【第26話:その覚悟】

 静まりかえった室内で、最初に口を開いたのはアグニスト王太子だった。


「し、新世代の魔王……叛逆の魔王軍に、影狼騎士団……そして極めつけはあの原初の魔王バエル……これは参ったな。今回の神託は色々と驚きの連続だったのだが、それを上回る言葉が次々と飛び出してきた」


 苦笑いしながら話すアグニスト王太子は、さすがと言うべきか。

 ほとんどの者が絶句する中、話を先に進めていく。


 その姿に、ステルヴィオも内心かなり感心していた。


「それで、その新世代の魔王であるステルヴィオ殿。君は、君たちの目的はいったい何なのだ? すまないが、もう少し詳しく話してくれないか?」


 しかし、周りにいた者たちは皆、まだ理解が出来ずにいた。


「ちょ、ちょっと待ってください! アルテミシア、君が亡国の勇者だろう事は気付いていたけど、その後の話が全く理解できない! ステルヴィオが魔王!? それに君も騎士団長って、その騎士団はいったいどこの騎士団なんだ!? そもそも、あの執事のゼロさんが原初の魔王だって? そんな事言われても信じられるわけがないよ!」


 勇者レックスは一気にそこまで捲し立てると、その答えを求めるようにステルヴィオに視線を向けた。

 ちなみに断っておくが、ゼロの執事姿は完全に趣味だ。


「まぁ普通そうなるよな~。アル、いくらそういう話をしに来たと言っても、ちょっと突然すぎるんじゃないか?」


 だが、ステルヴィオがまるで他人事のように話すその態度が、アルテミシアの言葉に真実味を持たせる結果となる。


「な……ステルヴィオ……今のアルテミシアの話は、本当に本当の話なのかい?」


 あらためてそう尋ねるレックスに、


「あぁ、だいたい本当の話だぞ?」


 呆気なく肯定の言葉を返すステルヴィオ。


「はは……随分簡単に言ってくれるね……」


 驚けばいいのか、呆れればいいのか、それとも恐怖すればいいのか、レックスは正直思考を放棄したい気分だった。


「まぁでも、本当の話だから仕方ないだろ? そうだな。色々不安だろうから先に言っておくと、オレたちは人族と争うつもりはない。ある国を除いてな」


 ある国を除いてと聞いて、ギルドマスターのメルゲンがぎょっとしていたが、この国を代表する人物であるアグニスト王太子は全く不安な素振りを見せなかった。


「それは我が国でない事願うばかりだな」


 そして、肩を竦めておどけてみせたアグニスト王太子は、やはり次期国王として肝が据わっているといったところか。


 ただ、冷静に考えればその国と言うのは、少し世界の情勢に詳しい者ならば、容易に想像がついただろう。


「あぁ、もちろんこの『世界最古の国ラドロア』じゃぁないさ。まぁ、その反応だと予想はついてるんだろうが、裏でこそこそと汚い真似をしている……帝国さ」


「想像通りで良かったよ」


 やはりそうかと納得するアグニスト王太子と、ほっとした様子の他の面々。


「て、帝国と言うと『インカーラ大帝国』のことかい?」


 それでもちゃんと確認したかったのだろう。

 勇者レックスが念を押すようにそう尋ねた。


「そうだ。奴らはいずれ叩く」


 レックスが言う『インカーラ大帝国』とは、この世界で最大の国土を持ち、今も尚、近隣諸国を吸収し、勢力を拡大している軍事国家だ。


 人族が一致団結して魔王陣営に対抗しなければならないこの時勢に、人族連合から離脱して近隣諸国に次々と戦争をしかけている魔王同様に恐怖の象徴となっている国だった。


「叩くって、簡単に言うね……この世界の人族国家の中で、最強の国だよ……」


 普通なら馬鹿げたことをと一蹴するところなのだが、なまじステルヴィオたちなら渡り合えそうなので、普通に戦力を分析しようとしている自分に気付き、レックスは苦笑いを受けべる。


「まぁただ、今はあいつらは後回しだ。まずは『天』の奴らをぶっ殺す!」


 簡単にそう言ってのけるステルヴィオに、思わず呆れるレックスだが、本当にやってのけてしまいそうなので、どう反応すれば良いのかわからず、結局また苦笑いを浮かべる。


 そして、この中で唯一動じていないアグニスト王太子が話を引き継いだ。


「それは我が国としてはありがたい事だな。だが、実際どうやって倒すのだ? 相手は皆空を飛ぶような奴らなのだろう? それに先ほど騎士団とか言っていたが、それは君たち『叛逆の魔王軍』が、軍を所有しているという事で間違いないか?」


 聞きたい事が色々ある様子のアグニスト王太子だが、それはステルヴィオも同じところがあった。


「空を飛んでるのはまぁなんとかするさ。それからオレが軍を所有しているのかという質問なら……その通りだ。それで相談なんだが……」


 軍を持っていると言う言葉に、僅かに驚くアグニスト王太子だったが、


「そうか。まさか軍を所有しているとは思いもしなかったよ。それで、相談と言うのは?」


 すぐに冷静な表情に戻り、話の続きを促した。


「オレの軍を『叛逆の魔王軍』本隊を、ここに呼びたい。その許可を貰えないか?」


 軍を呼ぶ。


 当たり前の話だが、平時なら、他国の軍が突然現れれば、すぐに戦争となるだろう。

 だから許可を貰えないかと尋ねたのだ。


「……すまないが、さすがに私の一存で許可を出す事が出来ない……」


 だが、さすがに次代の王とは言え、現国王や宰相、将軍などの許可を得ねば、アグニスト王太子とて簡単に許可を出す事が出来なかった。


「せめて私がここにいるという事を公表していれば何とかなったかもしれないのだが、私がこの街にいる事を知っている者自体ほんの一部の者しか知らない状況なのでね。たとえここから私が魔導サインを使って許可を求めても、信じて貰えないだろう」


 さすがにアグニスト王太子にしても、このような展開は想像の埒外だった。


「だが……」


 だが、そこで言葉は終わらなかった。


「もし、事態が切迫していると言うのなら、私の責任において許可を出そう」


「なっ!? アグニスト殿下!? いくらなんでも、それは駄目です!」


 その言葉に勇者レックスが慌ててとめに入る。

 それは廃嫡どころか、処刑されてもおかしくない越権行為なのは明白だった。


「はは。中々やるね。アグニスト殿下、オレ、あんたの事をちょっと気に入ったよ。その覚悟にオレも出来るだけこたえてみせよう」


 そう言ってステルヴィオが右手を差し出すと、


「気に入って貰えたのなら良かった」


 それに応えて、アグニスト王太子も右手を差し出し、がしりと握手を交わす。


 こうして王都を支配する真魔王軍『天』に対抗する作戦が練られていったのだった。

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