さくチーズ

「ねえねえ、さくチーズって知ってる?」

「さくチーズ……さけるチーズじゃなくて?」


 私は箸を止めて小首を傾げた。今は対面に座る同級生の友達と一緒に弁当を食べているところだ。


「違う違う。それはコンビニに売ってる、さきいかみたいにさけるチーズのことでしょ? ほら、これなんてまさにさくチーズなんだけど」


 彼女はそう言って、自分の弁当箱の一部を指差した。

 そこには何の変哲もない扇型のチーズが二つ入っていた。


「普通のチーズに見えるけど」

「んっふっふー、これはね、花びらなんだよ。チーズの花びら」

「……どういうこと?」

「チーズの種を土に埋めて水をやって育てると、こんな花を咲かせるの。だから、さくチーズ」


 彼女はスマホを取り出すと、写真で見せてくれた。

 植木鉢から伸びた白色の茎。その先では確かに扇形のチーズが花のように咲き誇っていた。


「今朝ちょうど咲いてくれたから入れてきたんだ。良かったら一つ食べてみてよ。わたしが愛情込めて大切に育てたチーズ」


 彼女は自ら先に食べて見せてくれる。「ん~」と頬を緩ませていた。

 実に美味しそうな反応だった。そんな反応を見せられれば、気になってしまう。

 私は彼女の言葉に甘えることにした。箸で掴み上げ、口に入れる。


 チーズらしい独特な臭い。だけど、それほど癖はなかった。

 噛み締めると、中はトロリとしており、クリーミーで奥行きのある味わいが広がった。

 私はその美味しさに「ん」と声を漏らしてしまい、口元を押さえた。

 食べ終えて感想を述べる。


「これまで食べたチーズの中で一番美味しいかも」

「でしょでしょー? 育て方によって色々な味になるんだけど、今回は凄く上手くいったんだ」


 彼女は嬉々として語る。褒められたのが嬉しいようだ。


「今はこんなのがあるんだね。私、全然知らなかったよ」

「何でも最近はレストランやバーでも自家培養のチーズを出してるところが増えてるんだってさ」

「へぇ、そうなんだ。それぞれの特色が出て面白そう」

「うちもわたしだけじゃなくて、お父さんも自分の部屋で好みのチーズを育ててるよ」


 彼女はそう言ってから、「でも」と表情を暗くして補足する。


「うちのお父さん、いわゆるブルーチーズが好きでさ」

「ブルーチーズって確か……」


 その名前は聞いたことならあったので、彼女の家の状態を察する。


「めっちゃ臭いから、お父さんの部屋はまるで細菌兵器の実験場みたいになってるんだ。入るにはガスマスクがいるよ、マジで」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る