次に意識がはっきりした時、絵里は父方の祖父母の家で暮らしていた。


 えー、こっちの祖父母は厳しいからイヤなんだけど……。


 父方は教師一族で、祖父母もやたらと躾けに厳しい。

 なんでこんなことになっているのかと記憶を探ったら、両親の離婚の際、東京に残りたいと言っている自分が確かにいた。

 そのせいで父親と共に暮らすことになったのだが、絵里は家事なんてさっぱりだから、父とふたりだけでは生活がなりたたなかった。それで、それまで暮らしていたマンションを引き払い、祖父母の家に同居したらしい。

 同時に転校もしていた。

 転校先は、親戚が勤めている私立の高校で、偏差値が高いからこれからが大変そうだ。

 だがあんな田舎で屈辱にまみれて生きるより、多少大変でも都会で暮らしたほうが良い。大学や就職を考えても、絶対に有利だ。

 とりあえず頑張ってみようと、絵里は新しい生活をはじめたが、想像以上に大変だった。

 思ったように成績はあがらず底辺を彷徨っていたし、イジメはなくなったが気の合う友達もできなかった。それに躾けに厳しい祖父母は絵里に容赦がない。


「食卓に肘をつくな。子供じゃないんだから、好き嫌いは無くせ。箸の使い方もおかしいんじゃないか?」

「女の子なんだから下着ぐらいは自分で洗濯してね。それからもう少し家事を手伝ってちょうだい」

「成績がなかなか上がらないようだな。塾通いを検討してみるか?」


 父が勧める学習塾は厳しいことで有名なところだった。嫌だったが、家に居て祖父母にああだこうだ言われるのもうざいから、渋々塾に通うことにした。

 が、懸念していた通りに学習塾は厳しいところだった。わからないところはわかるまでマンツーマンで指導すると言われ、補習担当の講師がついたのだがこの人との相性も最悪だった。

 彼女は大学生のアルバイトで、ちょっと可愛い顔をしているせいか男の子達の人気が高くてトラブルになりかねないと、女の子専門で補習担当の講師をしていた。実際に可愛かったが、近くで見るとばっちりメイクでかなり盛っている。少し二重が不自然に見えるから美容整形をしている可能性だってあるのに、男達がころりと騙されているのが不愉快だった。


 私だって化粧したら、簡単にこの程度になれる。


 ちやほやされる程のレベルじゃない。男の生徒達に挨拶されて笑って応える態度も鼻につく。


 優しそうだなんて皆言ってるけど、あんなの作り笑顔に決まってるのに……。

 

 絵里は、一緒にいる講師が自分より人目を引くことが、とにかく気に入らなかった。


「わかった。あなた基本に一部あやふやなところがあるのよ。中学生の勉強からやり直すしかないわ」


 パーテーションで覆われているとはいえ隣のスペースに声は聞こえるのに、わざわざ中学生用のプリントを用意された時は馬鹿にされているのだと思った。屈辱だと感じた絵里は、父親に愚痴ったが逆に叱られた。


「いい先生じゃないか。それは苦手を克服する近道だ。彼女の学習計画に従いなさい」


 いずれ感謝するようになるからと父親にいわれたが、絵里は納得できなかった。

 講師の顔を見るのが嫌で、やがて絵里は塾に通わなくなった。

 だが、家には厳しい祖父母がいる。行き場を無くした絵里は、やがて夜の街で時間を潰すようになった。

 夜の街では、似たような年齢の女の子達と知り合いになった。

 彼女達から遊び場や補導員の手から逃れる術を学び、ちょっと大人の遊びにも誘われた。


「今までお酒を飲んだことないなんてビックリ」

「親が厳しかったから」

「そりゃ損してたわね。美味しいわよー。はい、かんぱーい!」


 はじめて居酒屋に足を踏み入れ、はじめてお酒を飲んだ。

 ジュースのように甘いカクテルは口に合って、すいすい飲めた。女の子達に勧められるまま何度かお代わりもした。

 アルコールによるはじめての酩酊感にくらくらして、呂律が回らないのがおかしくて、絵里はけらけらと笑った。

 そして気が付くと、ベッドの上に寝かされていた。


「あ、目が覚めた。どうする? シャワー浴びてからにする?」


 ローブを着た知らないおじさんが濡れた髪を拭きながらこっちに向かって歩いてくる。

 テレビや雑誌で見たことがあるから、ここがラブホと言われる場所だってことが絵里にはわかった。でも、なぜ自分がここにいるのかがわからない。

 目の前のおじさんに聞くと、あちゃーっと嫌そうな顔をされた。


「同意無しかよ。あんた、その友達に騙されたんだ。悪いけど、こっちはもう金払っちゃってるから、やることはやらせてもらうよ」


 お断りだと言ったが、おじさんは怖い顔で歩み寄ってきて、絵里に手を伸ばしてくる。


 はじめてなのに、こんな格好悪い人が相手だなんて絶対に嫌!


 手首を掴まれた絵里は、全身に鳥肌を立てながら叫んだ。


「神様! 元に戻して! こんなの嫌!」


 ――では、そうしよう。


 そして、また意識が刈り取られた。

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