第7話「夢と決意と」






   7話「夢と決意と」






 椋との生活が始まって3日目の夜。(1日目は寝込んでいた。)花霞はテーブルに向かって、んーっと悩んでいた。



 「どうした?何かわからない所でもあった?」



 食器の片付けまでしてくれた椋が、頭を抱えている花霞を見て、リビングに来てくれた。隣に座り、花霞が見つめている紙を覗き込んだ。



 「婚姻届、書くところ多いよな。………どこで悩んでるだ?」

 「………証人っていう欄なんだけど。私、両親はもういないし、親戚とも今は会っていないし………どうしよう。」

 「あー、そこは友人でもいいみたいだよ。俺も知人にしたし。」



 椋にそう言われて彼の欄を見ると、確かに鑑ではない名字が書かれていた。



 「椋さん………ご両親は?私、挨拶に行かなくていいのかな………。」

 「俺も両親はいないよ。父親は昔に離婚していないし、母親も他界してる。」

 「………そうなんだ……。」

 「落ち着いたら、お互いのお墓参りでもしようか。俺も花霞の両親に謝らなきゃいけない。」

 「謝る?」

 「期間限定の結婚に付き合わせて、すみませんって。」



 椋は苦笑しながらそう言う。けれど、花霞は首を横に振り微笑んだ。



 「それは私が決めたことだから。普通に結婚の報告をしたいです。………その方が、両親も喜ぶと思うし。」

 「………そうか。わかったよ。」

 「じゃあ、この保証人は職場の友人に書いてもらいます。これ、預かってていいかな?」

 「うん。よろしくね。」


 

 他に婚姻届けの不備がないかを確認した後、1度、花霞が預かる事になった。

 


 「じゃあ、次の休みが合うのは数日後だから………その時に出しに行くので大丈夫?」

 「はい。」

 「そっか!楽しみだなぁー。本当に奥さんになってくれるのかー。」



 椋は、微笑みながらソファの背もたれに体を預けながらゆったりと座った。

 


 「あの、椋さん。しっかりと決めておきたい事があるんですけど……。」

 「ん?何?」

 「家事の分担の事です。いつも椋さんがやってくれるので………。私も一通り家事は出来るので、分担しませんか?」

 「そんなに気にしなくてもいいのに。花霞ちゃんは真面目だね。」

 「………家賃とか光熱費とかまで払ってもらってて………私が家事を全部やってもいいぐらいなのに。」


 

 花霞は、椋がテキパキと仕事をこなしてしまい、気づくと彼がやり終えてしまうのが気になっていた。仕事は自分で見つけなければいけないのはわかっているが、椋は起きるのも早ければ、寝るのも花霞より遅い。一緒に寝ているはずだが、いつも仕事が片付いているのだ。

 椋が起きるのが早いのか、それとも花霞が寝た後に起きて仕事をしているのかわからないが、彼の仕事量は多いはずだった。

 たった3日目だったけれど、それはすぐにわかった。



 「お金の事は気にしないで。」

 「だったら、せめて家事はさせてください!」

 「んー……俺、料理は趣味なんだよね。だから、ご飯とか弁当は作りたいな……。」

 「では、掃除とか洗濯はやらせてくださいっ!」

 「…………ゆっくりしててもいいのに。」

 「やらせてください!」



 強い視線で、椋に詰め寄る。

 すると、椋はやっと観念したのか「わかったよ。」と、言って「料理以外のものは花霞ちゃんに任せる。」と、認めてくれたのだ。



 「本当ですか!?ありがとう、椋さん。」



 花霞はにっこり笑って手を合わせて喜ぶと、椋は苦笑しながら「今までで1番笑ったのが家事を任せた時なんて………、面白いね。花霞ちゃんは。」と、言って喜ぶ花霞を見て微笑んだ。




 「じゃあ、早速洗濯しちゃいますね。」



 と、立ち上がろうとした時だった。

 椋は、花霞の手を取って引き留めたのだ。

 


 「椋さん?」

 「花霞ちゃん。ちょっと話しがあるから座ってくれないかな?」



 椋は、ポンポンッとソファを叩いて、ここに座ってと花霞を促した。

 花霞は不思議に思いながらも、彼に従いソファに座った。

 


 すると、椋は花霞の方をしっかりと向き、真剣な表情で見つめた。いつもと違う様子に、花霞も彼の方を向いて座り直す。



 「俺と花霞ちゃんは、まだ会って数日なのに結婚なんて、普通なら考えられないような事をしようとしてる。そんな俺の無茶な願いを、叶えてくれて感謝してるんだ。それに、この数日で君がどんなに純粋で素敵な女性かわかったよ。そんな花霞ちゃんに会えて俺は幸せだよ。」

 「椋さん………。」

 「ありえない結婚かもしれない。すぐに別れてしまうのかもしれない。けど、夫婦の間は君を大切にするよ。」



 そういうと、服のポケットから小さな箱を取り出した。

 その黒くて小さな声箱を見た瞬間。花霞の胸はドキッとした。女性が憧れ続けるシチュエーションだ。



 「本当はここで、婚約指輪なのかもしれない。けど、俺たちは結婚するから、こっちにしたんだ。」



 椋がその箱を開ける。

 すると、そこにはシンプルなプラチナの指輪と、ダイヤモンドが何個も埋め込まれて、キラキラと煌めく指輪。2つが入っていた。

 そして、そこ箱には『one sin』の文字が入っていた。花霞でも知っている、高級ブランドの名前だった。

 期間限定の結婚だというのに、椋は本物の結婚指輪を用意してくれたのだとわかった。

 彼は、本気で結婚をしたいのだ、と。



 「俺のお嫁さんになる事を決めてくれて、ありがとう。」



 少し照れながらそう言うと、ダイヤモンドが付いた指輪を手に取り、花霞の左手を優しく取ると、左薬指にその指輪をゆっくりとはめた。

 椋の綺麗な顔がくしゃっとなり、とても嬉しそうに笑うのを見て、花霞は胸がきゅんとなった。


 花霞は、緊張しながらシンプルな指輪を取り、椋の左手に触れ、ゆっくりと左の薬指にはめた。ブルブルと緊張しながら何とかはめ終わり、花霞はホッとしながら椋を見つめた。


 見つめ合うと妙に気恥ずかしくなってしまう。



 「………椋さんの、素敵な花嫁さんになれるように頑張ります。」



 彼が望む結婚生活はどんなものなのか。

 どんな奥さんを求めているのか。

 花霞にはまだわからない事も多かった。


 けれど、椋がとても真剣に結婚を望んでいるのだけはわかった。

 結婚したい気持ちも、強く伝わってきた。


 花霞はそれに全力で答えよう。

 そう思った。



 花霞がはにかみながらそう言うと、椋はにっこりと微笑み、そして花霞を抱きしめた。



 「りょ、椋さん!?」

 「もう立派な花嫁さんだよ。」

 「そ、そうかな………?」

 「うん!花霞ちゃん。楽しい結婚生活を過ごそうね。」



 椋はそう言いながら、花霞の左薬指に光る指輪にキスを落とした。


 今まで恋人とお揃いの物など持った事がなかった花霞は、特別なお揃いを手に入れた。


 恋人以上に特別な関係になった証。

 そして、机の上にはほとんど完成している婚姻届けもある。


 椋と同じデザインのその指輪が、自分の指で椋と夫婦になったのだと教えている。

 


 期間限定の結婚生活。

 それは、恋人との生活と何が違うのか。

 今の花霞にはわからなかった。


 けれど、きっと何か違う事が起こる。

 その予感を感じていた。







 次の休みの日。


 栞にサインをして貰い完成した婚姻届けを持って、椋と花霞は役所へ提出しに行った。



 「おめでとうございます。お幸せに。」



 そんな言葉を掛けられた2人は、顔を見合わせてにっこりと微笑んだ。





 この日から、花霞は正式に『鑑花霞』になった。






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