第37話

龍介と真行寺が、すっかり打ち解けて来た頃、竜朗から真行寺に電話が掛かって来た。


「そうか…。で、しずかちゃんは?……うん。そうか。良かった…。にしても、5人も1人でとは現役だな…。ははは、お前さんの苦労はよく分かるよ。

じゃあ、龍介を連れて、俺もそちらへ行こう。」


ー5人を1人で…何をしたんだ、母さん…。


またもや謎めいているが、真行寺は何も教えてくれない。

龍介をカイエンに乗せて、相模原まで送ってくれるらしい。


「あの…、何が起きたの…?」


「んー、加納1佐から、君達家族が狙われる可能性があるって話は聞いたんだよね。」


「うん。だから俺たちを鍛えてるって…。まさか母さんが!?」


「と、思われ、龍彦と竜朗が向かったんだが、大丈夫だったそうなんで、帰ろう。」


「爺ちゃんが母さんの無事を確認してる…?」


「そうだよ。」


ー妙じゃねえか…?。そもそも爺ちゃん達行ってから、40分位しか経ってねえぞ?この東京の高輪から、どんな運転すりゃあ、30分程度で相模原まで着くんだよ。


どう考えても、どんなに空いていたって、1時間はかかるだろう。

逆算すると、竜朗が電話して来たのは、事態を把握し、ある程度落ち着いてからの事だろうし、そうすると、到着してから、最低5分は掛かっている筈だ。

つまり、竜朗と龍彦は、30分ちょいで、相模原に到着していた事になってしまう。


真行寺が、心配そうに、龍介の目を覗き込んだ。


「大丈夫かい?しずかちゃんも、妹さん達も無事だし、護衛は付く事になるから…。」


龍介はハッとして、真行寺を見つめ返した。


「いや!ごめんなさい!違うんです!」


「ん?」


「爺ちゃん達が到着するのが、やけに早いなと思っただけで…。」


すると、真行寺はしまったという顔をした。


「ん!?グランパ?」


「い、いやっ!りゅ…龍介はほんとにカンがいいっていうか、冷静だな…。」


「ーえ…。」


「いや、きっと、龍彦がレーサー運転したんだよ!なんと言っても、運命のしずかちゃんの危機だったからな!あはははは!」


怪しい事この上ない。

なんだか、道のりまで、子どもには言えない秘密がありそうだ。


しかし、この真行寺という本当のお爺ちゃんも、竜朗と同様、子ども相手だからと、適当な事を言って、嘘を吐き通そうとする人にも見えない。

恐らく、適切な時期が来たら、話してくれるんだろう、そう思えたので、龍介は少し笑うだけで、もう触れなかった。



龍介と真行寺が到着した時、丁度掃除業者の様な格好をした5、6人の男達が、玄関から出て来る所とかち合った。


男達は目を伏せたまま、真行寺に深めの一礼をし、玄関前の駐車場に停めてあった、真っ黒なSUVに乗って立ち去った。


ー掃除業者…?このタイミングで、なんで…?


とは思ったが、誰も教えてくれそうにないので、黙って家に入ろうとすると、真後ろで龍太郎のルノーラグナV6が急停車し、龍介にも気付かず、猛ダッシュで入って行った。


「ああ1佐…。マズい…。」


真行寺の顔を見上げると、額を抑え、物凄く困った顔をしていた。


「ー龍介、入ろうか…。」


「ああ、はい…。」


真行寺の苦悩は、前夫である龍彦と龍太郎の顔合わせによる、様々な問題なのだろうと思うと、龍介もかなり複雑な心境になりながら、家に上がった。


入ると、龍太郎は呆然と立ち尽くしていた。

自宅が襲撃されたと聞き、取り敢えず駆け付けた様だが、龍彦の存命までは聞いていなかったのだろう。

龍彦の顔を見て、珍しく言葉を失っていた。


「真行寺…?生きてたのか…。」


そして、やっとそう言った後で、しずかを見つめた龍太郎は、急に無表情になり、酷く冷たい、聞いた事も無い位、感情の無い声で言った。


「しずか、離婚だ。今すぐ龍と一緒に出てけ。」


「龍太郎さん…?」


「早く。」


そしてまた出て行こうとする。

しずかが止めようとしたのを押しのけて、龍彦がむんずと龍太郎の腕を掴んだ。


「危険だからか。離婚して俺んとこ来たって大して変わりゃしねえよ。

それに双子ちゃんどうすんだ。

しずかも龍介も居なくなったら、もっと危険だ。

どうせなら全員寄越せ。」


「ああ、そうしてくれ。」


話は終わったとばかりに行こうとする龍太郎。

すると、龍彦は、龍太郎の頭をいきなりべッチーンとひっぱたいた。


「カッコつけやがって!1人で戦うつもりか!」


龍太郎も負けていない。

返事もせず、ジャンプして自分より背の高い、182センチはありそうな龍彦の頭をベッチーんとやり返した。


そして2人とも物も言わず、ひたすらベッチーンの応酬をやり始めたのである。


何故か竜朗は頭を抱えてしまい、しずかは恥ずかしそうに目を伏せている。

そして、真行寺の玄関前での苦悩は、どうもこの事だった様で、情けなさそうに、泣きそうな顔で頭を抱えてしまっている。


どうも、このベッチーンの応酬は、これが初めてでは無いらしい。

つまり、真行寺が言っていた、

「いい年してやらねえよね、アレ…。」

の、アレとは、この事だった様だ。


その場に、龍介からしてみたら何故か居た、コンバットスーツ姿の柏木と夏目の目は、点になったまま元に戻らない。


そしてベッチーンの応酬は突然終わった。


「気にいらねえ!俺もここ住む!」


龍彦のいきなりの結論に、目を丸くしている龍太郎。


「何言ってんだ!このバカは!」


「どうせ護衛が要るんだろ!だったら俺がやってやる!てめえなんぞの策に乗ってやるかってんだあ!」


そしてまた始まるベッチーンの応酬。

夏目が目を点にしたまましずかにそっと聞いた。


「なんなんです…。」


「あの…。龍彦さん…。私の元夫です…。みんなを守る為に死んだフリしてくれてたらしいの…。」


「は、はあ…。」


「で、偶然龍に会ってしまって、龍太郎さんの情報が漏れたかもって事で、お父様と来てくれて…。」


「はあ…。じゃあ、その辺の詳しい事は、また改めて伺いますが、この2人は何を揉めてるんですか…。」


「龍太郎さんは自分と居ると、龍や私が危険になるから、龍彦さんが生きてるならという事で私達を切り離そうとした。

でも本当はそんな事したくない。

それが龍彦さんには分かってしまったので、1人でカッコつけんなと腹を立てて…。」


「なんだあ。犬猿の仲みてえだけど、結局えらい通じ合っちまってんじゃないですか。」


すると2人揃って、ベッチーンを止めて、キッと夏目を睨みつけて怒鳴った。


「通じ合ってねえよ!」


そしてまたベッチーン再開。


「相変わらずだ…。この年んなってまだやんのかい…。」


竜朗が呆れ返って呟くので、今度は柏木が聞く。


「昔から…なんですか?」


「そうなんだよ…。初めて会った瞬間からやり始めたからな…。どうもお互い直感的に嫌いらしい…。」


ベッチーンはお互いの手が真っ赤に腫れ上がるまで続いた。


龍介は言葉もなく、呆然と2人の父の姿を見つめていた。


ー情けないっつーか、なんつーか…。もしかして、同族嫌悪ってやつなんじゃ…???

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