第25話
龍介が車に乗ると、龍太郎は苦笑した。
「何?」
「聞かないの?」
「教えてくれんの?」
「ーいいよ、龍なら。ただし、亀一や寅にも言っちゃ駄目だよ?それでもいい?」
「ーうん…。いいよ。」
「俺たちは、相模原一帯の地下を使った秘密研究所で、ある物を研究開発してるんだ。米軍と協力してね。」
「UFOとか物質瞬間移動とか?」
「うん。何の為かというと、ここからが子供に知らせるにはあまりに酷で、今までずっと黙っていたんだが…。」
「うん…。」
「地球温暖化で、色んな不具合が出て来てるだろ?だから温室効果ガス排出規制とか色々やってみてはいるけど、なんかどこの国も本気じゃないよね。アメリカなんかあからさまにやってない。あれはね、もう無駄なんだ。」
「え…?」
龍介は耳を疑った。
「もうとっくに地球が住めない星になるカウントダウンは始まっていて、何をしても間に合わないんだよ。
寿命を延ばす事も出来ない。
それで、米軍と協力して秘密裏に始めたのが宇宙開発だ。
瑠璃ちゃんのお父さんはその関係で協力してくれてる。
宇宙に地球上の人たちが住めるって、まあここは国同士の関係も絡んで来るから、全ての国が仲良くという事にはならないんだろうけど、取り敢えず、日本とアメリカだけは国民を移せるように、宇宙に地球の様な星を作る。
その工事に行く為にUFOが必要となり、物質瞬間移動がもっと正確な物になれば、物質はそれで送った方がいいとかいう事で、SFチックな研究もしてる。
タイムマシンも、国策もあるけど、もっと早い段階でガソリン車がなくなってたら、寿命が延ばせるからという目的もあったけど、過去は変えられなくなったからね。
タイムマシン計画は実質終わったけど。」
ショックだった。
そんな話はテレビなどでも時々耳にしたが、実際もう何をしても間に合わず、カウントダウンが始まっているとは。
「そうなのか…。後どれ位持つの…?」
「後50年かな…。でも、移動は時間がかかるから、あと20年で全てを仕上げなけりゃならない。だから父さん…家にも帰らずで…。ごめんな…。」
それは結局の所、次世代の龍介の為だ。
地球のカウントダウンはショックだったが、龍介は心がほんわかと暖かく嬉しくなって来た。
「ーん?龍、笑ってんの?」
龍太郎が龍介の頬を指で突いた。
「俺、正直言って、父さんが自衛隊って嫌だったんだ。他の子の親父さんみたいな事一つもしてくれないし。でも、凄え仕事してたんだ…。人類救う仕事だったんだな…。」
「いや、まあどうなるか…。」
「だから、母さんは文句言わなかったんだ…。」
「そうね。しずかが一番の理解者だね。という訳で、俺は急ぐ余り、時々ポカをやり、龍達を南国の無人島に吹っ飛ばしてしまったり、あんなデカイ穴開けちまって、こういう大事にしちゃったりとね…。で、そういう超国家機密を守ってくれてんのが、親父達の組織。」
「内調とか、公安とか?」
「まあ、細かい事は俺からは言えないけど、龍が知ってる範囲だと、柏木、加来もそこの人。俺はこの様に、大きい事から小さい事まで、親父達に尻拭いをさせているので、嫌われてると。」
「なるほど…。」
「で、こういう事は公表したらパニックになっちまうし、使い方に寄っては、最終兵器になっちゃう開発だ。悪用する様な国に情報が流れたら大変な事になる。
そういうのにも親父達の組織は目を光らせてるんで、ちょっと怖いっていうか、日本には存在してない事になってる組織なんでね…。」
「母さんが言ってたのは…。」
「うん…。」
「手心加えて貰えないと、どうなるの?」
「一生監視される。情報漏らさないかどうかって…。」
「いー!?」
「しょうがないんだよ。本当に漏れたらヤバイんだもの。だからそうならない様に、この数時間の記憶を消す薬を打たせて貰うね。」
「うん…。わかった。」
「龍、大丈夫か?ショックは。」
「ーまあ正直、うわあ…って凄えショックではあったけど、でも、地球はいつまで持つのかってのは、気になってたし、父さんに教えて貰った事の方が、全てにおいて納得が行く。
地球が危ないなら、みんなで温室効果ガス排出ストップさせればいいのにやらねえのも、ああそれでかって、納得行くし。
でも、父さんと長岡のおじさんなら絶対出来る気がする。信じてるから、不安にはならない。」
龍太郎は嬉しそうに笑って龍介の頭を撫でた。
「有難う。期待裏切らない様に頑張るよ。」
「おう。頑張れ。」
急に照れ臭くなったのか、仏頂面で言う龍介を愛しそうにヘッドロックする龍太郎は、龍介の求めていた理想の優しい父の顔をしていた。
全てではないが、龍介を納得させるだけの疑問は、龍太郎が話してくれた。
そして、龍介が何より嬉しかったのは、龍太郎の仕事を知れた事だった。
ただの仕事人間なだけで、父親をやっていなかったわけでは無かった。
そして、それを心から申し訳ないと思ってくれていた事も…。
その上、龍太郎の仕事は、龍介達の為だったのだから。
龍介達が無事で居られるよう、急いで仕上げる為に、仕事中心になっている。
自分の出世の為とか、そんな小さな事では無かったのだ。
それを知った事は、ある種、龍太郎に対して不信感の様な思いを抱いていた龍介の気持ちを軽くさせた。
親子関係が改善の兆しを見せたところで、例の二丁目の北東にある林の下に着いた。
「まあ、龍なら楽勝の崖だな。」
龍介は龍太郎を、しずか譲りの鋭い目で睨み付けた。
「ええ!お陰様でっ!」
「ーんな怨むなよお…。その内サバイバルキャンプの意味も分かるからあ。」
2人で身を潜めつつ、人の気配が無いか確認しながら命綱も着けずに、15メートル程の崖を登りながら話している。
「まあ、お陰様で、何が起きても対処できるけどね。」
「そこです。」
「どこです?」
「もしも悪い事しようとしてる国に、俺が宇宙開発に携わってると知られたら、龍は人質に狙われるかもしれない。そういう時の対処をね…。」
「もしかして、あのパタパタ竹刀も?監視カメラも発信器も…。」
「そう。亀一にも発信器は付けてる。」
「そうだったのか…。」
「ごめんな、プライバシーなくて。」
「まあいいけどね。別にばれて困る様な事してねえし。」
話しながら2人は時々、地面スレスレに顔を寄せて、低い声で悟と下川を呼んだ。
こうする事で、立っている人間には聞こえず、座っているか、寝ている人間にだけ声が聞こえるのだ。
しかし返事は無く、崖を登りきっってしまった。
もう、下川邸を目指して進むしかない。
林の中を体勢を低くして、注意深く進んでいる時だった。
龍太郎が不意に龍介を抱え込み、目にも止まらぬ速さで銃を出した。
ーガチャッ。
ーガチャッ。
銃を構える音は2つ。
一つは龍太郎のこめかみに。
もう一つは背の高い男のこめかみに。
「何してんですかあんたは。龍介まで連れて。もうこっちの管轄なんですよ?」
ドスの効いたダミ声。
夏目だ。
「ああ、良かった、夏目か。」
「なんですか、それは。」
「いや、柏木だったら俺と確認した時点で殺されると思ってさあ。」
「当然でしょ。俺だって殺したいですよ。」
ー冗談に聞こえないんだけど!?
言葉を失っている龍介を見て、やっと銃を下ろした夏目は面倒そうに龍太郎に聞いた。
「で、なんです。」
「佐々木悟君と下川良純君て男の子がここに入っちゃったかもしれないんだ。」
「何でまた。」
「下川君の大事な、お爺ちゃんお手製の地下室を守りに。」
「下川邸の地下の穴はついでに埋めてくれって指示が出てましたね。急いだ方がいい。そろそろあの区域に着手しますよ。」
「じゃ、夏目…。」
龍太郎が捨てられた子犬の様な目で夏目を見つめた。
夏目はさも気持ちの悪そうな顔になる。
「んな気味悪い顔しないでいいです。下川邸は遅らせる様、柏木さんに申し入れりゃいいんでしょ。で、その子達はどうすんです。」
「アレ打っとくから。」
「了解。」
夏目は無線で柏木と話しながら、龍太郎達と共に下川の家に向かった。
「夏目です。小学生が下川邸に侵入した模様。佐々木悟と下川良純の2名。
龍介の友人で、加納一佐が龍介を伴って確保に来ています。obn15で対処して宜しいでしょうか。…はい。そうですね…。では下川邸は後回しで。はい。」
夏目が無線を切った。
「龍介の友達ってのが効いた。柏木さんの許可出ました。」
「ありがと。」
下川の家に着いたが、家の中や見える範囲には居ないようだ。
3人で悟と下川の名前を先ほどの様に、顔を地面に近付けて呼んでみた。
暗闇でよく見えなかった所に木の扉の様なものが地面にあった様で、そこから悟が目だけ覗かせて、不安気に聞いた。
「加納?」
「佐々木?大丈夫か?」
龍介の声に龍太郎と夏目も近付き、扉を開けると、半べその下川と、青白い顔色になってしまった悟が、土だらけになってそこにいた。
龍太郎は申し訳なさそうに、悟と下川が怖がらない様、優しい声音で話しかけた。
「ごめんね、こんな事になって。この地下室はおじさんが責任を持って補強した上でそのままの状態で戻すようにするから出ておいで。」
下川が怯えた様子で聞いた。
「本当ですか…。」
龍太郎より先に、悟が答えた。
「この人は、加納のお父さんだし、うちのお父さんの友達だ。嘘なんかついたりしない。」
「じゃあ…お願いします。」
龍太郎は2人を引っ張り上げると、リラックスさせる様に話し始めた。
「あの林から入ったのかい?」
2人共頷き、悟が答えた。
「はい。何回も落ちそうになりながら、どうにか登って、ここに着いたら怖い人達がたくさん居て、出るに出られなくなって。」
龍太郎は夏目を指差して笑った。
「ヤーイ、怖い人ー。」
ーギロッ!
相変わらずのど迫力の睨みは、龍太郎でも絶句してしまう。
「そっか。大変だったね。もう大丈夫だからね。」
そう言いながら、悟の肩に手を掛け、夏目と目配せして首に注射をした。
2人は程なく眠ってしまった様に崩れ落ち、龍太郎と夏目が抱きとめた。
「父さん、本当に数時間の記憶失うだけ?」
「うん。ここ入る前から今までの記憶は全て消える。
親御さんには、林の下の崖で倒れて眠ってたって言おう。丁度土だらけだしな。」
行きがかり上、夏目は渋々龍太郎と同じ様に、子供を背負い、崖の下の車まで送って行くと、背負っていた下川を、結構乱暴に後部座席に放り込んでから龍介に言った。
「だから付き合うのも気を付けろって言ったろ。友達の為にここまで来るって根性は、確かにいい奴かもしれねえが、このままじゃいつかお前に危害が及ぶんじゃねえかと…。」
南国キャンプでのあの過保護っぷりといい、夏目という男は意外と、心配症なのかもしれない。
「心配して下さるんですか。」
龍介の純真無垢な、澄んだ瞳に見つめられ、夏目は照れたのか、いきなり龍介の頭を引っ叩いた。
ーい、いだい!
龍介がかなり痛いと感じるのだから、普通の子供なら泣く。
「いいから気を付けろ?!佐々木は間違いなく加納家の鬼門だからな!」
そして大股で歩くのと変わらないスピードで崖を登って行ってしまった。
「父さん、夏目さんは…。」
「夏休みのバイトだろう。まあ、今回は警備だし…。大学生でも大丈夫って事じゃねえかな…。」
「警備のバイトで、大学生が銃持ってんの?」
「ああああ…、その辺りは…。だって、龍達だって、サバイバルキャンプの時とか、なんかっつーと、銃は持って行くだろ?」
「まあね…。」
なんだか、納得行かないが、一応警備のバイトという事で、片付ける事にする。
龍太郎は下川を連れ帰った折、母親に言った。
「あんな所で倒れているなんて、息子がお話を伺ったあの地下室がよほど大事だったんだと思います。ついでに埋めるのではなく、補強して危なくないようにしてお返しして下さるように頼んでおきましたので。」
「まあ。有難う御座います。本当に何から何まですみません。」
「いえ。居所突き止めたのは、うちの息子ですから。」
すると母親は中年のいやらしい笑みを浮かべて龍介を見つめた。
「本当に有難う。光栄だわあ。会報に投稿するからねぇ。」
龍介は仏頂面になってしまいながら、ぺこりとだけ頭を下げて、先に車に乗ってしまった。
「あのおばさん、子供の気持ちには無神経なのに、龍のファンクラブなんか入って、そっちばっか一生懸命みたいだもんな。」
龍太郎は龍介が頭に来た理由もしっかり分かってくれていた様だ。
「うん…。」
「龍は幸せだな。しずかは本当にいい母親だもん。」
龍介がやっと笑った。
そして、少し照れ臭そうに付け足す。
「今日、父親もいい父親だって知った。自慢出来ねえのは残念だけど、誇りに思ってる。」
龍太郎は照れたのか、これでもかというほど龍介の頭をなでくり回した。
「有難う。親父として一番嬉しいセリフだ。」
ポーカーフェイスでもなく、素で笑う龍太郎も嬉しそうだった。
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