【第31話:ケルベロス】
呆気にとられる近衛騎士団の団長ドリスの目の前に広がるのは、さきほど自らが展開していた範囲を上回る巨大な障壁。
しかも、その障壁は禍々しい光を薄っすら放ち、あらゆる魔族の魔法を揺らぎもせずに受け止めていた。
「な、なんなのだ……このとてつもなく強力な障壁は……」
思わず漏らしたドリスの呟きに、ステルヴィオは何でもない事のように答える。
「これか? 悪いが、これは障壁じゃないんだ。魔王覇気を広範囲に展開させただけの代物さ」
「ま、魔王覇気だと……」
目の前にいる少年は明らかに人にしか見えない。
魔物でもなければ魔族の特徴も持っていない。
それなのに、これは『魔王覇気』だという。
「あぁ、魔王覇気を大きく展開させたんだ。魔王か勇者以外には破れねぇから安心してくれ。それより……これを」
虚空からいきなり手紙を取り出し、それを器用に指で弾いてドリスに向かってくるくると飛ばす。
「こ、これはアグニスト殿下の……」
手紙を受け取ったドリスは、封蝋に王家の家紋が押されている事を確認すると、慌てて封を解き、中身を取り出し読み進めていく。
「け、ケルベロスだと……ここに書かれている事は、すべて本当なのか?」
信じられないと視線を向けるドリスに、ステルヴィオはニカっと笑って頷きを返す。
「あぁ、もう少ししたら追い付いてくると思うから、出来れば早く皆に敵でないと知らせて欲しい。オレが倒そうかとも思ったんだが、魔王覇気を展開して皆を守りながらはちょっと面倒なんだ」
「ほ、本当なのだな……」
ステルヴィオとドリスが話をしていると、そこへ風雅騎士団の団長シイラルスと、サクロス公爵が近づいてきた。
「こ、この、とんでもない障壁を展開しているのは、君なのかい?」
「お、お、お前は、いったい何者だ!?」
それぞれの問いかけにステルヴィオは、
「これを展開しているのはオレで、オレの名はステルヴィオ。アグニスト殿下と一応同盟のようなものを結んだ協力者だと思ってくれ」
実際には同盟などという話まではさすがに出来ていないのだが、面倒なので手紙にもそう書いて貰っていた。
「それより、ドリス団長だっけ? そろそろ来るから早めに頼むよ。王さまは寝たきりなんだろ?」
アグニスト王太子から、ある程度の話を聞いていたステルヴィオは、ケルが味方だと早く皆に知らせてくれと促す。
でないと、せっかく一筆書いて貰った意味がなくなる。
「あ、あぁ、すまない。……皆、聞けぇ!! この者はアグニスト殿下が寄こしてくださった強力な助っ人だ。そして、喜ばしいことにもう一人……いや、一匹、強大な従魔を連れて来てくれている! ケルベロスは味方だ! 決して攻撃などせぬように!」
アグニスト殿下が寄こした強力な助っ人だと言う言葉に、半信半疑の視線を送るものもいたが、ほとんどの者はこの障壁を展開したのがステルヴィオだという事に気付き納得の表情を見せていた。
しかし、ケルベロスが味方だという言葉に、ざわめきが起こる。
ケルベロスとはそれほど脅威の存在として有名な魔物だった。
「ほ、本当にケルベロスが来るのか……」
シイラルスにしても俄かには信じがたい話に思わず呟いてしまっていたが、その疑念は数秒後には払拭された。
「ほ、本当にケルベロスだぁぁ!!」
風雅騎士団の最後尾辺りにいた、無事だった騎士の一人が後ろを振り返り、大声でそう叫んだのだ。
「危ねぇ~思ったより大分早かったな」
皆の視線が集まる先には、音速を超え、こちらに向かってくる巨大な三つ首の狼の姿が見えていた。
『ご主人さま~! 追いついたよ~!』
『……風は友達……』
『うっし! ここからは任せな~!』
しかし、途轍もない速度でこちらに駆けてきたケルが、その速度も落とさずにこちらに向かってきているものだから、皆の顔が一斉に引き攣る事になる。
なんせ風は友達どころか、轟音と衝撃波を巻き散らしながら、巨大な狼の魔物が突っ込んできたのだから……。
「うわぁぁぁ!? 突っ込んでくるぞ!?」
「く、来るなぁぁ!!」
「止まれぇぇ!! ぶつかるぞぉ!?」
しかし、まさにぶつかるかと思われたその瞬間、巨体からは信じられない軽やかさで跳び上がると、ステルヴィオの展開した半球状の魔王覇気を踏み台にして、さらに大きく跳びあがった。
「おぃっ!? お前、なに人の魔王覇気を踏み台にしてんだ!?」
『どうせ壊れないんだから、許して~』
『……小さな事は気にしない……』
『そうだそうだ! 減るもんじゃねぇんだし、固い事言うな!』
「お、お前ら……」
そんなどこか緩いやり取りをしているが、それどころでは無い者たちがいた。
突然現れたケルベロスに驚く、真魔王軍『天』の魔族たちだ。
「なっ!? なぜ、ケルベロスがこのような場所に!?」
部隊長を務める魔族がそう叫んだ時には、数体の魔族が喰いちぎられ、爪によって引き裂かれていた。
一瞬の出来事に呆気にとられる者たちを置き去りに、ケルの独壇場は続いていく。
『ご主人さま~! 煉獄のブレス使っても良い~?』
『……ふぅ~ってしたい、ふぅ~って……』
『ブレスっちまって、一気に殲滅させろぉ!』
その巨体からは信じられないほど静かに着地したケルは、魔王覇気越しにステルヴィオにそう尋ねる。
「あぁ! とっておきの、『ふぅ~っ』をしてやれ!」
そして……そこから蹂躙が始まった。
魔族が展開した強力なはずの障壁は、まるでガラスのように砕け散り、たった一度の『煉獄のブレス』によって半数近い魔族が消し炭に変えられた。
「きょ、距離を取れぇ!! そ、そうだ! 空へ! 上空へ急げ!!」
部隊長の魔族の指示に従い、生き残った魔族が必死に翼を羽ばたかせ、上空へと逃げるが……。
『お空のお散歩~♪』
『……そこに空があるから……』
『スペリオ~ルケルベロス様に走れない場所などないぜ!』
空中に次々とスキルで足場を造り出して空を駆けあがり、逃げ場を失った魔族たちを引き裂き、噛み砕いていった。
「ばっ、馬鹿な……こんな事があってたまるか……」
そして、部隊長を務めた魔族も、その言葉を最期に引き裂かれたのだった。
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