第13話 今とかつては光と影
そんな一幕があった後、優馬たちともう一試合したところで体育の時間は終わりを告げる。片付けのメンバーを残してぞろぞろと更衣室に戻る中、早めに着替えた俺の肩に腕を回したのは優馬だった。
「ちょっと付き合えよ〜」
「またか?」
うんざりしながらも教室までのやや遠回りなルートについていく。目的地は職員室の二つほど隣の保健室だ。去年の体力テストで怪我を再発しかけて以来、優馬は保健の担当医、
連絡先の交換まで済ませていることを、俺は知っていたがその先については聞いていなかった。さすがに野暮だと思ったためだ。
「ん?」
更衣室を出て校舎までの渡り廊下を歩いていた時、ふと見られているのを感じて顔を動かす。そこにいたのは女子更衣室の外にいる高坂だった。向こうも俺が見ていることに気づいて歩き出してしまう。
「どした〜?」
「……なんでもない」
なんなんだろうか。肉食動物が品定めをするような、そんな視線だった。
気にしても仕方がないと校舎に足を踏み入れたところで、優馬が「そうだ」と手を打つ。
「ところで、春人は桐ヶ谷さんとはどんな関係なん?」
「は?」
その唐突な質問に刹那の間思考がフリーズする。出てしまった俺の険のある声に、優馬は慌てて「ちゃうちゃう」と手を振った。
「こないだの水曜日さ〜。なんか一緒に帰ってたじゃん」
「ああ……見てたのか」
「一年ズの何人かが帰ってくんの遅かったからな〜」
どうしたものかと俺は思案する。
優馬は軽そうな見た目と言動の割に気遣いのできるやつだ。告白されて保留みたいな形になっていると正直に話しても、事の大きさを考えて黙っていてくれるに違いない。
だがそれと話せるかどうかは別の話だった。
「まあ、一緒に帰るくらいの仲だな」
「なんだそりゃ」
「お前が言ったんだろ。一緒に帰ってたって」
「説明になってねえ〜」
けたけた笑う優馬につられて笑いながら、俺は心の中でひとりごちた。
桐ヶ谷に好きと思われているのは嬉しい。例えるなら、そう、強い光で照らされているようなものだ。さっきはやり方がおかしかったが、それも含めてまっすぐに好意を向けてくれている。その熱量に嘘はないと断言してもいいと思う。
けれど光が強いほど、影もまた濃くなる。
俺は近づかれ、手を握られ、顔をあと少しでキスできる距離まで近づけられ、だけどその好意に甘え、自分の欲に溺れられはしなかった。桐ヶ谷の気持ちが燦々と輝くほどに、俺は俺を振った紺野の影を引きずっていることを否応なしに痛感していたからだ。
そこまで含めて優馬は理解してくれるだろうか。
「でさ〜その時櫻井なんつったと思う?」
「あいつのことだからまたバカ丸出しなことだろ」
答えは出ないまま、他愛もない話で場を濁す。
そうこうしているうちに保健室に着いた。
「かなちゃ〜ん。俺だよ〜」
ノックは形だけ、と言わんばかりに返事を待たずに優馬は扉を開けて中に入る。消毒液と清潔なリネン類の匂いが充満した保健室には、運良くか松島しかいなかった。
「ゆ、……橘くん。先生を名前で、しかもちゃん付けしないで」
白衣を纏い髪を一本にまとめて垂らしている松島は何かを言いかけ、丸眼鏡の奥で俺の存在に気づいて言い直す。薄く化粧の乗った肌は丸く、大きめの眼鏡も手伝って全体的に若い印象を抱かせる。
「まっつんの方がいい?」
「それはハンネでしょ……!?」
「?」
失言した、とばかりに松島は口元を抑えた。しかし『ハンネ』とは一体なんなのだろうか。俺が首を傾げているとあからさまにホッと胸を撫でおろしていた。
残念ながら下の名前で呼び合う仲だということは察しましたよ先生。
「それで、今日はどうしたの?」
「体育でバスケやって、久しぶりに本気出した〜」
ケロッと優馬が宣うと松島の表情が険しくなる。
「激しい運動はしちゃダメって言ったはずよね?」
詳しくは教えてくれないが、優馬は右足のアキレス腱に問題を抱えている。日常生活に支障はないらしく、優馬は俺に「気にすんな」と何度も言った。だから俺もなるべく怪我する以前の気安い関係を心がけていた。
怒られてろ、とクラスメイト達にバラされた報復を兼ねて見守っていると、優馬はこちらに水を差し向けた。
「いや〜春人が全力で来たんで全力を出すしかなかったんだって。知ってる? こいつ全国大会出場したことあるんだぜ〜」
「……田崎くん、どういうことかな?」
次が昼休みということもあって、こんこんとお叱りを受けた。
優馬は俺を共犯にしたかったらしい。
ついて来なきゃ良かった。
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