【第38話:真魔王ラウム その4】
真魔王軍『天』の空飛ぶ魔物の軍勢は、15万ほどになっていた。
これは、ヘクシーの街に向かった5万を除いての数なので、既に真魔王ラウムの領域からの移動が完了したことを意味している。
しかし、その空を埋め尽くす魔物たちは、まだ動けずにいた。
それは、その魔物たちを率いているのが知性の高い魔族であり、下手に知性が高いせいで、ゼロの存在を、そしてゼロが率いる者たちの実力を感じ取ってしまっていたせいだ。
要するに、ビビってしまっていたのだ。
「無理だ……あんなのに勝てるわけがない……」
遠目に見える謎の軍だが、その距離が近づくにつれ、その魔族は気付いてしまったのだ。
「あれ全部、俺達と同族じゃないのか……」
同族。
つまり、こちらに迫ってくる1万前後の者たちが、単なる人族の軍ではなく、自分たちと同じ魔族なのではないかと。
魔族とは、見た目こそ人と非常に近い姿をしているが、元々人とは異なる世界にいた者たちであり、そして……単純に、人よりも圧倒的に強い。
それは自身も魔族であり、魔物の軍勢を率いるその者が一番よく知っていた。
その魔族と思われる者たちが1万もいるのだ。
自分たち真魔王軍『天』のラウムの眷属全て合わせても魔族は1000人もいない。
実際、この場にいる魔族も100人もいないのだ。
それが何をどうすれば、そのような人数を集められるのか。
目の前の現実が受け入れられずにいた。
しかし、ここで退く事は許されない。
そう思いなおすと、全軍に指揮を出す。
「敵は魔族だ! お前たちよりも強い者が多いだろう! だが、数でこちらが圧倒している! 奴らを蹴散らせぇぇ!!」
作戦と呼べるようなものは立てている時間がなかった。
そもそも魔物で構成されるこの軍に、そこまで細かい指示は出来ない。
こうなってしまっては、数の利を生かし、正面からぶつかるしかなかった。
「「「うおぉぉぉ!!」」」
四方から怒号があがり、次々と降下しながら敵軍に向かって行く魔物たち。
女性の上半身に鳥の身体を持つ、ハーピーと呼ばれる者たちが魔法の歌を謳い、士気をあげ、力を底上げする。
数は少ないが亜竜であるワイバーンが先陣を切り、その後ろを鷲の上半身に獅子の身体を持つグリフォンが続く。
いずれも魔物としては上位にあたるものたちだ。
その更に後ろには、アイスバードやファイヤーバードといった、小型の鳥の魔物が大量に続き、他にも石造の魔物であるガーゴイルや、巨鳥の魔物デビルホークなど、多種多様の空を飛ぶ魔物たちが、謎の軍に向かって行った。
「ははっ……そうだ……そう簡単に俺たちが負けるわけがない!」
しかし、その先陣が視界を覆いつくすような巨大な炎と共に、消し炭と化した。
一瞬遅れて響く轟音。
そしてその数秒後には広く展開している魔物の軍全体に波及するような衝撃が襲った。
それは、ダメージを与えるようなものでは無かったが、魔物の軍の強襲を完全に止めるほどの驚愕をもたらしていた。
「……は?」
見た事もないような巨大な炎だった。
たった一撃で先頭の一万ほどの魔物が消し去られた。
そして、次々とそれに続くように撃ち込まれた炎は、最初の炎のような馬鹿げた大きさのものでは無かったものの、それでも最上位クラスの炎の魔法には違いなく、魔物の軍は一瞬にして瓦解させられた。
ゼロの配下の魔族たちの放った炎だ。
「ば、馬鹿な……最初の一撃はあの存在が放ったにしても、他の者たちも尋常じゃない威力ではないか……」
その魔族が放心しつつも、そう呟いた時だった。
「それはお褒めに預かり光栄です。まぁ、長い間私に付き従ってくれている者たちだから、君たちのようにひ弱ではないですしね」
その魔族に話しかけていたのはゼロだ。
ただ、そこにいるだけ。
ただ、話しかけられただけ。
本当にただそれだけなのに、その圧倒的な存在感によって動けずにいた。
真魔王軍『天』の魔物の軍本隊を任されるほどの実力を持つ魔族が、だ。
「い、いったい貴様は何者なのだ……」
どうにか力を振り絞って、それだけの言葉を発する事が出来ただけでも、その魔族の胆力は大した物かもしれない。
本来なら、その魔族を守るためにいるはずの護衛の魔族が、一言も言葉を発する事が出来なかった事からも、それはその魔族の実力の高さが伺える。
しかし……ただ言葉を発するだけでこのような評価になるのだから、その実力差があまりにも隔絶しているという事でもあるのだが。
「私は『叛逆の魔王軍』を率いるステルヴィオ第一の眷属『ゼロ』と申します。以後お見知りおきを。あぁ、以後があるとは思えませんが……人族ではこういう言い回しをするそうなので」
別にゼロに脅す意図などないのだろう。
だが、その一言がその場にいた魔族たちに、死の恐怖を思い出させた。
「う、うわぁぁぁ!! こいつを殺せぇ!!」
咄嗟に後ろに飛び、そう叫ぶ魔族だったが……しかし、それに応えるものは誰もいなかった。
「誰に命令してんの? きゃははは」
「そう言うな。ゼロ様の威圧を受けて言葉を発する事が出来ただけでも褒めてやるべきだろう?」
「そもそも、我々とてゼロ様と対峙して他に注意を向ける事など出来ないであろう? 笑ってやっては可哀そうだぞ?」
「って事で……見ての通り、護衛の魔族はもう全員始末させて貰ったよ」
4人の魔族が戦場に似つかわしくない、どこかふざけた雰囲気で交わす会話は、その魔族にとっては、とても信じれるようなものではなかった。
「馬鹿な!? 50もの魔族がいたのだぞ……」
しかし、そう言って振り向いた魔族の目に飛び込んできたのは、落下していく同胞だったものたちの姿と、辺りに漂う血の匂いだった。
「まぁ悪く思わないでください。特に上位に位置する魔族の眷属は、絶対に逃す訳にはいかないですからね」
そして、その魔族もその言葉と共に最期の時を迎え、真魔王軍『天』の誇る主力の魔物の軍は、抵抗らしい抵抗をする事すらできず、本当に呆気なく全滅したのだった。
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