【第18話:オークの魔王 その8】

 門が開き切る前に、ケルは先陣を切って魔王門に突入していく。


 門が開いた事によって、魔王領域側からもオークが出てこようとしていたが、ケルはまだ小さい体のままでもすれ違いざまに噛み殺し、門をくぐると同時に小規模なブレスを吐いて門の前を確保した。


 魔王ドリアクが創り上げた領域は、その主がいなくても消え去ったりはしないのだが、力が失われ、陰った日の元で、背の低い木々と草原がただ延々と広がる色褪せた味気の無い世界だった。


『ご主人様! 場所は確保したから、巨大化しちゃうよ~!』

『……ぶわ~って大きくなるよ。ぶわ~って……』

『へん! 豚が狼に勝てると思うなってんだ!』


 ケルはそう言うが早いか、すぐさま巨大化していく。

 いや、ケルの巨大化は一瞬なので「していく」と言うのは不適切か。

 赤い炎が渦巻くように身体から吹き出し、空を焼かんばかりの炎が立ち昇ったかと思うと、そこには三つ首の巨大な漆黒の狼の姿が出現していた。


 ケルのその威容に、門の向こう側にいるオークたちの声が一瞬静まるが、次の瞬間には怒声や叫び声が響き渡り、状況を把握していないオークたちが襲い掛かってきた。


 だが……そのオークたちがケルの元にたどり着く事はなかった。

 ケルの元にたどり着く遥か手前で、オークたちは消し炭になってしまったから。


 それは、本来の姿に戻った三つの顔それぞれの口から、前方180度全てを焼き払う『煉獄のブレス』が放射されたからだった。


 凄まじい威力のそのブレスは、門の近くに整列していた数万にのぼるオークを一瞬で灰へと変え、たった一度の攻撃でこの戦いの趨勢を決めてしまっていた。


 一撃の攻撃範囲だけならば、半年前、王都アラジアに駐屯していた『小鬼魔王軍』を、ほぼ一人で全滅させた、ゼロの黒い巨大な火柱よりも上かもしれない。


 しかし、それでも少し不満げなケルは、いつの間にか自分の足元に立っていたステルヴィオに、


『ん~? 半分以上残っちゃったかなぁ? ご主人様~、もっかいやりた~い!』

『……もっかい、ふぅ~ってするよ。ふぅ~って……』

『1回と言わず、何回でもブレスっちまうぜ?』


 と、ブレスを催促する。


「ブレスっちまうって何だよ……? ん~、でも、そうだな。もう5、6回『ふぅ~』って、してやれ」


 ステルヴィオの了承を得た瞬間、ケルは尻尾を揺らしながら飛び出していく。


 もうそこからは戦いでも何でもなかった。

 そこには獰猛で恐ろしい『暴壊魔王軍』の姿は既に無く、ただ狩られるだけの魔物の姿があるのみだった。


 しかし、眷属だったものを生かしておくわけにはいかなかった。


 なぜなら、ステルヴィオは知っていたから。

 眷属化した魔物が主を失い、その後もし、その生き延びた魔物が力をつけると、またそこから新たな魔王が誕生する事を。


 だから、ステルヴィオは魔王や魔王軍に一切の容赦はしない。


 そして、その魔王軍を完全に根絶やしにしたその時……。


「ステルヴィオ様。そろそろ私たちも行きますね」


「ネネネも残りの豚さん狩るにゃ~!」


「トトトも狩るにゃ~!」


 ケルがオークを粗方片付け終わった頃、アルテミシアと、ネネネ、トトトの3人が魔王門からステルヴィオの元にたどり着き、指示通りに残った少数のオークどもを倒しに向かう。


 その三人が駆けていく後ろ姿を眺めながら、


「なぁ、ゼロ? いるんだろ?」


 そう言って、自らの背後に話しかける。


「どうしたのですか?」


 突然虚空から現れたゼロの姿に驚く事もなく、ステルヴィオは話を続けていく。


「オレはあいつらを巻き込んじまった責任がある。良かったのかな? もしオレが……」


 しかし、ゼロは最後まで話を聞かずに、それを遮った。


「随分弱気ですね。明るさと前向きさだけが取り柄のステルヴィオから、その二つを取ったら存在が消えて無くなってしまいますよ?」


「ひでぇ言いようだな!? おい!?」


 しかし、揶揄うような言葉を発したゼロだったが、ステルヴィオのツッコミを満足そうに聞くと、一転表情をあらためる。


「良いに決まってます。確かに彼らは普通じゃない運命に巻き込まれたのかもしれませんが、もしステルヴィオが手を差し伸べなければ、誰一人、今この世に生きてはいなかったでしょう」


「そうか? ケルなんてオレがあの魔王を倒さなくても、逃げる事ぐらい出来そうだったけどなぁ?」


「いかにケルベロスとて、魔王覇気は破れません。しかもあの魔王は足だけは速かったですからね。あのまま戦い続けていれば、逃げる事も出来ず、間違いなくやられていましたよ」


 どんなに強力な魔物でも、魔王覇気を纏っている魔王を倒す事はできない。

 魔王覇気を破れるのは、同じ魔王覇気か聖光覇気を纏うものだけだ。

 ゼロの言うように、コボルトの魔王と戦っていたケルに勝ち目はなかっただろう。


「ま、ゼロがそう言うなら、そうなんだろうな」


 ゼロの言葉にそう言って納得しようとしたステルヴィオだったが、


「それも間違ってます。私も間違ったことを言う事がありますからね」


 融通の利かないゼロに、軽く頭をかきつつ深いため息を吐いた。


「あぁぁ~!! もう、わかったわかった! んじゃ、オレも加わって、さっさと終わらせてくる!」


 駆けていくステルヴィオの姿を、少しだけ寂しそうな視線で見送ったゼロは、


「早く強くなってください。待っていますよ」


 そう呟くと、また忽然と姿を消したのだった。


 このわずか10分後、オークの魔王『ドリアク』が率いた『暴壊魔王軍』は眷属一匹残さず、この世から消え去ったのだった。

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