【第41話:真魔王ラウム その7】

 アルテミシアと別れたレックスは、国王が乗っていると思われる馬車に近づくと、馬の歩みを徐々に弱め、そのまま停止すると反転させて走り出す。

 そして、馬車が追い付いてこれるように速度を調整することで、馬車が速度を落とすことなく並走できるようにもっていった。


「私はこの国の勇者レックスです! 国王様はご無事ですか!?」


 レックスが並走しながら御者の男に問いかけると、馬車の運転に集中しながらも、何とか返事をしてくれた。


「は、はい! 病はまだ治っておりませんが、ご無事です!」


「良かった……。それで、こちらからの連絡は入っておりますか? 私たちがヘクシーの街まで護衛させて頂きますので!」


「聞いております! ど、どうかお守りください! う、後ろに魔王軍が、もうそこまで迫ってきているのです!」


 御者の男がそう言った時だった。

 視界が一瞬白く染まり、少し遅れて爆発音が響き渡った。


「ひぃぃ!?」


 さらに、雄叫びと共に断末魔のような叫び声が次々と聞こえて来る。


 御者は自分たちが襲われたと思って短い悲鳴をあげたが、レックスは後ろを振り返ると苦笑いを浮かべていた。


「これはまた……さすがにこれは予想していなかったな。という事は君たちも?」


 そして、馬車を守るように展開して並走している影狼騎士団の騎士の一人に、そう問いかけた。


「君たちもと言うのが、私たちも空を駆けれるのか・・・・・・・・という事でしたら、もちろんですとお答えする事に」


 レックスは知る由もないが、それはケルが魔族たちを倒す時に使ったスキルと同じものだった。


「我々『影狼騎士団』は、信仰による加護を受け、ステルヴィオ様と同様に、空を駆け、影を潜り、敵を穿つ槍を使えます」


 ステルヴィオ自身は剣を好むのであまり使っていないが、闇を槍に纏わせて、離れた敵を穿つスキルも授けられていた。


「ははは。そうですか。騎士全員がそのような事が出来るとか、何かもう出鱈目な強さの騎士団ですね……」


 その上、合流した時に見せて貰った模擬戦から、一人一人の技量は自分と近しい技量だったので、もうレックスは笑う事しかできなかった。


「どうされたのですか?」


 しかし、どうして苦笑いを浮かべているのかわからず騎士がそう尋ねると、


「すまない。ちょっとあまりにもレベルの違いを見せつけられてばかりなものでね。でも……確かに負ける事は無いけど、一匹残らずというのは難しいようだ」


 と言って、空の一点を見つめる。


「では、我々が……」


「いや、ここは僕たちに任せてくれないか。あの程度の数で、しかも魔族ではなく魔物なのだ。少しは僕たちも働かないとね」


 レックスのその言葉に、並走しているパーティーメンバーたちも力強く頷きを返す。

 そして影狼騎士団の騎士は、そのやり取りを見て笑みを浮かべると、


「じゃぁ、我々が責任を持って国王様を護衛させて頂きますので、存分に暴れてきてください」


 と言って、レックスたちと場所を入れ替わるように馬車の横へとついた。


「じゃぁ、僕たちも働くよ!」


 こうして、アルテミシアとレックスたちは、魔王軍との戦いを始めたのだった。


 ~


 一方その頃、自身に付き従う真魔王軍『天』の眷属の数が急激に減っていっている事に気付いた魔王ラウムは、久しく味わった事のない得体のしれぬ恐怖を味わっていた。


「い、いったい何が起こったというのよ!? 私の眷属がもう半分も残っていないじゃない!」


 この世界で空を飛べるというのは、それだけで圧倒的に有利な事だった。

 もし、負けそうになったとしても、撤退に失敗することもまずない。

 だと言うのに、撤退することすらできず、二十万もいた魔物の眷属はもはや五万を切っている。

 おまけに貴重な魔族の眷属のうち、国王と思われる馬車を追わせていた魔族たちも既に繋がりが消えている上、街の人間どもを皆殺しにするように指示した魔族たちまでもが、次々に殺され、その数を急速に減らしていっていた。


「そもそも、魔王門の反応まで消えているってどういうことよ!? そんな事ができるのなんて私たち真の魔王ぐら……ま、まさか『地』か『水』が仕掛けてきた……?」


 真魔王の『天』『地』『水』は、並べて話される事が多いのだが、仲はあまりよくはない。

 お互いが一目を置いているために、直接衝突こそした事はないが、仕掛けて来てもおかしくないと思える程度には、仲も良くなかった。


「なんだ? 真魔王たちって仲悪いのか?」


 しかし、ステルヴィオは初耳だったようだ。


「そんなの当たり前じゃな……だれ!?」


 あまりにも自然に話しかけられたので、思わず普通に答えそうになる真魔王ラウム。


「な、何者だ!?」


 その異常事態に側近の魔族が気付き、すぐさま誰何しつつ魔法を放ったのだが……、


「おいおい。今ので死んでたら何者か答えられねぇじゃねぇか……」


 ステルヴィオは拳に部分的に魔王覇気を纏わせて虫でも払うように打ち消した。


「なっ!? 我が破壊魔法をいとも簡単に!?」


「へぇ~破壊魔法とか初めて聞いたな。だけど、何も破壊できなかったみたいだぞ?」


「くっ!? お前たち何をしておる! その者を殺せぇ!」


「なんだよ? 人に何者だって聞いておきながら、答えさせてもくれないのかよ?」


 ステルヴィオが話している間にも周りにいた魔族たちが、次々と強力な魔法を放っていく。


 しかし、一瞬で全身を魔王覇気で覆ったステルヴィオは、微動だにせずに、全ての魔法を受け切ってみせた。


「ま、まさか……貴様、魔王なのか!?」


 魔族がいくら強いと言っても、魔王には勝てない。

 魔王覇気を使われたのを見て、魔族たちの警戒ランクが一気に跳ね上がった。


 そして、最初こそ興味無さそうに側近の魔族に対応を任せていた魔王ラウムだったが、その人間が魔王覇気を使った事に興味を持ち、片手をあげて攻撃をやめさせると、玉座から降りて近づいていった。


「へぇ~、人から魔王が生まれるとは、これまた珍妙な事もあるもね。あなた、名前は?」


 しかし、魔王らしい余裕をみせるその態度は、次の一言で簡単に消え失せた。


「今さら教えてやんねぇ~」


「なっ!? なんなの! このクソガキ! こ、この私を馬鹿にしたわね!!」


 そしてキレた……。

 でも、その言葉に今度はステルヴィオが、


「く、クソガキじゃねぇよ!? も、もう立派な大人だってぇの!!」


 同じくキレた……。


 このような場にらしからぬ幼稚な言い合いの中、しかし最強クラスの二人の魔王の戦いが、今始まろうとしていた。

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