第35話 得点王

「あ、始まるね」


 試合をしていた選手がはけて軽い床掃除が行われる中、入れ替わりでそれぞれの高校が姿を現した。明新の相手は星崎という所らしい。知り合いが行ったという噂は聞かないし、毎度関東大会に出ている明新が順当に行けば勝つだろうことは薄々想像がついた。


「……は?」


 星崎のベンチにいる、一人の選手に気づくまでは。

 俺は見間違いかと思って目をこすってもう一度見る。しかし相変わらず低い背格好はそのままだし、ボサボサの髪も変わらず、小学生みたいな笑顔も記憶のものと一致する。


「マジか……」


 ゴールデンウィークで見かけたからまさかとは思ったが、まさか高校に編入してくるとは。


「どうしたん?」


 俺が突然顔を覆ったことに驚いた高坂が引き気味に声を発する。

 何を言おうか迷って、端的な事実だけ俺は口にした。


「この試合、明新の負けだ」

「は、はあ?」


 より訝しげな表情になる高坂に、件の選手、小鳥遊怜王たかなし れおを指さす。


「あそこのちっさい天パのヤツは全国出場者だ。いや、だ」


 謎の第六感が働いたのか、鬼の形相で睨み上げた怜王と視線がぶつかる。怜王はぽかんと拍子抜けしたアホ面を晒して、それから思いっきり破顔した。ブンブンと激しく手を振る怜王に片手で振り返す。仲間に何かを聞かれ忙しなく手足を動かしながら言葉を発していた。大方、俺のことでも話しているんだろう。


「それって……」

「アメリカの高校に行ったんだけどな。戻ってきたらしい」


 向こうで頑張れば良かったものを、というのが正直な感想だった。一年間留学して変化したのが動きの暑苦しさだけなのは怜王らしいといえばらしいかもしれない。

 中学三年の最後の大会、関東大会が終了した時点で最多得点M V P選手の名を欲しいままにしていた怜王についたあだ名は『得点王ジャックポット』、高身長こそもてはやされるバスケにおいて最も背の低かったオフェンスだ。

 関東大会では実質怜王一人が得点を重ねていたと言っていい。俺の『一人四役』は言わば、五人チームのバスケで怜王にないもの四人分の役割を補完していたがゆえについた、オマケにも等しい名前だった。


『オマエが四人力ならオレは五人力だ! 全員で十二人力だな!』


 そんなアホ丸出しなことを素で言っていた怜王が懐かしい。

 得点力だけでなら、怜王に敵う選手はあの頃だけで数えるほどもいなかった。実際関東大会が終わってから色んな所からの勧誘がすごかったし、怜王自身はそれを酷く鬱陶しそうにしていた。

 それにもあったし、余計日本に居づらくなってしまったんじゃないのか。

 俺は整列して握手を交わした怜王を見ながらそんなことを思った。

 隣で高坂がごくりとつばを飲み込む。


「田崎はどんな試合になると思ってるわけ?」

「そうだな……」


 両校の動きを比べれば、さすがに安定して関東大会に出るだけあって明新の選手の方が総合力は高い。しかし試合の流れを決めるのは得てしてフィジカルじゃなくメンタルだ。怜王の果敢さに仲間は奮い立ち敵は怖気づく。そんな試合を何度も体験してきた。


「トリプルスコアがつかなければいい方だな」

「そ、そんなに?」

「まあ、怜王は攻撃しかできないから、他の四人が上手くカバーできればだけどな」


 そうして始まった試合は、最初こそ激しい点の取り合いで盛り上がったものの、あまりにも激しすぎる星崎の攻撃に明新が飲み込まれてからは、一方的なワンサイドゲームが繰り広げられ明新が敗北した。

 予想に反してダブルスコアまで粘ったのは、明新の強さを見誤った結果だろう。

 一応数枚の写真を撮ったスマホをしまって俺は立ち上がる。


「帰る?」

「いや、顔だけは見せておくかな」

「千尋に?」

「怜王にだよ」

「やっぱり?」


 なにがやっぱりなのか、俺にはさっぱりだ。

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