ShortStory3 「ヒーロー 中編」
ShortStory3 「ヒーロー 中編」
「カッコ悪いですっ!」
「っっ!また、おまっっ」
椋が遥斗に声を掛けた瞬間、遥斗は椋に背を向けて走って逃げ出した。
最近はそんな事を繰り返しながら、椋に自分の思いを「喧嘩はだめ」伝えているはずだった。椋が喧嘩をしている時、授業をさぼっている時、帰宅する時………時間がある時に、椋の元へ言っては声を掛ける。その繰り返しだった。
「おまえ、椋先輩相手によくやるな……」
「だって、本当に勿体無いから」
「そんな事言っても話聞いてもらえてないだろ?」
そんな日が数週間続いたある放課後。
いつものように校庭で友達と少し遊んだ後に帰宅しようという時に友人が遥斗がそう声を掛けた。毎日繰り返させる出来事を呆れたようで見ているようだった。
「そんな事ない!きっと、俺の話を聞いていつかはヒーローになってくれるさ」
「ヒーローっておまえ……ガキかよ」
「椋先輩にもガキって言われ過ぎててそうなのかなって半分思い始めてるよ」
「まぁ、ガキっていうよりしつこい奴だけどな……………!!」
遥斗の隣を話しながら歩いていた友達が驚い様子で前を見ていた。そして、少しずつ表情が恐怖で歪み始めた。その変化を怪訝に思い遥斗がその視線をおうと、その先にはズボンのポケットに手を入れ、こちらを睨み付ける椋の姿があった。いや、2人を睨んでいたわけではない。遥斗だけだ。
友人はすぐに身をすくめ「お、俺、先に帰るわ!」と、逃げてしまったが、遥斗は全く気にしなかった。
この状況が、むしろ嬉しいと思ってしまったのだ。
ずっと追いかけていた相手が自分から来てくれたのだ。少しは自分の話しが届いたのだろうか。そう思えた。
「椋先輩。もしかして、話を聞きにきてくれたんですか?」
「………違う、忠告だ。俺にもう構うな。面倒だからな」
「嫌です」
「おまえな………」
頭をかきながら椋はため息をついた。
その後に、前髪をかき上げながら椋は遥斗を今までで1番冷たく鋭い視線を向けた。彼が激怒しているのはわかる。鬼の形相というよりは、内面から出る凍るような表情で、さすがの椋も身が震えてしまった。こんな表情をする椋は、幾度となく喧嘩を繰り返したのだろう。
「俺は警察に憧れてる。けど、頭も悪いし、力だって強くない。背も高くない小さい体………だから、ずるい!椋先輩は強くて、頭も良くて、体も大きいのに……何で喧嘩なんかに使うんだよ!!」
「…………それはおまえの夢だろ。押しつけてくんな」
「嫌です」
「おまえっ、本当にうるさいんだよっ!!」
カッとなった椋が右手で拳をつくり、思い切り遥斗の頬を殴りつけた。彼の動きは素早く遥斗はすぐに反応出来ず、そのまままともに拳を受け、体が後ろにとんだ。
気づいた時には、地面に倒れており頬は痛み、口の中は鉄の味に支配されていた。
痛い。そのはずなのに、遥斗は椋の顔を唖然と見つめていた。
椋が遥斗を殴ったはずなのに、誰よりも悲しげな表情をしていたのは椋自身だった。
その表情から目が離せず、そして、やはり椋はこんな辛そうな顔を見せて自分を傷つけながら手をあげてしまっているのだ。そう思った。
「………もう俺に構うな」
「…………」
椋は遥斗に背を向けて歩いて行ってしまった。
頬を押さえながら、「絶対に諦めない」と心の中で誓いながら椋を見送ったのだった。
次の日。
遥斗はすぐに行動した。
朝早くから家を出て、学校には向かわずに椋が登校してくる方向で、彼を待ち伏せする事にしたのだ。その道はあまり人が通らない、静かな住宅街だった。小さな公園があり、そこに身を隠して椋が来るのを待った。
すると、登校時間を少し過ぎた時間に、とぼとぼと歩く椋の姿を発見した。
勝負は1回。失敗したらおしまいだ。遥斗は大きく息を吐いた後、じっと彼が来るのを待った。ザッザッと彼の足音が聞こえてきた。
遥斗は、その音が耳元に聞こえた瞬間に、隠れていた木の影から勢いよく飛び出した。
すると、突然飛び出てきた遥斗に驚いた椋は、その場に固まり目を大きくしてこちらを見ていた。チャンスだ。そう思い、遥斗は考えていた事を行動に移した。
遥斗が考えていた事。
「…………なっ…………っっ!!」
遥斗は昨日、椋にやられたように、彼の頬にに向かって思い切り拳を叩きつけ殴ったのだった。
体格さや年齢、そして経験不足からなのか、椋の体は驚きで体をよろけさせただけで、遥人のように体が倒れる事はなかった。だが、彼の頬は赤くなり、唇の端から血が流れ始めていた。
「椋さん、俺とかっこいい警察になりましょう!絶対楽しいです!かっこ悪いことはやめてください!」
殴った勢いのまま、椋に向かってそう大声を発してしまう。
何故、椋が殴ってから悲しい顔をしたのか。それが遥斗には理解出来なかった。
だが、今実際にやってみてわかった。
人を殴るという事は、痛くて、虚しくて、悲しいのだ、と。
「カッコ悪いカッコ悪いうるさいな………!!俺はおまえより断然に強い。それの何が悪い!?」
椋は遥斗の胸ぐらを掴み、遥斗の顔を睨み付けながらそう怒鳴った。殴られた時と同じようは迫力があったが、遥斗はグッと怖さを自分の中の押し込めた。
「強いのにいじめてるからカッコ悪い。強くて頭もいいのにカッコ悪い事してるから、カッコ悪すぎるんだ!」
「………おまえ、バカだろ?それしか言えないんだな」
また、殴られると思っていたが、椋は何故か突然吹き出し笑い始めたのだ。服を掴んでいた手も離れた。
「くくくくっ………何かばからしくなったわ」
笑いを我慢出来ず、口元を隠しながら笑う椋を見て、遥斗も思わず笑みがこぼれた。
「面白い奴だな、おまえは」
「遥斗だよ」
「………遥斗か。昨日は悪かったな」
そう言って、手を差しのべてくれた椋の手を遥斗は力強く握りしめた。
その日から、2日のヒーローへの道は始まっていたのかもしれない。
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