第54話 優しい人達

ジュージューーー。



食欲をそそる肉の焼けるいい音と、たまらないこの匂い。


「いっただっきまーす!」


あたしは、肉汁したたるカルビを口に入れた。


ぱぁぁ。


口いっぱいに幸せが広がる。


「んまいっ!」


そして、ゴクゴク。


キンキンに冷えたビールを豪快に飲む。


ぷはーっ。


「うまい!!やっぱ焼肉にはビールだよね!」


「だね」


あたしの言葉に、菜々子さんも笑ってうなずいた。



ここは、街中のとある焼肉店。


今日は、この前言ってたあたしと菜々子さんの合同誕生祝いで、2人で焼肉を食べにやってきたんだ。


早く行きたいねって話から、8月に入ってすぐの今日、さっそく仕事帰りにやってきたの。


明日は、あたしが休みで菜々子さんが遅番だから、ガンガン食べてガンガン飲もうってことで、食べ飲み放題の店にしたんだ。


この店は、有理絵達ともたまに来るんだけど、すごく美味しくて値段も手頃で最高なんだ。


「そういえばさ、菜々子さんとこうやってお酒飲みながらご飯食べるのって初めてだよねー」


「そうだねー。ご飯はたまに食べに行くけど、一緒に飲んだことはないもんねー。あ、今日はあたしがおごるから。実は、昨日友達につき合って初めてスロットやったんだけど、なんか知らないけどすごい勝っちゃったんだよね」


「ホント?いいの⁉︎」


「いいのいいの。泡銭だから」


「わーい。やったやった。菜々子さんありがとう!」


「どうしたしまして。その代わり、今日はじーっくり聞かせてもらうからねー。ひかるの恋バナ」


ドキ。


「ーーー菜々子さん。あたし、恋バナできるような話題ナッシング。残念でございます」


ニヤッとしながら覗き込む菜々子さんをよそに、あたしは肉をパクパク食べていると。


「とかなんとか言いながら。ホントは、昔つき合ってた〝忘れられない人〟ーーーとか。いるんじゃないの?」


うっ。


菜々子さんの言葉に、あたしは思わず肉を喉に詰まらせそうになってしまった。


ゲホゲホッ。


「ちょっと、大丈夫?」


菜々子さんが笑いながら水を差し出してくれた。


「あ、ありがとう」


ゴクゴク。


一気に飲み干した。


ビ、ビックリしたー。


菜々子さんってば、いきなりあんなこと言うから焦っちゃったぜ。


ドギマギしているそんなあたしを見て、菜々子さんが笑顔で言った。


「図星でしょ」


「え」


「この前一緒に帰った時。あたし、半年前に彼氏と別れたって話したでしょ?同じ高校で元々仲のいい友達で。遠距離だったって。その時、微妙に……ううん、けっこうハッキリとかな。ひかるの表情が変わったような気がしてさ。もしかして……って思ったんだよね」


す、鋭いっ。


あんな一瞬の表情で、ズバリあたしの心を見抜いてしまうなんて。


菜々子さんて、優しくてキレイな上に、勘までいい人だったのか!


なんて妙に感心していたら。


「なんか相談したいことがあったら、いつでも話聞くからね」


優しい笑顔で、菜々子さんがそう言った。


優しい瞳。



ああーーー。


あたしの周りの人達は、ホントに優しくていい人達ばっかりだよ。


時々店長みたいな性悪なお方達もいるけど。


でも、やっぱりあたしは人に恵まれてるよな。


みんなの優しさにじーんときているあたしに、菜々子さんが言った。


「ひかるってすごくカワイイし、すごくいい子なのに、なんで彼氏いないんだろうってずっと思ってたんだけど。やっぱり好きな人がいたってわけかー」


ほほ笑んでいる菜々子さん。


お酒も入って、ちょっとほろ酔いのいい気分になってきて、なんだか無性に菜々子さんに話を聞いてもらいたくなって。


あたしは、ポツリポツリと今の自分の気持ちを話し出したんだ。



「……あたしね。菜々子さんのその、前つき合ってた人の話を聞いた時。なんかちょっとあたしと似てるかも……って思ってドキッとしちゃったんだよね。まぁ、あたしの場合〝遠距離恋愛〟っていうか、相手が遠くに行ってしまった時点で音信不通になっちゃったから。ハタから見れば、とっくに終わった恋なのかもしれないんだけど」


「いつまでつき合ってたの?」


「……7年前。高3の時。しかも、ほんの数日。つき合う前からけっこう仲良くて。2人でよく話したり、勉強教えてもらったり、一緒に映画観に行ったり、一緒に花火したり……。してたんだけど」


あたしがちょっと照れ笑いしながら肉を焼いていると、菜々子さんが優しい声で言ったの。


「ひかる、その人のことがすごく好きだったんだね。ーーーで、今もまだ好きなんだね」


あまりに穏やかな菜々子さんに、あたしは思わず聞き返した。


「……菜々子さん、ビックリしないの?ほんの数日つき合っただけで、すぐ離れ離れになって、音信不通になったような恋で。それなのにあたし、7年間もその人のこと忘れられないでいるんだよ?」


7年って聞いて、ちょっと笑われるか驚かれるかするかと思ってたのに。


菜々子さんの意外な反応に、あたしの方がちょっと驚いてしまった。


「別にビックリしないよー。ひかるって、すごく真っ直ぐだし。一途っぽいし。そういうことがあっても不思議じゃない。それに……あたしも同じようなことがあったから。ひかるの気持ちはよくわかる」


菜々子さんが、ちょっと笑いながらビールを飲んだ。


同じようなこと……?


「それって……。その半年前に別れた元カレのこと?」


「ううん。その人じゃない。もちろんその人のことも好きだったけど……。実はさ、中学の時にすごい好きな人がいて。同じクラスのヤツだったんだけど」


少し懐かしそうに、遠くを見るような目で話す菜々子さん。


「菜々子さん、その人とつき合ってたの?」


「うん、まぁね」


「すごいなー。あたしなんて初めてつき合ったの高3だよ?」


「でも、ひかるモテたでしょ」


「まぁ……。男以外にね」


「え?なにそれなにそれ」


菜々子さんが、興味しんしんってカンジで身を乗り出してきた。


「もう時効だから言っちゃうけどさ。やたら女子にモテたんだよ、あたし。後輩の女の子達から、ラブレターもらうわ、告白されるわで。けっこうすごくて大変だったんだよー」


「えーーー!そうだったんだぁー。すごいね、ひかる。同性にモテるなんてステキじゃない」


「だけど、あの頃はホントに困ってて、ホントに参ってたんだから。でも、それがきっかけでアイツとも仲良くなれたっていうのもあるんだけどさ」


「えー。なになに?きっかけって?」


「いや、大したことじゃないんだけど。あたしがね、ある日の放課後、後輩の女の子にかなり熱烈に告白されたというか、迫られたというか……。まぁ、あたし的には大ピンチな出来事が起こって。そこに、アイツがたまたま通りかかって。それであたし、勢いでアイツに彼氏のフリしてもらっちゃったんだよねー。その時はまだ、席が隣ってだけで話したこともほとんどなかったんだけどね。ーーーで、そんなこんなでその場をなんとか切り抜けた、みたいな」


なんだか懐かしくて、思い出したら笑えてきちゃった。


「大したことよ!なんかドラマみたいじゃない。へぇー。そんなとっておきのエピソードがあったんだぁー。そしてその彼が、のちにひかるのホントの彼氏になる男の子だったーーーってわけか」



菜々子さんがにっこりほほ笑んだ。





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