第6話

 わたくしをエスコートしてそのまま侯爵家に戻るのかと思ったのですが、ヴィン様はわたくしをどこかに連れていくようです。入口があるほうではなく、階段を上っていきました。


「ヴィン様、どちらに行かれるのですか?」

「図書室だよ。明日からの三日間、ジルは試験だろう? 僕たちも試験があるけど、ジルよりも遅くなる場合があるからね」

「そうなんですね」

「教室で待ってもらっていてもいいけど、さっきのような女子生徒や他の男から声をかけられると思うと、僕が許せないから」

「許せない……ですか?」

「ああ。嫉妬に狂いそうだしね」

「まあ……!」


 ヴィン様が嫉妬をなさるなんて、想像がつきません。ですが、嬉しいと感じるわたくしがいるのも確かです。

 それに、ヴィン様が仰ったように、先ほどの女子生徒のように勘違いなさる方がいらっしゃるかもしれませんし。


「危害を加えられたら、僕自身も許すことはできない。だから、できるだけ一緒にいて、僕らは婚約者同士であることを知らせることにしようと思う」

「恥ずかしいですけれど、ヴィン様がそう仰るのであれば……」

「恥ずかしいことではないよ? 実際、僕たちは婚約者同士なんだから」

「はい!」


 とてもお優しいヴィン様に、心が温まる気がします。そして二階まで行くと北側にあった建物に行きました。

 扉がたくさん並んでいる廊下を東に向かって歩き、その突き当りに着きますと、ヴィン様はその扉を開けます。すると、その中から本独特の、紙の匂いがしました。

 なんだか前世の図書館のような匂いで、とても懐かしく感じます。


「ここが図書室だよ。こっち」


 やはり図書室でした。

 司書がいらっしゃるカウンターの前を通りすぎ、奥にあった扉の前に行きます。そこにはヴィン様の他にも、学園会の方のお名前が書いてありました。


「ここは学園会が会議や勉強に使う部屋なんだ」

「わたくしが使ってもいいのでしょうか……」

「大丈夫だよ、会長やメンバーの許可を取ったからね。もちろん、条件付きだけど」

「条件……ですか?」

「ああ」


 それ以上は何も仰ることなく、ノックをしたあとで中に入るヴィン様。彼に促されるように中へと入ると、本日檀上で初めて見た学園会の皆様がいらっしゃいました。そして他にも、女生徒が一人いらっしゃいます。

 檀上にはいらっしゃらなかったのですが……どなたなのでしょうか? とても綺麗な方で、つい見惚れてしまいます。


「会長、連れてきた」

「ありがとう。いらっしゃい」

「は、はじめまして。ジークリット・ヴァルターと申します」

「僕の婚約者だよ」


 わたくしが自己紹介をしたあと、ヴィン様がそう仰いました。そして女生徒は、なぜかわたくしを見て、目をキラキラとさせています。


「新入生ということは私たちの紹介を聞いていただろうけど、もう一度自己紹介をしよう。その前に、こちらの女性を紹介しておこう。エル、自己紹介を」

「はい。はじめまして。わたくしはエルヴィーラ・トストマン、公爵家の二女でで五年生ですわ」

「私の婚約者だ」

「まあ……! 未来の王太子妃様ですのね! はじめまして。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ。ああ……! 本当に、ジークリット様ですわ! 現実のジークリット様は、なんて可愛いのでしょう!」

「あ、あの……?」


 エルヴィーラ様がいきなりわたくしに抱きつき、ギュッと抱きしめました。五年生だからなのでしょうか……豊かなお胸が、わたくしの頬に当たります。

 今はぺったんこですが、いつかわたくしも……と、つい考えてしまいました。


「エル、あとにしなさい。ヴィンに怒られるぞ」

「もう……! ヴィンフリート様はお心が狭いですわ!」

「知るか、そんなもの」

「ほら、私たちも自己紹介しないと」


 王太子様が二回手を叩き、エルヴィーラ様を落ち着かせます。すると、すぐにわたくしを離してくださいました。

 それからは自己紹介ですが……驚きました。王太子様と副会長以外は、みなさま攻略対象者でしたから。

 入学式のときは遠目でお顔はわからなかったですし、お名前も同姓同名だと思っていたのです。けれど、お近くで見た今は、はっきりと攻略対象者だとわかります。


 会長は王太子様でもあるラインホルト・ソル・セレアール様。十四歳で五年生。

 副会長は宰相様の嫡男でガスパル・イングレース様。十五歳で六年生、公爵家。

 会計は宮廷医師様の嫡男でフェリペ・カシジャス様。ヴィン様と同じ十三歳で四年生、侯爵家。

 書記は騎士団団長様の嫡男でロレンソ・パーション様。十五歳で五年生、侯爵家。

 そして同じく書記のヴィン様、侯爵家。

 エルヴィーラ様は庶務で、王太子様と同じ五年生で、自己紹介してくださった通り、公爵家です。

 フェリペ様のご実家の職業と爵位が違っておりますから、ここでもゲームとの違いを感じました。


「よろしくお願いいたします。それで、その……ヴィン様から条件付きでこのお部屋でお勉強をしてよいと聞いたのですけれど、どのような条件なのでしょうか」

「簡単なことだよ。エルと一緒に庶務として働いてほしい」

「庶務、ですか?」

「ああ。私たちのうちで誰かの婚約者を入れてもいいんだが、私とヴィン以外には婚約者がいなくてね」


 王太子様の説明に、そういうことかと納得いたしました。わたくしはエルヴィーラ様のお手伝いをすればいいのかと質問いたしますと、頷かれました。お手伝いであれば、わたくしにもできるかもしれません。

 ただ、もうじき十一歳になるとはいえ、わたくしにできるのでしょうかと心配になります。不安な顔をしていたのでしょう……ヴィン様が優しく、頭を撫でてくださいます。

 みなさまがいらっしゃる前で頭なでなでとは……! とても恥ずかしいです!


「大丈夫だよ、ジル。書類を整理したり、僕たちに書類を渡したりしてくれればいい」

「わたくしも、きちんと指示いたしますわ」

「それでしたら、お手伝いさせていただきたいです」

「ああ、構わない。頼むね。あと、ここに来て勉強することは他言無用だ。いいね?」

「はい」


 もちろん、お話したりしません。まあ、お話するような友人はまだできておりませんし、先ほどのヴィン様とのやりとりもございますから、友人ができない可能性もございますし。

 ……それはそれで寂しいですが。


 そこからは、エルヴィーラ様がお茶を淹れてくださり、少しお話をいたしました。攻略対象者の性格はゲームとは違い、とても真面目で誠実な方ばかりです。もちろん、ユーモアも持ち合わせていらっしゃいます。

 まあ、王太子様はその立場上、どうしても腹黒になってしまうようですが。


「それで、あの……わたくしもジル様とお呼びしてもいいかしら」

「はい! 嬉しいです!」

「では、わたくしのことはエルと呼んでくださいましね」

「わ~、ありがとうございます、エル様!」


 エルヴィーラ様と仲良くなれたことと、お友達になってほしいと言われて頷きました。公爵令嬢ですから、所作がとても美しく優雅なのです。

 わたくしも見習いたいと言いましたら、教えてくださると仰っていただけたのです。


「お忙しいのに……よろしいのですか?」

「もちろん」


 王太子妃のお勉強が忙しいだろうに、学園内で、尚且つこの場所か学園会室で教えてくださるというのです。とても綺麗でお優しくて、だけど厳しい一面を持ち合わせていらっしゃるエル様。

 この方が王妃様になるのが、今から楽しみです!

 そしてついでだからと、現在王家にお生まれになっている方も教えてくださいました。


 第二王子はファブリス様で十二歳。現在、婚約者がいる隣国に留学なさっているそうです。

 そして第三王子がオットマー様。現在七歳だそうです。


「え……七歳……? ここも年齢と立場が違う……」


 ということは、宰相様のところもそうなのでしょうか。

 そんなことを考え始めたときでした。


「違うとは、どういう意味かな、ジークリット嬢」

「あ……」


 とても驚いたようなお顔をなさっているみなさんと王太子様の言葉に、わたくしは仕出かしてしまったと悟ったのです。


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