空見る薬
研究者である私は素晴らしい薬の開発に成功した。
それは何と、真上の物質のみが透けて見えるようになる薬だ。
遠心力を利用した働きとなっており、例え寝転がっても透けて見えるのは上空のみだ。
一切合切が透けて見える為、自ずとその眼には青空もしくは星空だけが映る。
ぜひともその効用を試してみたく思い、私は知人の家を訪れた。
「やあ。君は確か事務の仕事をしていたね」
「ああ。それも日がな一日パソコンに向かいっきりな仕事さ。憂鬱な気分にもなるってもんだ」
「それは好都合。もうしばらく空を見た記憶がなさそうな君にピッタリの薬をあげよう」
「確かにここ最近は空をちゃんと見た覚えはないが……何だい、これは?」
「頭上の物質が透けて見えるようになる薬だ。これさえあれば、室内にこもり切りでも陰鬱な気分にならず、開放感に満ち溢れた中で仕事が出来ることだろう。錠剤一つで一時間の効果がある」
「なるほど。面白そうだ。試してみよう」
知人はガラス瓶の中から錠剤を一つ手に取ると、口に放り込んだ。
程なくして、彼は天井を見ながら驚きの表情を浮かべた。
「おぉ、これは凄い! 急に空がクッキリと見えるようになった! こんなに綺麗な青空は初めて見るかも知れない」
私にはただの天井だが、彼にはその向こう側に広がる清明な青空が見えているのだろう。
「どうだい、仕事には役立ちそうか? 君にモニターをお願いしたいのだが」
「ああ、これは仕事中の良い気晴らしになりそうだ。ぜひとも試してみるよ」
「それじゃ、また話を聞かせておくれ」
私は薬の入ったガラス瓶を渡して、彼の家を後にした。
同様にして他にも数人にモニターを依頼した。
後日、私は再び知人の家を訪れた。
すると、彼は何故だか首にコルセットを付けていた。
「その首、どうしたんだい?」
「仕事中に空を見過ぎてしまい、首を痛めたんだ。頭上にあんなに綺麗な空があると、ついつい眺めてしまう」
私は予想もしていなかった副作用に愕然とする。
彼以外も同様の結果となっていた。
どうやら人体はあまり上を見るようには出来ていないらしい。
建物の天井というのは思いのほか人体の保護をしてくれているのかも知れない。
私は現代の人々に、地面や目の前ばかり見て過ごさず、心にゆとりを持って空を見なさい、という気持ちでこの薬を作ったのだが、見やすくしたらそれはそれで囚われてしまうようだ。
難儀なものだ、と私は頭を抱えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます