第10話
それ以来、どうも俺の周辺を、刑事がつきまとっているような気がする。
俺が子どもを保護している以上、警護という意味もあるのかもしれないが、あまり気持ちのいいものではない。
相変わらず子どもは不登校のままだが、それでも俺が預かり始めてからの数日間は、元気よく一緒に登校していたんだ。
不登校の原因を作りだしたのは、警察の方だ。
俺までビクビクする必要はない。
堂々としていれば、それでいいんだ。
子どもたちはクラスのルールを決めてから、本当によく注意しあい、お互いに高め合って、研鑽に努めている。
周囲への配慮もかかさない。
俺が何も言わなくても、自分たちでちゃんと出来るようになった。
一部の保護者からクレームが入り、『注意をされた人』から、『いいことをした人』に変更になったが、それで何か変わるとでも思っているのだろうか。
子どもたちの、クラスでの雰囲気は何も変わらない。
みんないい子どもたちばかりだ。
俺は努めて冷静に、変わらぬ日常を心がけ、普段通りに過ごした。
決まった時間に起き、身支度をして家を出る。
信号無視もしなければ、横断歩道からはみ出ることもない。
列にはきちんと並び、順番も守るし、乗り物の席も譲る。
学校では何の滞りもなくクラスを運営し、業務を済ませて家に帰る。
事の詳細を知っているのは、校長、副校長、学年主任と俺だけだ。
学年主任のおばちゃんはビビっているのか、ことあるごとに俺の顔色をのぞき込む。
気にかけてくれるのはありがたいが、正直迷惑だ。
なぜそっと見守るということが、出来ないんだろう。
それが原因で、他の先生方にバレたら、どう責任をとるつもりだ。
そうでなくても、俺が殺された保護者の児童の担任だということは、暗黙で学校中に知れ渡っているというのに。
「先生、あの、手伝いましょうか?」
放課後、そのおばちゃん主任が、宿題プリントを印刷していた俺に話しかける。
旺盛な好奇心むき出しのその行為が、俺をさらに苛立たせる。
だけどここで腹を立てたら、俺の負けだ。
「あのね、先生にお客さまが来て、校長室でお待ちになっているそうですよ」
「あぁ、そうだったんですね、分かりました。いま行きます」
助かった。
「じゃあこのプリントを、子どもたちに配れるようにしておいてもらえますか」
大量の紙の束を、ドンと手渡す。
面倒な作業をこうやって押しつければ、これに懲りてまとわりつくこともなくなるだろう。
俺は校長室に向かった。
そこで待っていたのは、案の定、あの刑事たちだった。
「お疲れさまです」
二人は立ち上がって、丁寧に頭を下げるから、俺も儀礼的に頭を下げる。
校長と副校長に促されて、俺はソファに腰を下ろした。
「保護されているお子さまの様子はどうですか?」
「えぇ、元気にしていますよ」
これ以上、どんな返事の仕方があると言うのだろう。
もし他の言い方があるのならば、こっちがそれを教えてもらいたいくらいだ。
「申し訳ないのですが、先生にも少し、署の方でお伺いしたいことが出てきまして、ご同行願いたいのですが、よろしいでしょうか」
校長の顔を振り返る。
彼は黙ってうなずいた。
同じように副校長もうなずく。
俺は、背筋をピンと張った。
「分かりました。校長と副校長の許可があるのであれば、ご協力いたしましょう」
その言葉に、刑事二人はさっと立ち上がる。
それに促されるようにして、俺も立ち上がった。
「学校のことは、心配しなくて大丈夫ですよ」
校長の言葉に、虫酸が走る。
俺がどれだけ自分の担任クラスのために、労力をさいてきたと思っているのだろう。
その苦労が分かっていたら、そんなセリフは簡単に出てこない。
「よろしくお願いします」
俺はそれでも、丁寧に頭を下げる。
職員室に置かれたままの私物が少し気になったけれども、まぁいいや。
校舎の外に出ると、来客用の駐車場に、立派なセダンが停まっていた。
これが警察車両というやつか。
俺が後部座席に乗り込むと、若い方の刑事が隣に座った。
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