第37話 幕間~氏家悠吾の奉職
失礼します。自分はI警察署地域課M交番の氏家悠吾と申します。本日はよろしくお願いします。
着座にてお話させていただきます。失礼します。本日は自分の祖父母に関する取材と伺っておりますが、よろしいでしょうか。え?違うのですか?江藤さんから聞いて来られた?江藤さんとは先日、東北新聞さんに載っていた、あの…。課長、自分、お話をしても、よろしいのでしょうか?あれ、課長、退席なさるんですか?
参ったな。東北さん、課長とは昔からのお付き合いなんですか?ああ、次長さんなんですね。あ、お名刺頂戴します。すいません、何せこのところテレビさんから連日、密着取材だとかで同じような話をさせられておりまして。てっきり、それかと。課長も詳しくは教えてくれないし。最初から教えてもらおうと思うな、自分で考えろって、そういうところがありまして。
江藤さんの記事は県警に激震が走りました。私はまだ警察学校におりましたが、教官たちが非常に憤慨していたのを覚えています。まあ、あれだけ書かれたらメンツ丸つぶれですよね。私は正直なところ、あの状況下で冷静な判断ができなかったなんて、当然だろうと思いましたが。
学校で半年間、警察官としての所作をたたき込まれましたから、教官たちの気持ちは分かります。ただ、自分も被災して祖父母を失った一人ですから、江藤さんのお気持ちはよく分かります。あれほどの大災害に直面して、しかも甥御さんを亡くされて、忸怩たる思いをずっと抱えていらしたのでしょう。指揮官がそれを漏らすな、という県警の考えも分かるのですが。
しかし自分、こんなこと話していいのでしょうか。怒られないのかな。え?課長は了解しているんですか?課長、江藤さんの部下だったんですか!なるほど…。次長さん、あなた不思議な方ですね。課長は気難しいところもある方なのに、よく気を許しましたね。
それで、お聞きになりたいこととは?はい、あの講演の。どうして質問したかですか。うーん。取り立てて、これっていう理由があった訳ではないのですが、江藤さん、本当は別なことが言いたいのかなあと思ったんです。どこか奥歯に物が挟まったような感じがしまして。でも、さすがに署長経験者にストレートにそうは聞けないですから、自分も祖父母を亡くしているんですとお伝えしたら、こう、肩をがしっと掴まれまして。ええ、それで沼田さんの話をしたんです。あ、沼田さんは私が警察官を志望するきっかけとなった方で、現在は別の署に勤務されておられます。
沼田さんは率直な方でした。警察官は県民の生命と財産を守るのが本分です。だとすれば本当はあの時、災害現場で捜索などをやりたかったのでしょうが、ご遺体の安置も立派な業務だと誇っておられました。しかも、ただ安置所の警戒警備をするだけでなく、ご遺体一つ一つを可能な限り、清拭なさっていました。やれることを最大限、やらないと後悔するとおっしゃって。自分はああいう警察官になりたくて。江藤さんはたぶん、あの時のご自身に後悔があるんだと思います。ですから、ああいった講演になったのでしょうし、それが嫌でインタビューで気持ちを漏らされた。
自分もたぶん、沼田さんにお会いしなかったら、うつうつと過去にこだわっていたのかもしれません。でも、祖父は言ってたんです。公務員になれ、と。最初は安定した職業に就けという意味だと思っていたのですが、一体一体をお清めする沼田さんを見ていたら、そうじゃない、人のために体を動かす人間になれということだったんだと気付かされたんです。
自分、じいちゃん子でしたから、すごく後悔しました。津波が家を呑み込んだところ、見てたんです。たぶん、じいちゃんとばあちゃん、家にいるだろうって分かってたんです。でも、怖くなって海辺にあった家に近づけませんでした。引き留める友人の言に安易に従って。だから行方不明だって知ってから、すごく自分を責めました。たとえ何もできなかったにしても、自分を育ててくれた人を見殺しにするなんて、って。
特に…。じいちゃんが、ばあちゃんを抱きしめたまま亡くなっているのを見たら、自分に我慢なんねぐなって。じいちゃん、最後まで自分以外の人ば守ろうとしたのに、俺は何なんだって。あの時、学校がら坂を降りていってだら、もしかして、って。何もしねがった俺は、結局、自分がかわいいだげで、自分のためだげに生ぎでだ卑しい人間だって、本当に嫌んなりました。
じいちゃん、漁師でしたがら、泳ぎぃ達者でした。長いごど、揺れる舟の上さいだがら、足腰も丈夫でした。んでも、ばあちゃん、若い頃に肥だめに足を取られたこどあって、右脚が少し不自由でした。んだから、たぶん、じいちゃんは残ったんだと思うんです。一人なら逃げれだ!海に詳しいがら、あの津波だば残ったら死ぬのも分がってだはずだ。んでも、好ぎで50年も連れ添ったばあちゃんば残していげねって考えだんだど思うんですよ。すんげえ格好良いですよ。じいちゃん、今も俺のヒーローです。あんな人になりでえ。もう、後悔してぐねんです!全力でやるんです!俺も、自分より他人を大事にする男になりでんです!
…すんません。人前で泣くなんて、じいちゃんに怒鳴られてしまいますね。なんか、江藤さんの気持ちがもうちょっと分かった気がします。ここまでしゃべったの、初めてです。
すっきりしました。たぶん、まだ自分も溜まっていたものがあったんですね。祖父母のためにとか、犠牲を糧にとか、美談に書かれますけど、そんな大したもんじゃないです。自分はまだ、じいちゃんがくれた宿題を解けていないですから。取材をお受けするのはこれを最後にして、人のために働ける警察官目指して職務に邁進します。本日はご指導、ありがとうございました!
(氏家悠吾・完)
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