【第28話:それぞれの苦悩】

 シュガレシアの街は王都に次いで栄えており、住んでいる者も非常に多く、それだけに混乱も大きかった。

 街では王都陥落の報を受け、ほとんどの店がその扉を閉め、宿屋の中には宿泊客を追い出してまで店を閉めようとするところまで出ていた。


 更に、慌てて街を出ようとする行商人が街門まで殺到し、門前広場はごった返し、罵声が飛び交う始末だった。


 だが、その中でも一番混乱しているのは、この街を含むこの辺り一帯の領地を治めるサロクス公爵だった。


「おい! 我がサクロス家の騎士団の準備はまだ整わないのか!?」


 領主の居城の一室で、声を荒げているのが、このサクロス領を治める領主の『ラーギ・フォン・サクロス』。


 昨年父が他界したばかりで、まだ領地運営のイロハを学んでいる最中だというのに、国の存続の危機に直面し、完全に取り乱していた。

 ちなみに、まだ20代半ばの青年だが、少し頭が寂しいことになっているのは、その重圧も関係しているのかもしれない……。


「ラーギ様。少し落ち着いて下さい。このシュガレシアの街の『銀狐騎士団』は精強でありますし、王も近衛騎士団以外にも『風雅ふうが騎士団』も連れているそうではないですか。力を合わせればそうそう遅れは取りません」


 その取り乱しているサクロス公爵を諫めているのは、父親の代から家長を務めているサラドという年老いた男だった。


「爺よ。そうは言うが、早ければ今日の夕刻には到着されるのだぞ? このような事態なのだから、出来れば我も騎士団を率いてお迎えにあがりたい」


 昨日、まだ慣れない公務をこなしていると、突然、魔導サインで王都が『真魔王軍』に攻められているとの連絡を受け、狼狽えているうちに王都が陥落し、王たちが逃げ出してこちらに向かっていると連絡を受けた。

 サクロス公爵にしても、まさかラドロアの国土の真ん中に位置する王都が、突然魔王軍に攻められ、しかも僅かな時間で陥落するなど、考えた事もなかったし、たちの悪い冗談にしか思えなかった。


 しかし、もちろんこれは現実であり、まだ未熟だからといって許されるような状況でもなかった。


「そうでございますね。ご無事であれば良いのですが……」


「ば、馬鹿なことを申すな! 古都が陥落したうえ、王にまで何かあれば、もうこの国は立ち行かなくなるぞ!?」


 この国は良くも悪くも王族の支配が強い。

 そのため、ほとんどの領地が国の指示のもとに統治されており、要である王族が滅べばかなり不味い事になるだろう。


 その時だった。

 慌ただしい足音が近づいてきたかと思うと、扉をノックする音が部屋に響いた。


「何事だ! 入れ!」


 サクロス公爵の許可を得て部屋に飛び込んできたのは、男の若い騎士だった。


「ラーギ様! 迎えに出ていた騎士団の者が、国王様一行と無事にお会いする事が出来たそうです! 先ほど早馬で知らせが届きました! もう、あと5時間ほどでご到着なされるそうです!」


 サクロス公爵は、昨夜のうちに国王たちが通りそうな道に『銀狐騎士団』の者たちを何組かの小隊にわけて派遣しており、無事を確認できたという知らせにほっと胸をなでおろした。


「そ、そうか……これで最悪の事態は避けれたか……。良し! それでは出迎えの準備だ! 我も迎えに出る!」


 この後サクロス公爵は、シュガレシアの街を出て、『銀狐騎士団』と共に国王たちを迎えに赴いたのだった。


 ~


 サクロス公爵が『銀狐騎士団』と共に街を出て街道を進んでいる頃、ステルヴィオたちも、シュガレシアの街に向けて馬車を走らせていた。


 ただ……その速度が尋常ではなかった。


「ぎ、ぎ、ぎ、ギム団長!? わわわ、私の御者としての腕ではこれ以上持ちません!?」


 悲痛な叫び声をあげたのは、アグニスト王太子と共にお忍びで旅をしてきた御者役の男。

 実際はこの男も護衛騎士団の所属らしいが、その情けない声からは、とても騎士団に所属しているような者の台詞には思えなかった。


「ドリアス! 情けないぞ! それが、護衛騎士団所属の者の言葉か!? 御者の腕では右に出る者はいないと、いつも申していたではないか!」


 そしてドリアスというその御者に、喝を入れるのは壮年の騎士ギムだ。

 ギムはアグニスト王太子直属の護衛騎士団の団長を務めており、冒険者ギルドの打ち合わせの席では一言も発する事はなく寡黙な一面を見せていたのだが、部下の情けない姿に我慢できずに思わず怒鳴っていた。


「そ、そうは言っても団長!? なんですかこの馬鹿げたスピードは!?」


 叫ぶ間も凄まじい速度で移動する馬車に、前方に視線を向け、手綱さばきに集中出来ているので、実際にはかなりの腕の持ち主なのだろう。


「ゼロ様のご厚意で最高位の強化魔法を馬と馬車にかけて頂いたのだ。ありがたく操作に集中しろ!」


 そう。急ぎの旅だと聞いたゼロが、ステルヴィオの許可を得て、人では扱えないような最高位の強化魔法を馬と馬車にかけた結果が、この爆走馬車誕生の原因だった。


「きゃはははは♪ 楽しいにゃ!」


「速いにゃぁ♪ もっと頑張るにゃ!」


 もちろん強化魔法をかけたのはアグニスト王太子の馬車だけではない。

 ステルヴィオたちの乗る人形馬車にもかけており、その御者を務めるネネネとトトトの二人も爆走する馬車を操縦していた。


「見ろ! あんな幼い子供が完璧に馬車をコントロールしてみせているではないか!?」


「いやいやいや!? あんな子たちと一緒にしないでください!?」


 なぜ、御者のドリアスがこのような事を叫んでいるかと言うと、途中、休憩を取った時に、幼い双子の獣人を見て連れていくのを心配するドリアスに、ステルヴィオが二人の模擬戦を見せたのだ。


 もちろん騎士でもない常人のドリアスに見えたかは定かではないが。


「というか、弱音も吐かせて貰えないなら、もう良いです! 団長も話しかけないでください! 集中しないと事故ります!!」


 砂煙をあげ爆走する馬車でそんなやり取りをしていると、突然、ケルの咆哮が響き渡った。


「なっ!? て、敵襲ですか!?」


 そう言ってドリアスが慌てて馬車を停止させようとするが、


「あぁ、構わない。オレが行って片付けてくるから、そのまま走らせてくれ」


 いつの間にか御者台の自分の隣に座っていたステルヴィオの言葉に驚き、馬車が大きく跳ねた。


「わ、わかりました……って、あれ? もう、いない……」


 ドリアスが、突然現れ、そして突然消えたステルヴィオに呆気にとられていると、その直後に、今度は遠くで何かが爆発するような大きな音が響いた。


 そしてそのわずか数秒後……。


「もう、終わったから、そのまま走らせてくれ」


 今度は姿も見えず、言葉だけが聞こえて来た。


「はは、ははははは。も、もうオレは考えない事にする! 事故らないようにだけ集中するんだぁぁぁ!!」


 こうしてステルヴィオたち一行は、通常の数倍の速度で、移動を続けていくのだった。

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