていたけれど、ここまでやりとりが楽で簡単だとは…。



「梱包して送らないと!お母さん手伝ってね!あ、ああ!ピアニカも売れたよ!」


浮き足立って満面の笑みで購入者を確認する。


「あ。」


表示されたのは、あの古い写真の画像。


購入者はひとよさんだった。



『はじめまして。ピアニカを売ってくださらないかしら。』


とても丁寧な文章のメッセージに背筋がすっと伸びる。


相手は年上だから、失礼のないようにしようと努めて返信を打つ。


『はい。大丈夫です。』

『良かったわ。購入するのは初めてなの。』

『そうなんですか!最初が私だなんて嬉しいです。』

『文章おかしくないかしら。まだ慣れないの。』

『変じゃありませんよ!』

『良かったわ。私ね、本当に欲しかったの。

 風花さんは中学生で吹奏楽部なのよね。私も昔、吹奏楽部だったのよ。』

『そうだったんですか!楽器は何を演奏されていたんですか?』



思わぬ共通点に親近感を覚え、そこから話に花が咲いた。


ひとよさんは言葉遣いが丁寧で、上品で優しい女性だった。


子供達が可愛くて一生懸命育児をしてきたこと、

男の子しか生まれず本当は女の子が欲しかったこと、

子供達が結婚して手から離れて寂しかったが女の子の孫が生まれて嬉しかったことを教えてくれた。


スマホを始めたのも、お孫さんと電話が出来るようになるためだという。


家族思いで懐の深い、素敵なおばあさんだという印象を受けた。



『ところで、荷物はどのように届くのかしら。』


話に区切りがついた時、ひとよさんがこう質問をしてきた。


『黒犬宅配便で届きますよ。アプリの説明では、匿名配送で購入した人に着払いで届くみたいです。時間指定とかが必要ですか?』

『丁寧にありがとうね。そうなのね。ねえ、わがまま言って申し訳ないんだけれど、

ツバサ運輸で届けていただくことはできないかしら。』


ツバサ運輸は黒犬宅配便に次ぐ大手の運送会社で名前は知っていた。


黒犬も十分有名な会社なのになんでわざわざ別の会社を指定するのか気になった。


『ツバサ運輸ですか?』

『そうなの。いつも利用しているところがそこで、届けてくださる人が顔なじみで安心なの。この年だと、やっぱり知らない人が家に来るのが怖くて。』



理由を聞いて納得した。


離れて暮らすおばあちゃんも、顔見知りの郵便局員さんが来ると安心するって言っていたのを思い出した。



『分かりました!ツバサ運輸で送れるコンビニが近所にあるのでそこから送ります!』

『あら、わざわざごめんね。荷物重いでしょう。いくら近くとはいえ、結構歩かない?風花さん女の子だから、申し訳ないわ。』



メッセージをやり取りしていて分かったが、ひとよさんは他人に気を遣いすぎてしまうところがある。


ひとよさんに気を遣わせてはいけないと、慌てて返信した。



『ひとよさん、大丈夫ですよ!本当に歩いてすぐなんで!家のすぐそばにあるんですよ。』



少し時間が経ってから返信が来た。



『遅くなってごめんなさいね。息子に中学生の女の子にこんなにやらせていいものかと相談していたの。風花さんの言葉で安心したわ。届くのが待ち遠しいわ。待っているわね。』



年下の、しかも子供の私にここまで気を遣ってくれるなんて、やっぱりひとよさんは優しい人だ。

この人の力になりたいと思った。



その日のうちに商品を出品した。


ひとよさんだけは、近所のコンビニから送った。


着払いの伝票に、一切漏れがないように記入して段ボールに貼りつける。



(無事に届きますように。)


そんな願いを込めて。



翌日、ひとよさんからメッセージが届いた。


『荷物届いたわ。風花さん、ありがとうね。とってもとっても嬉しかったわ。ようやく願いが叶ったわ。』

『良かった!届いたんですね。そんなにもピアニカが欲しかったんですか?』


少し時間が空いて返事が来た。


『そうなの。言い忘れていたのだけれど、保育園に入園する孫娘のクリスマスプレゼントにね。だから、【クリスマスイブ】には間に合わせたくて。』


「クリスマス…。」


思わずつぶやいた。


あのピアニカは、お母さんがクリスマスプレゼントにと買った物、それが回りまわってひとよさんのお孫さんの元へと、しかも、同じ理由で届けられるなんて。


そう思うと、運命のようなものを感じた。


『ひとよさん、実はあのピアニカは、私がお母さんからクリスマスプレゼントにもらった物なんです。』

『そうなの。そんな偶然があるのね。運命みたい。』

『はい!私もびっくりしました。大切にしてくださいね。お孫さん、喜んでくれると良いですね。』

『ええ。きっと喜ぶわ。』


私は不思議な巡りあわせに頬をほころばせた。







あれから数日経ち、月をまたいで12月になった。


特に売る物がなかった私は、すっかりフレンドマーケットの存在を忘れていた。



「やばい!こんな時間!」



私は慌てて制服を着て、押し入れから鞄を掴みだし、慌ててリビングへと飛び込んだ。


机の上にはおにぎりが一つ置いてある。


「もう!何度起こしても起きないからほっといたよ!おにぎり持って行って食べな!」

「ごめん!お母さん。ありがとう!」


早口で言ってその場を後にした。






お昼休みにまたいつものグループでわいわい話をしていた。


「あ、そういえばさ、風花はフレマやってどう?」

「…あー!そういえばやったな~。最近やってないけど、真帆ちゃんが言ってた通り!友達が出来てめちゃくちゃ楽しいよ。」

「そうなんだ!私もやろうかな。」

「あ!真帆ちゃん!」


私は真帆を見つけて側に近寄った。

真帆が首を少し傾げる。


「何?どうしたの?風花。」

「真帆ちゃんに直接お礼言うの忘れてたなって。」

「え?なんかしたっけ?」

「ほら、フレンドマーケット!教えてくれてありがとうね!めちゃくちゃ楽しかったよ!」

「あ、ああ!あれね。いいよいいよ。」

「また今日メッセージ送るね!」

「あ、うち、あれやめちゃった。」

「え?」


おすすめしてきた張本人が先にやめてしまったことに驚いた。


「え?どうしたの?なんかあったの?」

「実はさ…アイコンにしていた写真から出身中学がばれちゃって。」

「え…?」

「いや、何もなかったんだよ?向こうはただ世間話的なノリでこの中学出身なんだねってメッセージを送ってくれたんだけど、写真の制服から身バレしたことが怖くなっちゃってさ…。」

「え、それは怖いね。」


と同意したところであることを思い出した。


(そういえば、ひとよさんに荷物送る時、自分の住所書いちゃった…。)


「風花?」


真帆が心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「真帆ちゃん、私、やばいことしちゃったかも。」

「え、え?どういうこと?」



私は今までの経緯を真帆に話した。


真帆は明るく笑い飛ばした。


「考えすぎだって!本当にただツバサ運輸が使いたかっただけだよ。ごめんね?うちの話で心配させちゃったかな?」

「ううん!大丈夫。」

「気にしすぎだって!ね?」

「うん。そう、だよね。」


元気づけてくれる真帆に少しだけ心が軽くなったが、一度生まれてしまった不安は、もやもやと心の底に渦を巻いていた。







ひとり重い気持ちを抱えたまま帰宅する。


ローファーってこんなに重かったっけ?


(いや、ひとよさんに限ってそんな…。でも…。)


頭の中を色んな考えがぐるぐるとする。


(今も、誰かに後をつけられたりして…。)


ガサッと背後で音がして振り返る。

ただ、民家の垣根から猫が飛び出しただけなのだが、心音がばくばくとうるさくなった。



(や、やだな、ただの猫なのに…。)


誰かがついてきているかもしれない。


そんな妄想が浮かんで、急に怖くなり、速足で家に向かった。





ガタッとドアがきしむ。


家に誰もいないようで、鍵がかかっていた。


(今日に限って誰もいないの?お母さんは買い物かな?)


鍵を鞄から取り出してガチャリと回し、家に入る。



玄関からまっすぐのびる狭い廊下の先に自分の部屋が見える。


電気がついておらず、薄暗いその部屋からは、隙間風か冷気が流れ出て足元にまとわりつく。


足の運びが、何かを警戒するかのように、ゆっくりとなる。


踏みしめる度に床板がきぃっときしみ、その音が耳障りなほど大きく聞こえる。


何の変哲もない、ただの部屋のドアの前で立ち尽くしてしまった。



(だ、大丈夫だって。何をそんなに怖がってるの。)



意を決してドアノブを握り押し入った。



寒い。


異様に部屋が寒い。


慌てて出た部屋は、布団がぐちゃぐちゃのまま。

押し入れの襖だって、鞄を取り出した時に焦って閉めたそのままで、隙間が少し開いている。

朝となんら変わりのない景色なのに、ただ、



(隙間風…?いや、おかしい。だっていくら隙間風でもこんなに寒くなるはずない。)



怖くて動けなくなっていると、玄関から人が入ってくる音がした。


遠くから、ただいまー、風花帰ってるの?というお母さんの声が聞こえ、慌てて部屋から飛び出した。






「お母さん!」


自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。


部屋が異様に寒いこと、誰かに後をつけられている気がして怖かったことを説明しようとするが、言葉が上手くまとまらない。



お母さんは上がり框にどさっと買い物袋を置いてやれやれといった具合に呆れ顔を浮かべた。



「帰って早々うるさいわねえ。あ、そうそう。お昼にあんたの部屋の床だけ掃除しだんだけど、窓開けて換気しておいたから。」

「窓、開けた…。」

「寝坊したから部屋がぐちゃぐちゃだったわよ。もう中学生なんだから自分で片付けてね!まったく、そろそろ自分のことは自分で…。」

「窓を開けて、換気…。な、な~んだ、そういうことかあ!だから、寒かったんだあ…。」



説教するお母さんの側で、安堵した私はしゃがみ込んだ。



「え?なに?どうしたのよ?」

「ううん!なーんでーもないっ。」


不穏な妄想がパーッと晴れて、私はぴょんと立ち上がる。


「なんだか知らないけど…。着替えてきたら?制服がシワになっちゃうし。」

「あ、うん。着替えてくる!」


どたどたと走って部屋にいき、鼻歌を歌いながらリボンをほどく。




(ん?)




視界の端、机の上に何かが置いてあることに気づいた。


タイをベッドの上に放って近づいてみれば、それは、一枚の紙だった。


手書きでなにやら書かれており、表を上に向けてそこに置いてある。



(さっきは気づかなかった…。なんだろ、お母さんの忘れものかな?)


どんなことが書いてあるか気になって、手に取る。


そこには、お世辞にも綺麗とは言えない文字でこう書いてあった。




『風花ちゃん 今日の朝はばたばたしていたね

 風花ちゃんに嘘をついてごめんなさい

 本当はピアニカなんていらないし

 孫なんていない それどころか 

 夫もいない

 あの写真はネット上で拾った 

 私の理想の女の人に近い写真

 だけど 

 女の子の母親になりたいっていうのは

 本当なのよ 嘘じゃないわ

 大人しくて優しくて一緒に

 楽器を演奏できるような娘が欲しかったの

 風花ちゃんを見つけて 

 本当に理想の女の子で

 神様から私への

 クリスマスプレゼントだと思ったわ

 だからすぐにフレンドリストに

 風花ちゃんを入れたの

 だってあれはフレンドマーケット 

 気に入った人と仲良くできて 

 欲しいモノが手に入れられる

 アプリなんでしょ

              ひとよ』





紙がパサリと手から滑り落ちる。



叫ぼうにも声が出ず、身体が震え、目に涙が込みあがってきた。



読んでいる最中、じっとりとした視線のようなものを感じていた。



恐怖で見開かれた目が、気配を感じる方へとゆっくりと動いていく。



そして、ある場所を凝視し、動きを止めた。





押し入れは、隙間なく、ぴったりと閉じられていた。


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