第3話 勝負のルール
「けど秘密ってなんなのかな」
夕食をとってから、彼方は千秋の部屋を訪ねた。
彼女は風呂上がりらしく浴衣姿だ。狭い部屋の真ん中にちょこんと座っている。
夜とはいえ夏であるのに、汗をかかず涼しげな表情だった。
「勝負なんです。この事ばかりは教えられません」
勝負は千秋の秘密を言い当てる事。彼方がそれをできれば千秋は婚約してくれるという。
しかし漠然としているように彼方は思う。
人が抱えている秘密。それも千秋のような特殊な存在のものだ。
花瓶を割っただとか、おつかいのおつりを誤魔化しただとか、そんな話ではない事ぐらいはわかる。
考えれば考える程に難問だ。それに誤魔化される可能性もある。
「ねぇ、ルールを決めようよ」
「ルールですか。例えば?」
「僕がその秘密を答えたら、千秋さんはそれが正解か不正解かを答えるんだ」
「もちろん私はそのつもりですよ」
「それが信用できないから提案だよ。間違っていたら僕はその間違いの秘密を皆に言いふらして皆の知らないことか確認するんだ。間違いの秘密なら言い振らしても問題ないし、もし本当の秘密だとしたら言いふらされたら困るよね」
千秋は正解を認めない可能性がある。なので彼方はそんな提案をした。
秘密だなんて千秋の匙加減で、彼方の答えを不正で間違いとされないための対策だ。本当に秘密ならば言いふらされ、千秋は困る。
そして『言いふらされては困る秘密』を答えればいい事になり、彼方側の難易度も下がる。
「それはフェアなルールと言えませんね」
「どうして?」
「それを許可すれば、彼方君は私に不都合ある内容の秘密を何度も答えるかもしれません。それを全て言いふらせば私の評価が下がります」
「……つまり僕がもし『千秋さんは男だ』って秘密を答えにしたら、不正解でも千秋さんが困るって事?」
「はい。あまりにひどい答えだと間違っていても正解としてしまいそうで、私には不利です」
このルールだと彼方はひたすら千秋を貶める内容を言えばいい。
ちょっとした脅迫のようなものになり、千秋も根負けする可能性があった。
「それに、言いふらされたとしても私はまったく困らない秘密こそが答えなんです」
「え?」
「皆は知っていてもおかしくない秘密、というのがヒントですよ」
千秋の苦々しい微笑みは、それが重要なヒントであるためだ。
思いの外疑い深く彼方が尋ねたため、それも言わなくてはならなくなった。
「じゃあ、誰かに聞けばわかる事だね」
「どうでしょう。知っていても黙っているだろうし、秘密である事も知らないような事です」
簡単なようでますますわからなくなった。彼方の小さな頭では熱が上がりそうだ。
「しかしそれでもルールを決めねばお互いフェアではありませんね。ここは茜さんに証人になってもらいましょう」
「茜さんに?」
茜とは、加々美家の使用人の若い男だ。
千秋より十年上で、十代の頃に千秋の母に拾われた元不良だ。まだ若く柔軟な考えを持つ彼は千秋をよく理解していた。
「彼は私の秘密をきっと分かっています。そして誤魔化す事もなく、正しく判定するでしょう」
「茜さんは確実に知ってる秘密……」
きっとその事もヒントになるはずだが、彼方は胸にもやりとした感覚を覚えた。
どうも千秋は茜を特別視しているように見える。互いを理解しあっているようで、敦也より手強い恋敵に思えた。
そもそも彼方が空気を読まない求婚をしたのだって、茜の存在のせいだ。
茜に先を越されたくはなかったための求婚だ。
「期間も決めましょう。夏休み中でどうです?」
「えぇ、時間制限?」
「当然です。ずっと一緒にいて、運がよければ気付けるような秘密なんですから」
またしても現れたヒントに、彼方は頷くしかなかった。この勝負は彼方に不利かと思いきや、防戦となる千秋が不利なのだった。
「それと彼方君は色々と探るかもしれません。けれど死亡者も出た火事の後です。焼けた離れに近付いたり、忙しい人にしつこく聞くのは禁止ですよ」
焼け跡は単純に危険だし、皆は予想外の事にぴりぴりしている。ここばかりは気をつけねばならないと、と千秋は年上らしく注意した。
「千秋さんはその勝負に勝ったら、本当に婚約してくれるんだよね?」
「はい」
「お父さんも説得できるの?」
「父はうちの財産を管理するだけの存在です。もう婚約者についてとやかく言われる事はないでしょう」
彼方は千秋父に数える程しか会っていなかった。確かに千秋の環境に気を配っているが、口うるさくはない。
その代わりに千秋母は能力の維持などに口うるさかったらしい。
敦也を婚約者にしたのも母の考えだ。しかしその母ももう居らず、今の千秋の決定に逆らえる者はいない。
「彼方君はこの事に関してはやけに疑いますね」
「疑いもするよ。それだけ結婚したいし、都合が良すぎるんだから」
普通、子供が求婚したところで相手は笑い飛ばすか年齢を理由に断る位だ。
なのに千秋は笑わず、こんな機会を与えてくれた。だからつい何かあるのかと疑ってしまう。
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