Under the twilight

長月瓦礫

1 Eternal Knight


眠ることを知らない街、シオケムリ。

この街には様々な種族が人間に入り混じって生活している。

人間が語り継いだ存在である妖精や妖怪はアヤカシ、人間が作った技術の塊であるハガネ、人間に対して友好的な宇宙人や異界人はマレビトと呼ばれている。


かつては怪異と呼ばれ、人間から恐れられていたモノたちが人権を獲得し、人間と同等に扱われるようになったのはつい最近のことだ。

その中でも、シオケムリは彼らに対する人権を最初に認めた街である。

そのためか、今も多くの種族がこの街の役所を訪れる。


その役所の裏手から、一人の男が姿を現した。

左右を何度も確認してから、そっと駆け出す。

それと同時に、電柱の陰に隠れていた少女、モモが男の目の前に飛び出した。


「何してんだ! このボケナス!」


小柄な体型からは想像できないような荒い声をあげる。

黒のトレンチコートに中折れ帽子という少し渋めの出で立ちをしている。


男は表情一つ変えず、大きな一歩を踏み出し、跳躍した。

軽々と彼女の頭上を飛び越え、走り去った。


「クソッタレ! 逃がさねえぞ!」


黒のトレンチコートをなびかせながら、モモは獲物を追う。

ここで捕らえれば、捜査は大きく発展する。

逃がすわけにはいかない。モモは走る速度を上げた。


モモは狩人同盟に所属する狩人である。

狩人同盟は人間に敵対する化け物を相手にする組織の一つだ。

厳しい上下関係が存在せず、それぞれが自由に行動することができる。


フリーランスで活動する者が多く、個々人の実力や技能をウリにしている。

退魔百家という伝統と血筋を重んじる組織とは真逆の風土ではあるものの、肩を並べている。


伝説の狩人をリスペクトした、トレンチコートに中折れ帽子というスタイルが主流で、最近はゴスロリなどの派手な服装も流行っている。


モモもそのスタイルに従い、黒のトレンチコートに中折れ帽子を身に着けている。

さらに彼女は厚底のブーツをはいており、背が高く見える。


「てめえ! 待ちやがれ!」


声を荒げながら、彼女は徐々に距離を詰める。

彼女が履いている厚底のブーツには、使用者の脚力を大幅に上げる魔法が備わっている。

陸上選手顔負けの速さで犯人を追い詰める。


最近、このシオケムリでは失踪事件が多発している。

その捜査をモモは任されていた。


失踪した人間はどこかへと姿を消し、凶悪な犯罪者へ姿を変える。

ある者は武器を搭載され、ある者は他生物の体を繋げられ、人の形を失っていた。

彼らはクルイと呼ばれる犯罪者へと姿を変え、人間社会へ牙をむける。


クルイたちは年齢や種族、性別などの共通点は一切なかった。

最初は無作為に実験体を選んでいたと思われていた。

しかし、彼らにはたった一つだけ、共通点があった。


それは、彼らが全員、人生に絶望しているということだった。


会社で失敗したとか、人間関係がうまくいかなかったとか、理由は様々だ。

ただ、どうしようもできないという絶望感に囚われている中、妖怪たちは声をかける。


声をかけられた者たちは恨みや悲しみをぶつけるために、実験に加担する。

成功した者はその身が尽きるまで、町中で暴れまわる。

実験に失敗した者は、人食する種族のために用意された牧場で、家畜として飼われるのだ。


このことから、妖怪たちによる独立組織、ナキリによる犯行であると推測されていた。

改造人間たちによるクーデターが各地で起こり、多くの人々を危険にさらしていた。


長い捜査の末、犯人が次に狙う人物が特定し、ようやく捜査が発展すると思われていた。

ここで逃がすわけにはいかない。


右手に持った手錠を大きく振りかぶると、倍以上の大きさになった。

これも手錠が持つ特殊能力である。

大きくなった手錠で全身を拘束し、相手を確実にとらえるのだ。


モモはもう片方の輪を左手で持ち、ブーメランのように投げた。

鎖が一直線に伸び、硬い金属音がした。


しかし、鍵がはまった音ではなく、手錠をはじいた音だった。

はじかれた手錠は元の大きさに戻り、彼女の手に戻っていく。


「何よアンタ、邪魔しないでくれる? そいつ、アタシの獲物なんだけど」


ごてごての銀色の鎧を着こみ、大剣を振りかざす姿はさながらおとぎ話に出てくる騎士のようである。

赤い髪は寝ぐせのようにところどころはねており、両目は髪と似たような色をしていた。騎士は男をかばうようにして立つ。


こんな古臭い鎧を着ているのは、封印の騎士団の団員以外に考えられない。

封印の騎士団はナラカと呼ばれる邪神やそれにまつわるものを相手にしている集団だ。

狩人同盟より規模が小さいものの、その実力は侮れない。


ただ、欠点をあげるとするならば、暑苦しいにもほどがあるのだ。

正義感が強いためか、よくも悪くもまっすぐである。

モモの攻撃を受け止めた騎士もまた、何かを勘違いしているのだろう。


「で? 騎士様がこんなところにいていいわけ? 

まさかの真っ逆さまとは思うけど、そいつとグルだったりしちゃうわけ?」


モモは中折れ帽子をかぶりなおす。

そこの犯罪者をかばったということは、何かしらのつながりがあるに違いない。

だとするならば、騎士団も落ちたものだ。


「そんなわけないだろう。俺も追いかけていたんだよ」


騎士はため息をついた。

なるほど、標的がたまたま被っていただけか。

自分の獲物を取られまいと、彼女の手錠を大剣ではじいたようだ。


「騎士は姫を守るのが使命だからな」


彼は後ろを振り返り、大剣で男の首をはねた。

血しぶきが舞い、男の体はぐらりと倒れた。


「これで任務完了だな」


杖を一振りすると、大剣は姿を消した。

封印の騎士団に所属する者は、必ずこの仕込み杖を使用して戦闘をする。

モモは口をあんぐりと開けたまま、犯人に近寄った。


「ちょっと、アタシの仕事をとらないでよ! 

そいつから話聞けなくなっちゃったじゃん!」


「どういうことだ」


「あーもう! どうしてくれんのさ?」


ようやく事件について、聞き出せると思っていたのに。

とんだ邪魔が入ってしまった。どう説明したものだろうか。


モモは死体の横にしゃがみ込み、ポケットからUSBを取り出した。

騎士は不思議そうにその様子を見ている。


「ったく……アンタのおかげで余計な手間が増えた」


ぶつぶつとぼやきながら、USBのケースを外す。

男のよどんだ眼がこちらを見ている。

その眼を潰すように、接続部分を男の目の中に差し込んだ。


「君、なんてことを……」


騎士は絶句した。

男は殺され、情報は聞けなくなってしまった。

このUSBは彼女の切り札ともいえるものだ。


死体に直接USBを差し込むことで、相手の記憶をすべて写し取る。

その範囲は子供のころの記憶から死ぬ直前までの記憶までに及ぶ。

USBにコピーした記憶を解析し、自分の欲しい情報を得るのだ。


記憶は長い年月を生きていればいるほど、蓄積されるものだ。

だから、高齢であればあるほど写し取る量も多く、解析にも時間がかかる。


男は見た目からして、20代前半くらいだろうか。

それならば、半日程度で終わりそうだ。


「あのさあ、黙ってないでなんか言ったら?

こんなシーン、めったに見られないんだからさ」


背後に立っている騎士は未だに一言も話せず、沈黙している。

しばらく考えた末、彼は口を開いた。


「いつもこうしてるのか?」


「してるわけないでしょ、普段はもっと平和的だよ。

けど、こうなったら、手段なんて選んでられないしさ。

大体、あんたが邪魔してこなければよかったんだよ」


モモはUSBを抜き取り、丁寧に血をぬぐう。

これで後は提出するだけだ。


さて、この男をどうしてやろうか。

一発殴っただけでは気が済まないのが正直なところだ。

だからといって、もめごとは起こしたくない。


「……俺でよければ手伝おうか」


騎士は意を決したように、彼女に言った。


「はあ? 何言ってんの?」


「どうか、責任を取らせてくれないか? 

俺が勝手に勘違いをして、君の仕事を邪魔してしまったんだ。

せめて、何か手伝わせてほしい」


少なからず、罪悪感はあるらしい。

人手は多いに越したことはないし、封印の騎士団と繋がりが持てるのは大きい。

突然横入りし、モモの攻撃を受け止めたのと考えると、それなりには戦えるようだ。


性格が捜査に不向きではあるが、まあ、ボディーガードくらいにはなるか。

もしかしたら、この誘拐事件について何か知っているかもしれない。


「いいよ。けど、足手まといにだけはならないよーにね」


「ああ、約束しよう。俺はエルドレッド・カーチス。

封印の騎士団に所属している騎士だ」


「名前なんて聞いてないっての。それじゃあ、アタシのことはモモって呼んで」


宵闇に包まれる街の中、二人は路地裏を後にした。


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