第12話「深い愛の音」
12話「深い愛の音」
「これってウエディングドレス………。」
たくさんのドレスに囲まれて、花霞は目を輝かせた。女性にとって憧れの純白のドレス。
花霞はくるくるとそのドレス達を眺めていた。
「花霞ちゃん。」
「あ、椋さん!」
部屋の奥から出てきた椋が、花霞を呼んだ。花霞は振り向いて彼を見ると、彼も髪をしっかりとセットしていた。かきあげた前髪が少し垂れているのが、とても色っぽく大人らしさを更に増していた。
「椋さん………かっこいい………。」
「ありがとう。花霞ちゃんは、ますます綺麗になったね。自慢の妻だ。」
「ありがとうございます。あの………これは………。」
「誕生日プレゼントだよ。結婚式は挙げな代わりに、写真だけでも残しておきたくて。俺と花霞ちゃんが結婚したって思い出に。」
「…………写真。」
嬉しい言葉のはずだった。
椋とドレスを着て、結婚の思い出に写真を残す。ウエディングドレスを着たいし、彼に見てもらいたいとも思う。
けれど、椋の言葉が引っ掛かってしまい、花霞は何故が切ない気持ちになった。
彼は期間が過ぎたとき、どんな事を言うのか。そんな不安を感じる言葉だった。
「花霞ちゃん?………もしかして、イヤだった?」
花霞の表情が暗くなったのを察知したのか、椋は申し訳なさそうに花霞に声を掛けて。
それを花霞は慌てて否定をした。
「そんな事ない………ウエディングドレスは着てみたかったし、やっぱり憧れだから………。」
「そっか。じゃあ、せっかく綺麗にしてもらったし、2人で選ぼう。ウエディングドレスとタキシードを。」
「うん!」
彼を心配させないように、花霞は笑顔で返事をした。
椋の気持ちを知りたい。けれど、彼が今教えてくれるはずもないだろうと、花霞はわかっていた。それならば、今悩んでいても仕方がないはずだ。
花霞は、誕生日という今日を楽しもうと、不安な気持ちは1度忘れることに決めた。
そして、2人でウエディングドレスとタキシードを決める事に集中した。
椋は花霞が似合うものをよく理解しており、「これが似合うんじゃないかな。」と言うものを着ると、何故かしっくりくるのだ。そんな彼は自分の物を何点かすぐに決めてしまい、花霞が選ぶのを楽しんで見ていた。
そして、白のウエディングドレスを2着と、黄色のドレスを選んだ。
ウエディングドレスは花霞が憧れたプリンセスラインのロングトレーンのもの。そして胸元の花の刺繍が繊細で美しいスレンダーラインのウエディングドレスは椋が勧めてくれたものだった。どちらか1つ選べなかった花霞に椋が「どっちも写真に残そう」と言ってくれたのだ。
黄色は淡い色のもので、そのドレスも椋が選んでくれた。「花霞ちゃんは、出会ったときタンポポのイメージがあるから。」と言ってくれたのが嬉しくて、花霞はそれに決めたのだ。
花霞が花が好きだと話をしていてくれたようで、写真を撮るスペースにはたくさんの花が用意されていた。それで写真を撮るのは、どうも緊張してしまい、花霞の表情は固くなってしまっていた。
けれど、椋が何気ない言葉を掛けてくれたり、「可愛い可愛い。」と何回も褒めてくれたりしたおかげか、少しずつ緊張もほぐれていた。
ホテルの敷地内にある立派な教会でも何枚か撮影をさせてもらった。花霞が選んだロングトレーンのドレスは教会で映えるものだからと、スタッフさんが提案してくれたのだ。
花霞は椋と一緒に綺麗なステンドグラスを見ていたり、何気ない話しをしているうちに、撮影は全て終わったのだった。
「花霞ちゃん、お疲れ様。どうだったかな?喜んでくれた?」
「うん!とっても楽しかった。少し緊張したけど、ドレスを着れたのは嬉しかったなぁ………。この年で恥ずかしいけど、お姫様になれたみたいで。」
「そっか。それはよかった。」
そういうと、椋は花霞にゆっくりと近づいて花霞の頬に触れた。
目の前の彼はシルバーのタキシードを着て、前髪を少しかきあげており、いつもより色気がある大人の男性に見えた。もちろん、彼は年上だし立派な大人だ。けれど、花霞にとって理想の王子様そのものだなと思って惚れ惚れとしてしまうのだ。
「俺と結婚してくれて、ありがとう。こんな可愛いお嫁さんを貰えて嬉しいよ。」
「………椋さん、いつもそう言ってくれるけど。………その、私も椋さんと結婚できて良かったと思ってるんだよ。こんなに幸せでいいのかなって。」
「…………花霞ちゃん。」
普段はなかなか言えない言葉。
それがドレスを着て、そして綺麗にしてもらったからだろうか。それとも教会の中だからなのか。素直な気持ちを彼に伝えることが出来た。
花霞の言葉を聞き椋はとても嬉しそうに微笑んだ。
「今日は君の誕生日なのに、俺がプレゼントを貰ったみたいだ。花霞ちゃんのその姿と言葉、忘れないよ。」
「…………私もです。」
花霞は、自然と目を瞑って彼のキスを待っていた。ここでキスをして欲しい。結婚式で誓いのキスをするかのように、花霞は椋からのキスを優しく受け止める。
願わくば、この関係が長く続きますように。
花霞は心の中でそう願っていた。
写真の出来上がりは後日という事で、撮影が終わった2人はホテルのレストランで遅い昼食を食べ、帰宅する事になった。
メイクや髪型を撮影用から普段用にして貰った。プロにしてもらうメイクやヘアスタイルはどちらも自分より綺麗にして貰えて、花霞はとても嬉しかった。それに撮影で使ったドライフラワーを小さなブーケにして記念にいただいたのだ。綺麗にしてもらえお土産まで貰えて、花霞はとても嬉しかった。
「花霞ちゃん、嬉しそうだね。」
「うん。楽しかった。こうやって綺麗にしてもらえて嬉しいし、写真も楽しみだし……。ブーケもとっても可愛い。」
「そっか。それはよかった。」
「椋さん、ありがとうございます。」
「いいんだよ。俺も沢山プレゼント貰えたから。」
そういうと、花霞をギュッと抱き締めた。今はホテルの駐車場。そこに停められた椋の車の中にいた。
地下の暗い中とはいえ、花霞はとても恥ずかしくなってしまい、戸惑いの声を上げた。
「りょ、椋さん………ここ、外ですよ?誰かに見られたら。」
「我慢出来ない。………可愛すぎたんだ、撮影の時の君も。今の君も…………。」
いつもは優しく抱き締めてくれる椋だけれど、この時は違った。
力強く抱き締めてきたのだ。花霞は苦しさを感じながらも、それが嫌だとは思わなかった。
ずっと、こうしていて欲しいとさえ思った。
「わ、私も………。」
「…………ん?…………。」
「私も、椋さんがとってもかっこよくて………ドキドキしてた。結婚式の写真を一緒に撮れて幸せだったし、それに………今も嬉しいって……感じていて………。」
「花霞ちゃん………。それは、反則じゃないかな…………。」
「でも、本当の事だから。」
「花霞ちゃんが、悪いんだからね………。」
「え………んっ………っ…………。」
椋の腕から解放されてしまったと思ったけれど、すぐに彼の腕が頭の後ろに周り、また引き寄せられたと思ったら、口を塞がれた。
そして、今までしたこともないような深いキスをされる。唇も言葉も、呼吸をも食べられてしまいような、深い深い口づけだった。
吐息と水音が車内に響く。
けれど、そんな事を気にしていられないぐらいの激しい彼からのキスに翻弄されてしまう。
「花霞ちゃん、好きだ………。」
唇が離れたほんの少しの間だけ、彼が言葉を囁いてくれる。
体の中心から熱を感じ、力が抜けてしまうほど椋のキスを深く感じながら、花霞は彼の唇をいつまでも受け入れ、気づくと自分からも強くキスを望んでいたのだった。
甘い時間は、しばらくの間続いたのだった。
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