最果ての世界

 僕は〈原世界〉の〈本〉から顔を上げる。

 圧縮文字を多量に読み込んだことで、流石に疲れを感じた。しかし、何度読んでも面白い。特に文明が少しずつ進歩していく様はワクワクせずにはいられない。それはきっと、既に完成された文明の中にいるからだろう。


〈原世界〉とは全ての始まりとなった世界を表す名前だ。とうに滅びてしまったが、あらゆる事実が記録されている。そこで誕生したホモ・サピエンスが現人類の在り方の起源ルーツでもある。


 そして、〈本〉とは一つの世界の始まりから終わりまでを記録した情報集積体の名称だ。過去に存在した書物を模した姿となっている。

 それぞれのページには圧縮文字がずらりと並んでおり、一字一字に途方もない情報量が刻み込まれている。世界の全てが記載されているのだから当然だ。肉体ハードウェア更新アップデートする以前、旧時代の人間であれば、一字見ただけで脳が爆ぜてしまうのだとか。


〈本〉は〈原世界〉のもの以外にも無数に存在しているが、それらは言わば創作だ。後から人類が造り出した世界の記録に過ぎない。真に存在した世界と言えるのは〈原世界〉だけだろう。

 ただし、造られた世界とは言え〈本〉を通して実際に体感することも可能だし、〈原世界〉と比べても決して見劣りするものでもない。〈原世界〉とは異なった法則や物語が紡がれているので、それはそれで面白かったりするのだ。


 僕自身、読書家なので色々な〈本〉を読んでいる。科学でなく魔法や異能といった概念が勃興し、手に汗握る熱いバトルを繰り広げるような作品が好きだったりする。特に呪文詠唱とかされるとたまらない。

 無論、今の世界でならそれらを再現することは容易い。何せ不老不死は当たり前で、時空間さえも超越している時代なのだから。

 それでも、やはり違う。今のように完成された文明の中で再現するのでなく、魔法や異能といったものと共に進歩していくからこそ尊いのではないだろうか。


 だからこそ、そういう世界で必死に生きている人々の物語が僕は好きだ。

 何というか、現代人はもはや余生の只中にあるから。好きに生きることが出来て、どんなことでも可能で、満足すれば死だって享受できる。

 争いもない。誰かと争う必然性がない。せいぜいが互いに望む者同士で趣味としてやっているくらいだ。


 既に現人類の文明は、語り得ることは全て語り尽くすことが可能だとされている。

 最果てだ。これ以上に先はない。未来永劫、今の形で人類は続いていく。


 とは言え、だ。

 そんな現代文明にも実は分からないことがあったりする。


「や、お待たせ」

「ちょうど読み終えたところだよ」

「ナイスタイミングだね」


 僕達は簡単で情報量の少ない言葉を話す。どこまでもきめ細やかに語ることが可能な圧縮言語を使っていない。

 だって、そんなことをしても意味はないから。僕達の間に通う想いを語ることは、決して出来ないから。

 僕に美を感じさせてくれる人。一緒にいたいと思わせてくれる人。心の底から好きだと言える人。


 そう、人類に残されたのは、誰かや何かに価値を感じる想い。

 すなわち、愛。

 それだけが唯一語り得ないものであり、沈黙しなければならないものとされた。


「それじゃ、行こうか」

「うん。一緒にね」


 こうして、人類は最果ての世界で愛を謳い続ける、いつまでも。

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