第19話 施工企業あいさつ~福田禎一の街づくり


 「したって、柿沼の話も理屈は通ってっぺよ」


 福田の話を聞き、田村がいの一番に市長の見解に理解を示した。心情的には川底や漁港を浚渫するべきだとは思うが、I市にその権限はないのだから、と。これに菅野が異を唱える。


 「おめは被災者の気持ち分がんねのが。がれきば見だぐねって気持ちば」。これに大友も賛同し、「田村はいづもだ。予算だ、制度だってばりだおん」と言い募る。福田建設の最古参で、設立メンバーの3人。気性が荒い現場上がりの上、今日のような月に一度の「古株飲み」ではアルコールという援軍もあり、火種さえあればすぐ口論になる。見かねて福田が割って入った。


 「とにかく、防災センターは取りさ行く。あれは俺らでやんねばなんね。そいづど川底の件は別だ。柿沼は事務屋よ。これ以上、言ったって語ったって分がんねえべ。やんだって語る市民さいんだば、なんとかすてやりでんだけんどなあ」


 「んだば、おめ、やったらいっちゃ」。菅野がそう応じると、大友と田村もうなずく。珍しく3人の意見が合ったが、福田は真意を測りかねた。社長業に忙殺され、現場を離れてもう二十年近い。今さら最新重機を操って川底を浚渫するなどおぼつかないし、進行監理の方法もうろ覚えで、現場監督役も務まりそうにない。


 呆けたような福田の顔を眺め、3人は意地の悪そうな表情を浮かべた。この3人がこうした態度を取る時はおおむね、悪だくみをしている。


 「何も社長様に現場さ出ろだなんて言わねでば。おめが出るのは選挙だど。民主主義だべ? 意見が合わねんだば、おめがトップさ立づしかね」。何を言い出すのかと苦笑してみせると、3人は一様に真剣な表情で迫ってきた。田村が代表するかのように口を開いた。


 「川底の件だけじゃね。おめよりも現場さ近い分だけ、分がるこどもあんだど。このままだど、忘れられっとわ。あの地震も、仲間さいっぺ死んだ津波も。君代さんのこども、隼人のこどもだ。福田! 遺族がトップさ立って、国だの県だのさモノ言わねばなんねのや!」


 田村は、あの津波で妻を亡くした。三白眼には鬼気迫るものがあった。


 田村が続ける。「何年、建設会社の総務担当役員ばやってっと思ってんのや。予算と制度だげでねえど。このI市の選挙事情、俺以上に詳しい人間なんていね。神輿は作ってやる。おめは黙って神輿さ乗って、受がったらやりてえように吠えろ」。ただし、田村がゴーサインを出すまで柿沼に追従するふりをしておけ、という。


 これも出馬要請と言うのだろうか。社長応接室に広げられた裂きイカとチューハイの空き缶を眺めつつ、福田が「しかし、会社が…」と口ごもると、一番のにぎやかしの菅野が後を受けた。


 「心配すんな。何も命ば取られるわげでね。まんず何かあったってやあ、最初さ戻るだげだべ。こごさいる4人、なんのかんの語ったってや、カネも何もながったげんと、毎日草むしりと雪かぎばっかりだったげんとも、今よりずっと笑ってたべっちゃ」


 菅野も、福田の肩を揺すってきた大友も、みんな誰かしら家族を失っていた。ふいに涙がこぼれ落ち、止まらなくなった。福田はそのまま、男泣きに泣いた。古株飲みは珍しく、ケンカのないままお開きとなった。


 3か月後、福田建設は防災センター整備事業を落札した。会社総がかりで1年2か月の工期を掛け、集団移転団地の近くに三角屋根が印象的な木造平屋の建屋を完成させた。落成式で柿沼はトップバッターとしてスピーチに立ち、復興事業の象徴が自分の手で形を成したことを誇示した。


 福田の施工企業代表あいさつはラストだった。津波の可能性が取り沙汰されたらとにかく逃げるーー。そのシンボルを完工できたことで、君代のことが浮かんで不覚にも涙を見せてしまったが、田村演出の見せ場はその後だった。


 「ここから先も、このI市で、地図に残る仕事をしていきたいと思います。そして、母ちゃんに恥じない安全な街をつくってみせます。福田建設としてではなく、福田禎一として。来るI市長選挙に立候補させていただくことをここに宣言します」


 脇に控えていた田村、大友、菅野の悪友3人が拍手をすると、つられて万雷の拍手が沸いた。市長選は半年後に迫っていたが、県内指折りの建設会社代表で、篤志家でもある福田の知名度は、役所上がりの柿沼など及びもつかない。センター落成を土産話に、1か月後の市議会で再選出馬を表明する構想を描いていた柿沼は、しきりに足を踏み鳴らし、あからさまな不快感を示した。


 「福田建設社長 福田氏、I市長選出馬を表明」。翌日の東北新聞に、異例の施工企業あいさつが小さく載った。


(続)


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